第壱刻 〈人体模型の足りないモノ〉
「……おい、本当にあるんだろうな?」
「あるともサ。ただオ前が見つけられないだけだヨ」
けひけひと嗤うソレは、姿は見えなくとも黎の傍にいた。
しかし、ソレの出した賭けの内容は、あまりに厳しい。
ソレは「遊び」と言ったが、黎にとっては命がけだった。
真っ暗だった空間に、突然光が戻った。
その光は暖かな太陽の光ではなく、目を焼くような人工灯の明かりでもない。ほのかな月光だった。
両手を広げた幅ほどもある大きな満月の前にどっしりとそびえるその建物は、見たこともない学校だ。少なくとも黎の住む町の学校ではない。
「……ここは?」
黎の呟きに答えるモノはいない。
不気味に思いながらも黎はその建物に近付いた。
妙なおどろおどろしさがあるその建物は、どうやら現在は使われていないようで所々の窓が割れたり蜘蛛の巣状の亀裂が入ったりなどしている。
校舎を取り囲むように生い茂る木々すら薄気味悪さを醸し出していた。
「……中に入れってことなのか?」
「そうだヨ」
けひひ、と突如笑い声がした。黎が驚いて振り向くと、そこにはあの少女がいる。
「いつの間に!?」
「うン? おれはずーっとオ前の後ろにいたヨ? オ前が気付かなかっただけダろ?」
「……っ、こんな……」
――こんなこと、一度だってなかった。
だからこそ、黎が選ばれたのに。
どうやらこちらも相手の力量を見誤っていたらしい。
もう一人応援を呼んでおくべきだった。
黎の後悔とは裏腹に、ソレは楽しげに体を揺らしている。
「遊ぼウ。宝探しだヨ。探してゴ覧、人体模型。何かガ足りなイ、何かが足りナい」
歌うように言うと、少女のなりをしたソレは学校の中に駆け込んでいった。
「……チッ、拒否権はなしか」
吐き捨てるように言うと、黎もその後に続く。だが、頭の中では痛いほどの音量で警鐘が鳴り響いていた。
この場所にはナニかがある。
黎の力と経験からは計り知ることのできないナニかが。