第壱刻 〈電柱の傍で泣く少女〉
刻は逢魔ヶ。
橙の陽光に紛れ、この世のモノとあの世のモノが行き交う時間。
絶えることのない人の波にもまれ、ソレは暮らす。
「ねえ、あそこ。誰かいるよ」
母親に手を引かれて歩いていた小さな女の子が、数歩先の電柱の陰を指さして言う。
子供がかくれんぼでもしているのだろうか。だが、それにしては辺りが静かだ。
「え? 誰もいないわよ」
母親は首をかしげ、その女の子が示した辺りを見ながらその横を通り過ぎた。
どんなに目を凝らしてみても、やはり、何もいない。
「あ、ここにもいる」
しかし、次の電柱でも女の子は声を上げた。
母親は、気味悪そうにその電柱をチラ見しながら歩く速度を早める。
その後も電柱を見かけるたびに女の子はそこに誰かがいると言い続けた。
「いい加減にしなさい! そんなに何人もの人が電柱の陰に隠れて居るはずがないでしょ?」
ついに痺れを切らした母親が、足を止めて女の子の前にしゃがみ込んだ。
女の子は、いやいやと言うように首を大きく横に振る。
「何人もじゃないよ。おねーちゃんは一人だよ」
母親の顔は、尚更険しくなる。
娘の言う『おねーちゃん』の姿はどこにも見当たらない。小学生なのか、中学生なのか、あるいはそれよりも上なのかも分からない。
何の理由があって先回りなどしているのだろうか?
小さな子の笑顔が見たいと思うなら、素直に話しかけるべきではないか。
それとも、あれは……。
そんなことはありえないと無理矢理にその考えを払拭すると、母親は再び女の子の手を引いて歩き始める。
すると、何が起こったのか女の子はそこから先の電柱の陰に人影を見つけることはなくなった。
「――やっぱりだ」
少年が呟く。少年の名は相宗黎。
黎の視線の先には、一本の電柱がある。その陰には、うずくまって涙する少女の姿があった。
この界隈では、電柱の傍に現れる少女の姿が相次いで目撃されていると聞いた。噂の人物は彼女で間違いないだろう。
その少女が姿を見せるのは、時刻は決まって日暮れの時間帯。――いわゆる、逢魔ヶ時だ。
そこへ現れた少女が、何かの危害を加えたという報告はなされていない。だが、それは被害者がそっくりそのまま姿を消してしまっているためだと受け取ることもできた。
とはいえ、黎の仲間や師に当たる人々が調査をした限りでは、この近隣で失踪事件が起こったという記録はなかったらしい。そのため、神隠しにあったとは考えにくいだろう。
なんだかんだと並べ立ててみたが、このままコレをこの土地に居させることはよい影響を与えないという事実が変わることはない。
黎の本来の目的は彼女ではなかったのだが、こちらも早急な処置が必要だろう。
黎は覚悟を決めると、少女に近付いた。