清華廉学園女子テニス部による超絶的青春謳歌の日々 ②
春の日の話。
それは、唐突もいいところだった。
「今日は実況と解説をやりましょう」
「えッ、何のために!?」
放課後の教室で、いつもの清美きよによる突然の思いつきに対して、真奈美まなが的確なツッコミを入れた。
「来たる日の為に……ね」
「私達の未来に何が待ち受けているのッ!?」
「備えあれば憂いなし、だね。きよちゃん!」
気がつけば、桃井ももがふわっふわと、きよの机の傍に来ていた。
「さすがは紋白蝶。理解が早いのは良い事だわ、それに比べてこの虫けらは……」
「『も』しか合ってないッ! あと誰が虫けらだ誰がッ!」
「ケラケラケラ」
「ももちゃんッ!?」
「では、我が家へ向かうわよ向かいましょうそうしましょう。と、いう訳なので、今日は部活に参加するのは無理そうね」
「今日『も』ッッッッ!!」
3人は一度部室に立ち寄り、ホワイトボードに『自宅』と書きこんでから、校門前まで迎えに来ていた「爺や」が運転する、ダックスフンドのように胴長のアノ車に乗り込んだ。
きよの自宅である豪邸に到着後、2人はきよに先導されて、エスカレーターで3階まで上がり、3階から東側エレベーターで18階に上がった先にある、新棟「清美家の生活が1番」の部屋から2つ右に曲がった先にある部屋「他愛もない実況ブース 1」に通された。
「相変わらず、あんたの家は迷路だわ……」
「ん~、確かに遭難しそうだねぇ」
「実際に、遭難した未熟なメイドの例があるわよ。それも複数回ね。 警察に捜索願を出した事もあったわ」
「危なすぎるだろ、この家………で、そのメイドさんはどうしたのさ?」
「今では立派なメイドの霊。なーんちゃって」
「さぁ~審査委員長の真奈美まなさん、採点は?」
「ん、7点」
「10点満点中の7点だなんて光栄なことだわ」
「100点満点!!」
「明日の見出し記事『審査委員長による不正が発覚……買収か!?』」
「ももちゃんッ!?」
そんなやり取りの中、きよがデスクに置かれていた1枚のDVD-Rを2人に見せた。
「で、早速本題なのだけど、今回はコチラの映像に実況と解説を吹き込んでほしいのよ」
「アフレコかぁ……」
「まなちゃん、これはオフレコなんだけどね(ひそひそ)」
「いや、もう、ももちゃんソレ分かってて言ってるでしょう……」
そうこうしている内に映像が再生された。
『全日本槍投げ選手権』
開始直後、ウォーミングアップをする選手たちをバックにそう表示された。
その後は、淡々と槍を投げる選手が続々と出現するという、まごう事なき全日本槍投げ選手権の映像だった。
とても女子高生が真剣に鑑賞する代物とは思えず、シュールな状況となった。
「これは、昨年の全日本槍投げ選手権の映像なのだけどね。今の映像に実況と解説をアフレコして、全日本槍投げ委員会に送らなければならないのよ」
「何の為にッ!?」
正解のツッコミだった。
「実は先日、全日本槍投げ委員会から要請が来ていてね。これは言わば試験のようなモノと捉えて結構だわ。もし採用されれば今年度の全日本槍投げ選手権の実況と解説を私達がする事になるわ」
「何で競技経験すらない女子高生がッ!?」
「全日本槍投げ委員会も人気取りに必死なのね、きっと」
「何で人気取りに一般の女子高生がッ!?」
「これは槍投げ界の革命ね」
「だから何で一般の女子高生がッ!?」
「では早速アフレコしてみましょうか」
「うん、そうだねぇ~」
「暗黙の了解事項ッ!?」
役割分担は素早く決定した。
私は実況向きじゃないわ。という自らの親告と周囲の肯定により、きよは解説。実況はまな。そして、ももは……。
「お口クチュチュ○ンダミンは……そうね、憧れの舞台に招待された、かつて槍投げ天才少女と称され、業界を背負って立つと期待されるが、練習中の怪我により競技生命を断たれた悲劇のヒロイン。という設定の女子高生役にしましょう」
「了解っ!」
「もう何からツッコンでいいのやら……」
こうして、謎の企画がスタートした。
(♪運動会の入場行進で流れていそうな、指揮を高めるBGM)
まな「さぁッ、日本全国民が待ち望んでいた猛者の祭典! 全日本槍投げ選手権の開催が、今まさにスタートしようという状況であります! 実況は私、真奈美まな(女子高生)、解説は清美きよさんで、この全日本槍投げ選手権専用国立槍投げ記念公園から実況生中継を御送り致します」
きよ「録画よ」
まな「おいッ!」
開始から僅か数秒、きよのたった4文字の言葉で最初の中断を迎えた。
『Take2』
(♪運動会の入場行進で流れていそうな、指揮を高めるBGM)
まな「さぁッッ、日本全国民が待ち望んでいた猛者の祭典! 全日本槍投げ選手権の開催が、今まさにスタートしようという状況であります! 実況は私、真奈美まな、解説は清美きよさんで、この全日本槍投げ選手権専用国立槍投げ記念公園から実況生中継を御送り致します」
きよ「カイセイデス、テンコウニモメグマレテ、ゼッコウノ、ヤリナゲビヨリデスネ、マナサン」
まな「ッ――――そ、そうですね。えぇ、清美さん、今大会の注目選手と言えばどなたでしょうか?」
きよ「えっ…………あのー、あの人ね。知ってるわ、うん、あれね、人間よね」
まな「発案者がノープランッッ!!!!!!!!!」
3分間の時間の猶予を与えた後の『Take3』
(♪運動会の入場行進で流れていそうな、指揮を高めるBGM)
まな「さぁッッッッ、日本全国民が待ち望んでいた猛者の祭典! 全日本槍投げ選手権の開催が、今まさにスタートしようという状況であります! 実況は私、真奈美まな、解説は清美きよさんで、この全日本槍投げ選手権専用国立槍投げ記念公園から実況生中継を御送り致します」
きよ「よろしく」
まな「天気は快晴、絶好の槍投げ日和ですねー清美さん!」
きよ「そうね、是非あのサンサンと輝く太陽に突き刺して欲しいわ。そうすれば自ずと優勝に近づく事が出来ると私は考えているわ」
まな「当然ですねぇ。むしろそれで優勝出来なかった方が驚きですねー」
きよ「果たしてそう易々と断言出来るのかしら?」
まな「と、言いますと?」
きよ「今大会には、あのギネス記録保持者のアメリカ代表「マイコー・トゥラァヴァスキン」選手が出場しているわ。彼は前大会で金星に投げ込んだ実績を持っているわよ、今大会にかける想いは人一倍のはずよ」
まな「全日本ッッ!?」
きよ「彼は今年度も21世紀梨枠での出場となります」
まな「どんなッ!?」
きよ「えぇー……選手たちがウォーミングアップ終えて、なんだか棒を持った人間が立ち位置についているわよ」
まな「早くもメッキがッ!?」
もも「なんと、本日のスペシャルゲストはわたしです!」
まな「ももちゃんが待ち切れずに!!」
きよ「おーっと、選手よりも先にゲストが第一投を投じましたー……記録はなんと、290ヤードだー(棒)」
もも「くっ、古傷が……邪心に満ち溢れた右腕の封印を思わず解いてしまったようだぁ……古の契約により一度は引導を渡したが、金色のキャンドルに漆黒の炎が再び燃え上がりそうだぜぇぇ」
まな「天才少女の後遺症が酷いッ!!!!!!!」
きよ「えーっ、それでは、最初の、えーっ、1番、えーっ、ライト、鈴木一郎」
もも「封印がぁ! 魔王の復活がぁ!」
まな「中止ッッッッッ!!!!!!!!!!」
入念な打ち合わせを経ての『Take4』
(♪運動会の入場行進で流れていそうな、指揮を高めるBGM)
まな「さぁッッッッッッッッッッ、日本全国民が待ち望んでいた猛者の祭典! 全日本槍投げ選手権の開催が、今まさにスタートしようという状況であります! 実況は私、真奈美まな、解説は清美きよさんで、この全日本槍投げ選手権専用国立槍投げ記念公園から実況生中継を御送り致します」
きよ「御機嫌よう」
まな「そして、なんと、本日のスペシャルゲストはこの方ッ」
もも「黄昏より舞い降りし、黒眼堕天使、魔を期して、天に双璧を成す!」
まな「素晴らしいッ! もう何一つ理解できる事はありませんでしたが素晴らしいッ!」
きよ「訳『もうどうしようもねーな』」
まな「的確ですね。さぁッ! やって来ましたよ、この日を国民がどれ程待ち望んでいたかッ。全日本槍投げ選手権の開催ですッ!」
きよ「私も今日の全日本槍投げ選手権が楽しみで楽しみで、昨晩は中々寝付けなかったわ……」
まな「やはりこの全日本槍投げ選手権は日本中が注目してるいるという事ですねーッ、清美さん!」
きよ「………………………えっ、何かしら。ちょっと今一瞬寝てたわ」
もも「春眠暁ヲ覚エズ」
まな「おぉーッと! 最初の選手が位置につきましたッ! こちらはロシア代表のミカポロスキー選手ですねぇ。この選手も21世紀梨枠とみてよろしいんでしょうか、清美さん」
きよ「………………………………」
もも「春ハ曙」
まな「おぉぉおーー!! これは素晴らしい記録だッ、90メートル62!! 良い位置につけましたねー!」
きよ「………………………………………………………………………」
もも「切磋、琢磨」
まな「えー………………残念ながら放送時間の方が残り30秒となってしまいました。非常に残念です。それではまた来年度の全日本――」
きよ「さぁやってまいりました、ここからは全日本投げやり選手権大会に移ります移ってしまいます移っちゃいます! さっそく優勝候補筆頭の『真奈美まな』選手が素晴らしく投げやりな開幕ダッシュを決めたわ」
もも「いやぁ~、さすがはディフェンディングチャンピオンといったところですねぇ~」
まな「ももちゃんッ!?」
きよ「おーっと、投げやりなツッコミだーっ。腰のベルトも輝きを増していくー」
もも「ですが、まだ緊張が見られるといったところでしょうかぁ。ポテンシャルはじゅーぶんに秘めていますからぁ、ここから更に記録を伸ばしていくことに期待しましょ~」
まな「中止ッ中止ッッッッ!!!!」
きよ「おーっと、投げやりだー、完全に投げてしまったー」
もも「これぞっ、と言わせんばかりの究極の投げですねぇ。この辺りは『流石まな選手』としか言いようがありませんねぇ」
まな「何なのよコレはッ!?」
きよ「で、でましたー。全てを否定する最大の投げー。これは勝負ありかー」
もも「これには他の出場選手はもうお手上げ、といった感じですねぇ」
きよ「あーっと、ここで試合終了のホイッスルだー。優勝は今年度も真奈美まな選手だー」
もも「これで17大会連続優勝。この記録は今後破られる事はないでしょうねぇ」
まな「生まれた時からッ!?」
きよ「残念ながら放送時間の方がそろそろ、という時刻になりました」
もも「M+にご加入の家庭は、このまま最後までご覧に頂けます」
きよ「これから優勝インタビューというところですが、お時間の方が迫ってまいりました。最後に安土桃山時代さん、一言」
もも「明智くんは裏切る!」
きよ「それでは、さようなら」
そして、3人の様々な思いが交錯しつつの沈黙が訪れた。
20秒後、沈黙を破ったのはきよだった。
「どうやらちゃんと形にはなったようね」
「なってねーよッ!!」
「森の叫びが、我の眠りを妨げる……」
「ももちゃんもう終わったよッ!!」
「成功と言っても過言ではないわね」
「過言だよッ!!」
「なんか油断するとついついぃ。役作り頑張ったから……うっ、封印が――」
「ももちゃんが本当に危ないッッ!!!!」
「どげんかせんといかんわね。さっ、では先ほどの撮ったまずまずの出来のアフレコ実況を全日本槍投げ委員会に送る準備をしましょう」
「そんなあんたをどげんかせんといかんわよッ!」
「えっ……先ほどの出来では満足していないというの?」
「誰が見ても失敗作でしょッ!」
「仕方ないわね……泣きのもう1回ね」
というわけでこれで最後の『Take5』
(♪荒れ狂う天地が共鳴せんとするBGM)
もも「我は魔王、我は覇王――」
ま&き「「もういいわッ!(もういいわもももも!)」」
こうして、無事ではないが、とりあえず、とにかく本日の収録は終了となった。
「とても残念だけれど、全日本槍投げ選手会の要請は断る方向でいきましょう」
「あたりまえだッ!」
「ちょっと練習が足りなかったね~」
「そうねそうよね。時間さえあれば実況と解説なんて容易い事よね」
「そうか? 難しいと思ったけどなー」
「きよちゃん、もしかして何かある?」
「えぇ、実は今年の体育祭の実況を放送部から任されてしまったのよ……ねー」
「何で断らなかったのよッ!?」
「え、いえ、だって、簡単な事でしょうそれくらい。あと御神先輩からの圧力が」
「圧政に屈したッ!!」
「まぁ御神先輩が言うなら仕方が無いよね。私達部活も全然出てないしね~」
清美きよが唯一下手に出る、『御神みかん』。彼女は清華廉学園女子テニス部の3年生なのだが……それはまたの機会に。
今はただ、上級生の圧力に屈した清美きよ。という情報だけで良いのだ。
「でも何で私達にそんな事を?」
「えぇ、今年の体育祭を盛り上げるための工夫らしいわ。それで放送部が誰か適任者を探して、仁徳(権力)ある御神先輩にあたってみた結果らしいわ。 というわけなので、こうなっては仕方が無いので、今年の体育祭を私達の手で一生懸命盛り上げるしかないわね(棒)」
「違う意味で盛り上がりそうなんだが……」
「当たって砕けようね~」
「敗北が濃厚ッ!? つか、今日の本題はそこかよッ!」
「手間をかけるわね。力を合わせて(笑) 頑張りましょう」
「お~…………うッ、拳が破壊を求めている」
「ももちゃんッッ!?」
ももはそれから3日間、中二病を患ったという。
『清華廉学園女子テニス部による超絶的青春謳歌の日々 ②』終わり。