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聞き間違いから始まる恋物語〜釣り餌にミミズはどうですか〜

作者: まめ まめみ
掲載日:2026/08/10

「え~? 子供のころってミミズ使わんかった?」


 午後の講義が始まるのを待ちながら、船山(ふなやま)アキラは「子どもの時に使っていた、意外と釣り餌になるモノ」を男三人で話していた。


「期限切れのカニカマなら、冷凍して使ってた」

「えぇ? 俺ルアーしか使った事ないわ」

「つーか、ミミズって海にいる? 川? フナ、お前どこで釣ってたんだよ」

()め池とか、田んぼの横の水路とか」

「池か~、ザリガニ釣ってたな」


 男同士でグダグタと話していると


「わたしは——ミミズ……かなぁ——」


 1列後ろに座っていた4、5人の女子の集団から、可憐な声でミミズを推す声が聞こえた。


「えっ!? 水瀬(みなせ)さんもミミズ使った事ある!? ってか釣りする人!?」


 俺は思わず食いついた。だって水瀬琴音(みなせ ことね)さんは、俺からするとハッキリ言って高嶺の花だ。女子高出身で、妹さんはいるけど男兄弟はいない人。男と話すのが慣れていないという、今時めずらしいんじゃないか? っていう存在。

 パッと見は、キリッとした美人さん。すっと通った鼻筋に、切れ長の目。黒髪のストレートボブは、歩くたびにさらさらと揺れて涼しげだ。派手さはないのに目を引く、クール系の美人だ。ずいぶん説明が詳しいなって? 言っただろ……高嶺の花だよ、憧れてるんだ。

 

 最初は近寄りがたいタイプかなって思ったんだけど。


「ひゃっ。え、えぇ!?」


 急に振り向いて話しかけた俺に驚いて、水瀬さんは一気に真っ赤になった。切れ長の目がパッチリと開いて可愛ええ……。

 クールな見た目なのに意外と慌てやすくて、今も手が無意味にワタワタしている。このギャップに、隠れファンになったヤツは男女問わずけっこういる。


 で、いつかお話ししたいなと思っていたところに共通の話題発見! と思って、あとミミズの賛同者がいたことに純粋にテンションが上がって、勢いよく話しかけたワケだけど。


「ぷふっ。なぁに無理やり話に入ってきてんだよフナ! うちらミミズの話なんてしてないから!」


 笑いながら俺を押し返したのは、仕切りたがりの姉御だ。違った、大島ゆかりだ。

 淡い金髪に、つぶらな瞳といつも楽しそうに笑っている大きめな口。なんかゴールデンレトリバーっぽく見えるんだよな。だから、偉そうに話してもあんまり威圧感がない。


「じゃあ、なんの話してたん?」


 めげずに話を膨らませようと姉御に話しかけるのは、ザリガニ釣ってた川辺(かわべ)だ。


「フクロウってカッコいいよねって話」


 あれ? ミミズは?

 

「姉御はフクロウで、水瀬さんはミミズが好きなの?」

「お……おい川辺。やめ——」

「い、言ってないよっ。私は、()()()()が好きって言ったの」


(うわーなんかゴメン!)


 ザリガニとミミズで盛り上がってる俺たちが、声をかけちゃダメだった気がする。なんか会話が知的でキラキラしてる。

 川辺(かわべ)の肩を掴んで引き戻しながら、何を言おうか考える。とにかく、川辺のミミズトークを終わらせないと。えーと、何かないか。フクロウとミミズクって違うの、とか?


 頭が真っ白になってしまった俺と、隣で同じように小さくなっているもう一人の友達を見て、姉御がケラケラと笑った。


「フナ、困りすぎぃ〜。いいじゃん、さっきの面白かったよ。ちなみに、フナはミミズで、川辺はザリガニが好きなんでしょ? ミズッチは?」


 姉御、良いやつだな。俺たちに話を合わせてくれるなんて。

 まぁ別にミミズが好きなワケじゃないんだが……。訂正する勇気は無い。このキラキラした世界の住人二人と違って、俺たち男三人衆は、なんつーかモブ。

 目立つイケメンでもなければ、笑っちゃうほど面白い顔でもない。見分けるコツは、髪型かな。茶髪で短髪の俺、茶髪ゆるパーマの川辺、黒髪メガネのミズッチ。身長はフツー。オシャレ感のカケラもない会話。

 

 そんな俺たちと、水瀬さん、姉御を含む女子グループが、講義が始まるまで三十分近く雑談を楽しんだ。フクロウから始まって、懐かしのハリポタ話、フクロウの首の可動範囲から自分の身体が硬いって話まで。みんなで。そう、水瀬さんも含めて! ありがとうミミズ!


 ◇


「水瀬さんって、ミミズク好きなんだって」


 俺たちは言いふらしてないんだが、いつの間にか水瀬さんの個人的な情報がすごい速さで広がっていた。まぁ、講義室には他にもたくさん人が居たしな。水瀬さんと姉御って、目立つしな。


「ねぇ、今度○○動物園行かない?」

「猛禽類ショーあるらしいよ」


 水瀬さんが講義の前や帰り道で、男女問わずいろんな人から動物園に誘われるのをよく見かけるようになった。俺は……誘う勇気が出なかった。


 本人は困ったように笑って、「ありがとう。でも、その日はちょっと」と、やんわり断っている。


 最初は本当に予定があったんだろう。

 でも、そのうち違う理由が出てきたらしい。


「しゃーないって!」


 ある日のサークル帰り、川辺(かわべ)とダラダラ歩いていると、駐輪場の日陰で姉御が水瀬さんを(なだ)めているところに遭遇した。


「良いのかなぁ、ゆかりぃ〜」

「大丈夫だってー」


 しょげている水瀬さんと、寄り添っている姉御。なんつーか、ゴールデンレトリバーに愚痴を聞いてもらっているように見えて和むなぁ。


「うぅ……」

「琴音さぁ、もう七月だけで四回も動物園行ってんじゃん! 断ってヨシ!」

「えっ、そんなに?」


 盗み聞きしているようでスルーしようと思ったけど、目の前を通過する時に思わず反応してしまった。月に四回って、多くないか? 市の動物園の入園料は千円だ。そんなに高くないかもしれないけど、四回行けば四千円。チリも積もればで、学生にはけっこう高い。

 

「あ、船山(ふなやま)くん。うん、誘ってもらえるのは嬉しいから、一回くらいはって思ってたら四回も続いちゃって」

 

 水瀬さんは照れ笑いを浮かべる。


「最近は断ってて……動物園って暑いし」

「あー」


 納得した。そりゃ断るわ。


 ジーワジーワ ジージージージー


 近くの木から、セミの鳴き声が降るように聞こえてくる。


「頑張って行っても、動物もみんな日陰で寝てるんだよね」

「そうなん?」

「そーそー。奥にいて、こっちにお尻むけてんの。一回目は、うちらも面白いって笑ったんだよね」

「ふふ、ゆかり、いろんな動物のお尻を撮ってたよね」

「なぁ姉御。寝てる時のライオンのケツって、でかいタマタマ——」

「ストップだ川辺。相手は女子だぞ」


 何を言おうとしたか分かったらしく、姉御は「撮ってないし!」と大笑いしたが、水瀬さんは赤くなってそっぽを向いてしまった。


 わ~、川辺のアホ。最近ようやく話せるようになったんだぞ。水瀬さん、眉が下がって困り顔じゃん。


 えーと、えーと。話題を変えよう。


「じゃ、じゃあさ」


 じゃあ、何だ? 取り合えず声を出したが、何て続けるんだ、俺。

 えーと、えーっとぉ!


「動物園じゃなくて、水族館に行かない?」

(水族館?)

 

 俺は何を言っているんだ。水族館は、車か電車で一時間以上の距離にしかないぞ。


「水族館?」

 

 だが、水瀬さんが水族館に食いついて顔をこちらに戻してくれた。


「う、うん。魚も好き?」

「好きです」

「マジ? あっ、ペンギンもいるよ。イルカはいないけどアザラシのショーあるし。クラゲとかずっと見てられるし」

「クラゲ! いいですよね、好きです」


 お? 会話が続いてる! 良い感じだぞ俺! このまま誘え!

 

「あっ! あと、冷房効いてる!」


 そこで一瞬、静かになった。

(う……。外したか?)

 

「それ、大事」


 姉御が真顔でうなずいた。いつの間にか姉御の隣に移動した川辺も同じように首を振っている。


 ジーワジーワ ジー……ァジー……ァジー

 

 幻聴か、セミも暑ぃー暑ぃーと鳴き始めた。

 

 水瀬さんはくすっと笑って、それから俺を見た。


「行きたいです」

「よぉし決まり! 行こう!」


 なんか勢いでお出かけが決まった。


「じゃ、二人で行ってらっしゃ~い」

「「え?」」


 姉御に言われて、水瀬さんと声がハモった。

 俺は川辺と姉御も含めた四人で行くつもりで言ったんだけど。


 姉御がニヤニヤ笑い始める。


「いやぁ、フナが誘ったんだからフナが責任持ちな?」

「そうそう。男を見せろ、フナ」


 川辺も似たような顔でこっちを見ている。

 

「いや、川辺も来るだろ?」

「俺は姉御とデートだ」

「「「え!?」」」


 今度は、姉御も含めた三人でハモった。


「ちょ、ちょっと川辺。あんた何を——」

「初デートしようぜ。俺たち、昨日から付き合ってん——」

「わーーーっ!!」


 姉御が急に真っ赤になって川辺の前で手を振る。

 マジか。コイツ、恋人がいない俺とミズッチを置いて、人生のステージを先に進んでやがった。

 

「姉御は可愛いだろう? ミズッチに先越されなくて良かったよ」

(え。ミズッチって、そうだったの?)


 何も気づかなかった。いつの間にか川辺たちの間では姉御を巡るバトルがあり、終わっていたらしい。


「まーそういう事! フナ、車持ってるんだから、水族館までドライブしてこいって」

「お前、彼女できてエラソーにすんなよな〜(ドライブだと? お前も何を言っているんだ!)」


 軽口を言いつつ水瀬さんを見ると、姉御にすがるような目をしていた。


(そうだよ、俺も緊張するけど、水瀬さんには男と二人きりで車内ってキツいんじゃないか?)


「あのさ、川辺。俺のハードル上げないでくれる? 車とか、緊張で死ぬから! 行くならのんびり電車だよ」

 

 俺が車を否定すると、水瀬さんがホッ、と安心して肩を下げるのが見えた。良かった、やっぱり困ってたんだな。


「あー、水瀬さん? なんか二人で行く流れになっちゃったけど、全然ムリしなくて良いからね!」


 自分のヘタレっぷりを嘆きつつ、断りやすいように話を終わらせようとすると。

 

「あの……」


 水瀬さんがおずおずと口を開く。


「もし、フナくんが嫌じゃなければ」

「……うん?(ふ、フナくん!?)」

「二人でも、私は」


 耳まで真っ赤に染めながら、水瀬さんは控えめにこちらを見た。


「大丈夫、だよ」


 心臓が一回、大きく跳ねた。


(切れ長の目でチラッと……! これが流し目……!)


 犯罪級の破壊力だ。


「うんうん、フナなら大丈夫だよ、琴音。行っておいで〜」

「姉御、お前なにを根拠に……」

「あの、フナくんは、会話に困ってると助けようとしてくれるよね。いつも、ありがとう」


 俺に向かってふわっと笑った顔に、俺の心臓はグワシッと握られてしまった。

 


 いきなり車内で二人きりは、そのまま俺の心臓が止まりそうなので、のんびりと電車で行くことにした。


 待ち合わせ場所に現れた水瀬さんは、いつも大学で見かけるキリッとした服装より少しだけ柔らかい雰囲気だった。


 透け感のある白いシャツに、水色のロングスカート。

 風が吹くたびに裾が揺れて涼し気だ。


「お、お待たせ、フナくん」

「いや、俺も今来たとこ」


 嘘だけどな。三十分前からいた。

 セミと一緒に「あじぃ~」と鳴きながら待ってた。

 

 入り込んだ電車の中はひんやりしていて、夏を忘れるくらい快適だった。


「ふぅ、外と全然違うね」

「だねー。水瀬さん寒くない?」

「ううん」

「……」

「……」


 か、会話が止まってしまった……!

 

『次は○○駅——、降り口は右側です——』

「あっ、次だねフナくん」

「あっ、そうだね降りようか!」

 

 うぉ~、緊張する。電車で良かったぁ!

 

 なんて電車の中ではドキドキしていたけど、暑すぎる外に出ると緊張感も何もなくなった。


 暑い! うっかり触った手すりも熱い!

 

「あっつぅ!! 水瀬さん、この手すりヤバイ。離れて離れて」

「ええっ、フナくん大丈夫?」

 

 暑さと熱さで、大騒ぎしながら水族館へ歩いて行った。


 館内では、入ってすぐに水槽のトンネルがあって、二人してエイを見上げることになった。


「エイって下から見ると面白い顔がありますね〜」

「なんか笑ってるよな」


 自分たちの声が妙に反響するトンネルを進むと、クラゲが浮いたり沈んだりしている円筒形の水槽がいくつも並ぶエリアに着いた。


 二人とも自然と立ち止まる。


「ずっと見ていられるね~」

「わかる。無になれる」

 

 一階から二階まで続く大水槽の前では、二人でベンチに座って、いつまでも見とれていた。


 会話が途切れても不思議なくらい焦らない。海の底のような雰囲気の館内では、天井の水槽からゆらゆらとした光が差し込む時があって、その光に照らされた水瀬さんが俺の横にいて。


(これは、現実か……?)


 突然の幸せなイベントに、頭が混乱してきた。


「水族館、来て良かったね」


 館内でもらった半透明の青いウチワを眺めながら、嬉しそうに笑う水瀬さん。


「私、水族館ってこんなに楽しいって知りませんでした」


 たまに敬語が混じる水瀬さん。

 どうしよう。もう、何をしていても可愛い。


 話しながら、水族館から外に出る。厳しい暑さに戻ると、吹き出す汗が「これは現実だ!」と伝えてくるが、まだ頭の中は現実感が無いまま。ふわふわしている。

 緊張感がどこかに行った俺は、言えなかった言葉がするりと出てきた。

 

「次は、夏休みになったら動物園に行かない? そのころだけ、夜間イベントがあるんだって」


 実は俺も、水瀬さんを動物園に誘いたくて調べていたんだ。でも、夜に出かけませんか、なんて誘うのはハードルが高すぎて。


 今日の雰囲気なら大丈夫な気がして、つい気が大きくなっちゃったけど、誘ってからドキドキしてきた。

 ど、どうしよう。気持ち悪がられた? 怖がられるか?


「水瀬さん、今のは——」

「ふふっ」


 水瀬さんは小さく笑った。


「それなら、起きているミミズクに会えますね」

「え?」

「日中だと、寝てるフクロウの方が多いんですよ」

「あっそうだよね! えっと、じゃあ楽しみだね! フクロウに餌やり体験って出来るのかな。()()()持参する?」

「いりませんよ!」

「即答だなぁ」

「だって! ……ふ、あははっ」

 

 楽しそうに笑う水瀬さんを見て、俺もつられて笑ってしまう。


 昼休みのあの日、聞き間違えた「ミミズ」は、結局一匹も出番は来ない。でも、ミミズのおかげで、水瀬さんがミミズクが好きだと言う事を知り。ミミズクからの動物園ラッシュのおかげで、なんと俺は水瀬さんと水族館へ出かける事ができた。


 話せるようになるきっかけって、くだらない聞き間違いで始まる事もあるんだな。


 問題は、ここからだぞ。俺はどうしたら良いんだ。


 夜の動物園……。これって、デートだよな? これをオッケーもらったって事は、付き合って下さいって言っても大丈夫なのか? 俺、勘違い野郎じゃないよな?

 客観的な意見が欲しいな。川辺に相談……。いや、姉御に筒抜けになる気がする。くっそ、なんでアイツはあっさり付き合えてるんだよ。

 

 うぉ〜、俺にこの状況は、経験値が足りなすぎる。誰か、誰か俺にアドバイスか助けをくれぇ。

 

 このまま潤いに満ちた夏休みになるか、ミスって道端の干からびたミミズのように枯れ果てるか。俺の夏は、始まったばかりだ……!

ーーーーー

武頼庵(藤谷K介)様主催『みずに纏わる物語企画』参加作品です。


みず、みみず、みみずく......。ミミズネタ、私もやってみました。ついでに、恋愛物に初挑戦! 照れてしまって、恋愛未満な仕上がりに╰(*´︶`*)╯♡

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― 新着の感想 ―
みずに纏わる物語企画、ミミズって何かしらの形で出てくるとは思いました。でも、まさかの会話劇での活躍とは(笑)(笑)(笑)でも、爽やかな感じが作品全体にあって好印象でした。 あ、はじめましてですかね?…
読ませていただきましたぁ。  まずはこれだけは言っとかないと……。  出やがったなミミズ!! www  はいオッケーです。(*^-^*)  会話の表現が上手いなって素直に思いました。なんというか…
爽やかでした!(*^▽^*) 男性同士の会話も楽しくて、女の子へのドキドキ感も可愛らしかったです。 友人が先取りしているの笑ってしまいました。 付き合いたい!恋人に!なんてよりもっと手前での、初々しい…
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