表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

消費しきれない

作者: 義母
掲載日:2026/05/24

第1章 おとの軽蔑

---


夕焼け色の草むらに、女性カマキリたちの柔らかな咀嚼音が響いていた。


おとは、目の前の男を静かに食べていた。前脚で押さえつけられた男は、既に頭部を失っている。それでも下半身だけは執拗におとの身体へしがみつき、交尾を続けていた。


ぬらついた腹部が痙攣する。おとはそれを見下ろし、冷たく笑った。


「ほんと、男って下半身に脳みそが付いてるのね」


周囲にいた女性たちが、小さく笑う。


「また始まった」

「でも本当じゃない」

「食べられてる最中くらい、やめればいいのに」


草むらの奥では、他の男たちが怯えたように後退っていた。だがその視線は、おとの身体から離れない。

恐怖している。それでも欲望を向けている。

おとは心底うんざりした。

女性を性的に消費したいくせに、自分が食料として消費されるのは嫌がる。結局、男という穢れた生き物は自分のことしか見ていない。


おとは最後の一口を飲み込み、残骸を見下ろした。もう動かない。ただ、生殖器だけがしばらく痙攣を続けていた。


「結局みんな同じ」


おとはそう思い、顔を上げる。


その時だった。

群れの後方に、一人の男がいた。


逃げていない。だが、欲望の目もしていなかった。ただ静かに、おとを見ている。

奇妙な視線だった。おとは思わず眉をひそめる。


「……何あれ」


---

第2章 おとの傷

---


それは、まだおとが若かった頃の記憶だった。

産卵を終えたばかりのおとは、ぼろぼろだった。腹部は重く裂けるように痛み、脚にも力が入らない。

それでも、おとは満たされていた。愛した男との子供たちだった。葉の裏に産みつけられた卵を、おとは静かに抱きしめるように守っていた。疲れている。でも幸福だった。


そこへ、草を揺らして一人の男が近づいてきた。おとは顔を上げる。彼だった。おとは少しだけ笑った。


(来てくれた)


そう思った。だが男は、おとの顔を見るなり言った。


「次はいつ交尾できる?」


おとは、意味が分からなかった。

身体は痛い。命懸けで卵を産んだ。今も必死に守っている。それなのに、この男はまた欲望を向けてくる。自分を見ていない。苦しみも、疲労も、幸福も。何も見ていない。

おとの視線が、ゆっくりと男の下半身へ落ちる。そこだけが、生き物みたいに熱を持っていた。


「男って、下半身に脳みそが付いてる」


その瞬間、おとの中で何かが壊れた。もしあの時、交尾の最中に食べてしまっていたら、こんな風にはならなかったのだろうか。


「あの時、食べておけばよかった」


現在。おとは別の男を躊躇なく食べていた。頭を噛み砕く。男はやはり、最後まで交尾を止めない。おとは冷たく目を細めた。


その時、遠くから視線を感じた。あの男だった。他の男たちとは違う目。おとは無意識に苛立つ。理解できなかった。


---

第3章 異常な男

---


食事を終えたおとは、前脚についた血を舐め取った。

周囲では、男たちが怯えたように距離を取っている。それでも、おとの身体を盗み見ていた。欲望、恐怖、生殖。結局、全部そこへ戻る。


だが、その中を一人だけ真っ直ぐ歩いてくる男がいた。あの奇妙な男だ。おとは警戒する。

男は、おとの前で立ち止まった。


「あなたに、食べられたいんです」


沈黙が落ちた。周囲の空気が凍る。

おとはしばらく無言だった。やがて、吐き捨てるように言う。


「気持ち悪い」


普通の男なら逃げるはずだ。だが彼は逃げなかった。震えているくせに、動かない。

おとは目を細める。どうせ、他の男と同じように、もっと歪んだ欲望を隠しているだけだ。そう思った。

だが、その目には発情も、支配欲も、征服欲もなかった。それが逆に、おとには不気味だった。


---

第4章 役に立てば愛される

---


ともは昔から、小さかった。

弱く、目立たない男だった。群れの中で押しのけられ、餌も奪われる。誰も彼を見ていなかった。

けれど、誰かの役に立った時だけは違った。傷ついた仲間を舐めた時。危険を知らせた時。餌を譲った時。その瞬間だけ、優しく触れられた。名前を呼ばれた。

ともは学習した。


(役に立てば、愛される。全部あげれば、必要とされる)


成長したともは、女性へ献身する男たちを見ていた。その中でも、食べられながら交尾する男たちは異様だった。幸福そうだった。頭を失いながら、身体を千切られながら、それでも恍惚としていた。


「全部あげられるんだ」


ともはそう思ってしまった。そして、その考えに自分で怯えた。

そんな時、おとの姿を見た。食べる側なのに、どこか苦しそうだった。他の男たちは誰もそれを見ていない。だが、ともには分かった。


「あの人なら……」


ともは無意識に、自分の首へ触れる。噛まれる未来を想像するように。


---

第5章 拒絶と接触

---


おとは、目の前に佇むともを拒絶し続けていた。


「食べられたいなんて、やっぱり理解できない。結局あんたも、そうやって私を消費したいだけでしょ」


ともは静かに答えた。


「そうかもしれません」


おとは苛立つ。周囲の男たちは、相変わらず分かりやすかった。怯え、欲望を向け、逃げる。だがともだけが、静かにそこにいる。それが、おとには耐え難かった。


「どうせ、もっと歪んだ欲望を隠してるだけよ」


おとはともへ近づき、その鋭い前脚を、ともの首へかけた。


ともはびくりと震える。恐怖している。それでも逃げない。おとは違和感を覚えた。その目には、発情も支配欲もない。だが、別の何かがある。おとはそれを理解できない。


「……ほんと、気持ち悪い」


なのに、完全には切り捨てられなかった。


---

第6章 君が嫌がることなんてしたくない

---


「じゃあ、試してあげる」

おとはともを見下ろし、そのまま首筋へと牙を立てた。

ともは激しく震えた。恐怖、だが同時に、強烈な恍惚が押し寄せる。男としての身体が、本能的に反応しかける。

おとはそれを見て冷笑した。


「ほら。結局みんな同じ。そうやって下半身で動くんでしょ」


しかし、ともはその本能を拒んだ。必死に、涙を流し、震えながら、おとへの接触を耐えた。

おとは牙を向けたまま、動きを止める。


「……なんで?」


ともは苦しそうに息を漏らした。


「君が嫌がることなんて、したくない……」


沈黙。おとは理解できなかった。噛みついたまま、初めて動けなくなる。


---

第7章 理解できない男

---


おとは、ともを遠ざけようとした。だがともは、変わらず側にいた。

交尾を求めない。身体をいやらしい目で見ない。欲望を向けない。ただ、おとを見ている。


「なんなの、こいつ」


おとは苛立った。他の男を見る。彼らは分かりやすい。発情し、逃げ、欲望を向ける。おとは少し安心する。


「ほら。やっぱり男はこう」


だが、ともを見ると違った。ただ静かに、おとを見ている。それが怖かった。


「ほんと、気持ち悪い」


だがその言葉に、以前ほど確信がない。気づけば、おとは無意識にともを目で追っていた。自分で気づき、動揺する。


---

第8章 見てほしかった

---


ともは一人でいた。首の傷へ触れる。あの時、おとに噛まれた瞬間の恍惚を思い出す。だが同時に、その時のおとの怯えたような顔も思い出した。


その瞬間、ともは気づいた。


(違った)


役に立てば愛される。全部あげれば必要とされる。食べられれば愛される。そう思っていた。だが、おとに求めていたものは違う。


「見てほしかったんだ」


ともは初めて理解する。食べられたいのではなく、おとに自分自身を見つけてほしかったのだ。

だが同時に、本当の恐怖も理解した。


「……怖い」


食べられることが。死ぬことが。今までのともは「全部あげればいい」と命を軽視していた。だが今は違う。死にたくない。おとを失いたくない。

それでも。おとの前から逃げたくなかった。


「それでも、あの人に見てほしい」


---

第9章 本性を表すはず

---


おとは、ともを見ていた。


「男はみんな同じ」


そう思っている。だが、ともだけが違う。それが許せなかった。


「本当に食べ進めれば、絶対に本性を表す」


おとはそう決意し、ともへ近づく。

ともは恐怖した。逃げたい、生きたい。それでも逃げなかった。

おとは、ともを本格的に食べ始めた。激しい痛みと恐怖。ともの身体が何度も本能で反応しかける。おとはそれを見逃さない。


「ほら、やっぱり交尾したいんでしょ」


だがともは、それを頑なに拒み続けた。涙を浮かべ、震えながら、最後までおとにしがみつこうとはしない。

おとは初めて怖くなった。さらに食べ進める。ともの身体は次第に崩れていく。だが最後まで、彼は自分を性的に消費しようとしなかった。

おとは理解してしまう。


「この男、本当に……」


---

第10章 消費しきれない

---


あたりは静寂に包まれていた。

おとの前には、ほとんど食べ尽くされたともの残骸があった。最後まで、ともは交尾をしなかった。

おとは、その事実を突きつけられていた。


「本当に、私を消費しなかった」


そこにはもう、欲望も、支配も、征服もない。あるのはただ、おとに自分を見てほしかった男の、純粋な痕跡だけだった。

おとは初めて激しく動揺する。すべてを食べ終えようとして、手が止まった。

残された彼の生殖器が目に入る。

おとは思い出す。男は下半身に脳みそが付いている。あの時、食べておけばよかった。結局みんな同じ。そう思っていた。


だが、ともだけは違った。

おとは静かに、その残された生殖器へ触れる。


「男に、こんなに純粋な下半身があるなんて」


おとは、それを食料としては食べなかった。

この男は最後まで、自分を消費しなかった。だからこそ、これだけは「消費」ではなく、自分自身の意思で受け入れたかった。

ゆっくりと、自分の生殖器の中へ、ともの証を受け入れる。

目を閉じる。涙ではない。笑顔でもない。

ただ初めて、おとは誰かを「消費しきれなかった」のだと知った。


「……気持ち悪い」


だがその呟きは、もう軽蔑ではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ