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祈る愚者

楽しんでいただけたら嬉しいです。

帝暦三一九年、北方戦線は沈黙していた。

それは平和ではなく、呼吸を止めた戦場の静けさだった。


雪原に展開する第七独立混成旅団は、三日間、一切の交戦を行っていない。

敵も、味方も、撃たなかった。

だが、双方とも銃を下ろしてはいなかった。


「……祈りの時間だな」


参謀幕僚用の簡易天幕で、青年将校――アーデルハイト・フォン・クレイン中佐は、地図から視線を上げずに呟いた。


彼の前に広げられた作戦図には、赤と青の駒が幾何学的に並び、無数の矢印が交錯している。そこに感情はない。あるのは、損耗率と補給線、そして政治的効果だけだ。


「敵は攻めてきません。こちらも動かない。双方とも、上層部の判断待ちです」


副官が淡々と報告する。


「違うな」

クレインは静かに首を振った。

「上層部ではなく、神だ」


副官は一瞬、言葉に詰まった。


帝国北方の敵国――ヴァルド公国は、国教会の祝祭日に戦闘を行わない。

なぜなら、彼らは祝祭日に、一定時間祈りを捧げなくてはいけないからだ。

それは軍事的合理性ではなく、宗教的制約だった。


「彼らは神が許すまで引き金を引けない。

そして我々は……」


クレインは地図の端、帝国軍の紋章を指でなぞる。


「我々は、神など最初から信じていない」


帝国は無神論国家ではない。

だが、神を「政治装置」として扱う国だった。


信仰は統治のために存在し、祈りは徴兵を円滑にするための儀式に過ぎない。

その現実を、クレインはよく理解していた。


彼は英雄ではなかった。

信仰者でもない。

ただ、国家が人を殺す理由を、最も正確に理解している男だった。


まさに合理主義者である。



帝都アルテンブルクでは、同じ沈黙が別の形で続いていた。


皇帝エルンスト三世――後に「暗君」と呼ばれる男は、即位してまだ半年だった。


「反対派は?」


玉座の背後で、宰相ゼン・アンデルセンが低い声で尋ねる。


「貴族院の三割。軍部の一部。宗教界は……分裂しています」


若き皇帝は、答えを聞いても眉一つ動かさない。


「では、予定通りだ」


「祝祭中に攻撃すれば、敵軍は混乱する。

宗教界の反発はあるが、戦争は短期化する」


それは冷酷で、正確で、否定しがたい。


宰相は思わず言葉を選ぶ。


「陛下……歴史は、あなたを暴君と記すでしょう」


皇帝は、少しだけ微笑んだ。


「結構だ。

英雄より、国家を生き延びさせた暗君の方が、私は好きだ。それにクレイン中佐の作戦にはハズレがない。」


皇帝エルンスト三世は、クレインの報告書をじっと見つめていた。



そして、皇帝は決断した。


「命令を出せ」


宰相は理解した。

この若き皇帝は、暴君ではない。

だが、歴史から最も憎まれる種類の統治者になる。


善悪ではなく、

犠牲と効率で国家を運営する男。


クレインは、その刃だった。


神を信じぬ国家が、

神を信じる国家を、合理性で蹂躙する――

その戦争は、まだ名を持っていなかった。


*****************************





彼は、日本という国で、徹底した合理主義者として生きた。


大学では工学と統計学を修め、卒業後は行政と企業の狭間にあるような仕事を選んだ。

災害対策、都市導線、福祉予算の配分――人命や生活に関わる分野で、彼は「感情を排した最適解」を提示し続けた。


数字は嘘をつかない。

だが、人は嘘をつく。あるいは、自分自身にすら正直でいられない。


彼はそう信じていた。


会議では常に冷静で、誰の顔色も見なかった。

「かわいそうだから」「前例があるから」「空気的に無理だから」

そうした言葉を、彼は一つずつ切り捨てていった。


代わりに示すのは、確率、コスト、期待値。

百人を救うために一人を切り捨てる選択を、躊躇なく“正しい”と言える男だった。


その合理性は、確かに多くを救った。

彼の設計した避難計画で助かった命があり、彼の削った無駄によって延命できた制度があった。


だが同時に、彼の背中からは人が離れていった。


同僚は彼を尊敬したが、信用はしなかった。

部下は彼に従ったが、心までは預けなかった。

家族ですら、彼の言葉に傷ついていることを、最後まで彼は「非合理的反応」として処理した。


彼自身は孤独を問題だと思っていなかった。

孤独は感情的コストが低い。

一人でいるほうが判断は速く、正確だ。


そうやって、彼は世界を最適化し続けた。


転機は、極めて“合理的”な事故だった。


老朽化したインフラ、予算削減、想定外の自然条件。

彼自身が過去に関わった報告書の中に、すべての要因は揃っていた。

確率は低いが、ゼロではない。

起こりうる最悪。


その最悪の一点に、彼自身が立っていた。


崩落する構造物。

逃げ遅れた数人。

助けに行けば、自分も助からない確率が高い。


頭の中で、瞬時に計算が走った。

期待値はマイナス。

彼が死ねば、今後救えたかもしれない多くの命が失われる。


――行くべきではない。


そう結論づけた、その直後。


誰かが、彼の名前を呼んだ。

泣きそうな声で、理由もなく、ただ必死に。


その声が、計算を狂わせた。


なぜかはわからない。

合理的な説明は最後までつかなかった。


気づいたとき、彼は瓦礫の下にいた。

身体は痛覚を通り越し、熱と冷たさの区別も曖昧になっていた。


視界が白く滲む中で、彼は初めて思った。


――自分は、何を最適化してきたのだろう。


数字は正しかった。

判断も、理屈も、間違っていなかった。


それでも、世界はこうして、彼を切り捨てた。


「非合理だな……」


それが、彼の最後の言葉だった。


次の瞬間、重力も時間も消えた。

境界がほどけ、思考だけが剥き出しになる。


合理性という武器を、最後まで握りしめたまま、

彼は別の世界へと落ちていった。


気が付けば、彼は孤児院に捨てられた赤ん坊になっていた。


自分では何もできない。歩けないし、食事すらとることはできない。

まさに非合理である。


「いいかい?立派な兵隊さんになるんだよ。」


私は孤児院で14歳まで生活し、そこからは帝国軍人となった。


今、帝国は隣国との戦争が絶えない。強力な国家であるが、すべての面を敵国と接している。


「孤児院育ち。家柄も学歴もない。そんな私にはやはり軍人しかないだろう。今のこの国の状況的にも結果さえ出せば、素晴らしい待遇が私を待っているだろう。ふふっ」


自分の先を考えて思わず笑みがこぼれる。


私はもう非合理的な行動はしない。己の利益を優先して合理的にこの世界を生き抜こうではないか。


彼は14歳の青年がするとは思えない不敵な笑みを浮かべていた。




*******************************************



鐘が鳴っていた。


ヴァルド公国軍の陣地では、兵士たちが武器を置き、祈りを捧げていた。


その時、

帝国砲兵隊の初弾が、祈りを捧げる兵士たちを吹き飛ばした。




彼らからしたらまさに「青天の霹靂だな。」

そんな独り言をこぼしつつ、

クレインは観測所で、双眼鏡を下ろす。



正しい、正しくないで言えばきっと正しくはないのだろう。

まさに、非人道的であると我ながら感動してしまう。

さらに、今回の作戦は人道主義者や宗教主義者からの非難は避けられないだろう。


しかし、後の歴史に勝者として語られるのは我々である。昔いた世界の歴史からも分かる。

戦争とは勝者がすべてなのだ。


そして、合理主義は時に倫理をも殺すのだ。



突然、普段書かないようなジャンルに手を出したくなってしまいました。正直、続きを書くかはわかりませんが、反応が良かったら書くかもしれません笑

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