表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アリシア・ヴェリタス【哲学リョナ小説第3弾】  作者: ギデオン・ヴァンツ@週刊コロッセオ記者
爆弾採りの夏休み

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/51

第2話:爆弾採りの夏休み(2)

夏休みも折り返し地点。

王都では、毎年恒例の「建国記念夏祭り」が開かれることになった。

川沿いに屋台が並び、夜には花火が上がる。


「ねえナラティブさん、一緒に行こうよ!」


僕は勇気を出して誘った。

お姉さんは、手元の『プラスチック爆弾』をこねながら、「いいわよ」と言ってくれた。


当日の夜。

お姉さんは、いつもの黒いスーツではなく、黒地に赤い金魚が描かれた浴衣を着てきた。

髪をアップにして、うなじが見えている。

僕は直視できなくて、ずっとリンゴ飴を見つめていた。


「すごい人ねぇ」


お姉さんは、人混みの中でも平然としていた。


「あ、見てシュウ。あそこの屋台」


「え?あの焼きそば屋さん?」


「ううん。『ダイナマイト』を持ったテロリストよ。ほら、焼きそば屋のガスボンベの横に」


僕が見ると、確かに目つきの悪い男たちが、ゴソゴソと何かを設置していた。

赤い腕章をした『ゲリラ屋さん』の人たちだ。


「……ナラティブさん。あれ、ヤバいやつじゃない?」


僕の背筋が凍る。あんなのが爆発したら、お祭りはおしまいだ。

でも、お姉さんは目を輝かせていた。


「珍しいわ!あの信管、東方国の密輸品ね!王都じゃ滅多に見られないレア物よ!シュウ、網は持ってる?」


「え、一応持ってるけど……」


「よし。行くわよ」


お姉さんは僕の手を引いた。


「今夜のメインイベントは、花火じゃなくて『爆弾採り』よ!」


僕たちは人混みを縫って、屋台の裏へと忍び込んだ。

僕は心臓がバクバクしていた。

でも、お姉さんの手は冷たくて、全然震えていなかった。


「いい? シュウ。虫取りと一緒よ。相手に気づかれないように、風下から近づくの」


お姉さんの指示に従って、僕はテロリストの背後に回り込む。

相手は3人。爆弾をセットし終えて、タイマーを起動しようとしている。


「今よ!」


お姉さんの合図で、僕は飛び出した。


「えいッ!」


僕の虫取り網が、一番端の男の頭をすっぽりと覆った。


「な、なんだ!?」


慌てる男たち。


その隙に、浴衣姿のナラティブお姉さんが舞った。

下駄を履いているとは思えない動きで、残りの二

人の鳩尾に鉄扇を叩き込む。


「ぐへッ……!」


男たちが崩れ落ちる。

お姉さんは、セットされた爆弾をまるで赤ん坊を抱き上げるように優しく持ち上げた。


「……いい音。元気な音だわ。あと3分で孵化するところだったのね」


お姉さんは、髪に挿していたかんざしを抜き、手際よく爆弾の蓋を開けた。

そして、迷うことなく赤と青のコードの中から、青い方を切断した。

タイマーが止まる。


「ふぅ。……綺麗な構造だったわ。解体するのが惜しいくらい」


お姉さんは、汗ひとつかいていなかった。

その時、遠くでドーン! と音がした。

本物の花火が上がり始めたのだ。

夜空に大輪の花が咲く。

お姉さんの横顔が、色とりどりの光に照らされる。

手には解除された爆弾。足元には気絶したテロリスト。


「……綺麗ね」


お姉さんが言った。

花火のことか、爆弾のことか、僕には分からなかった。

でも、この瞬間のナラティブお姉さんは、世界中の誰よりも美しくて、そして少しだけ怖かった。


祭りの後。

僕たちは、獲物を引きずって、王都警察署へ向かった。

警察署の裏口には、疲れ切った顔のおまわりさんが立っていた。


「……エラーラさんちのナラティブ君か。今日は祭りだぞ。非番なんだが」


「いいおみやげを持ってきたのよ」


お姉さんは、テロリストたちをゴミ袋のようにカレルの前に転がした。


「ほら、珍しい『テロリスト』の成虫よ。3匹も捕れたわ」


「人間を昆虫みたいに数えるな……」


おまわりさんは頭を抱えた。


「しかもこれ、指名手配中の爆弾魔じゃないか。どこで見つけた?」


「焼きそば屋の裏。あ、この爆弾あげる。標本にして飾っておいて」


お姉さんは爆弾をおまわりさんに押し付けた。


「……ナラティブ君。ここは警察署だぞ。爆発物処理班を呼ぶ手間を考えろ」


「いいじゃない。『虫かご』に入らないなら、そこの留置所に入れておけばいいわ」


僕はおずおずと口を挟んだ。


「あの。ナラティブさんは、街を守ったんだよ。褒めてあげて」


おまわりさんは、僕を見て、深くため息をついた。

そして、苦笑いした。


「……そうだな、シュウ君。お手柄だよ。お前も、その……飼い主もな」


お姉さんは「飼い主じゃないわ、相棒よ」と笑って、僕の頭を撫でてくれた。

その帰り道。

警察署の虫かごの中には、先日のイワオとレツも入っていた。

どうやら祭りでまた喧嘩をして、公務執行妨害で捕まったらしい。


「あ、姉御!」


「ナラティブの姉御!差し入れですか!?」


鉄格子の中から、二人が目を輝かせて叫んでいる。


お姉さんは冷たく言い放った。


「うるさいわね。少しは大人しくしてなさい。殺虫剤撒いてもらうわよ」


「ヒィッ! ありがとうございます!」


なぜか喜ぶ二人。

僕は思った。

ナラティブお姉さんにかかれば、テロリストも、みんなただの「騒がしい虫」なんだって。


夏休み最後の日。

僕たちは、最初に出会った公園のベンチに座っていた。

ツクツクボウシが鳴いている。

風には、もう秋の気配が混じっていた。


「……明日から学校かぁ」


僕が言うと、お姉さんは新しい「おもちゃ」である手榴弾を磨きながら頷いた。


「そうね。宿題は終わったの?」


「ううん。全然」


「ふふ、悪い子ね」


お姉さんは、手榴弾をポケットにしまうと、僕の

方を向いた。


「シュウ。楽しかったわ」


「……僕も」


「あなたはいい『目』を持ってるわ。小さな変化を見逃さない、観察者の目。大人になっても、その目を失わないでね」


お姉さんは、何かを取り出した。

それは、小さなガラス瓶だった。

中には、金色の液体と、小さな歯車が浮いている。


「これ、あげる」


「なにこれ?」


「『ニトロ・グリセリン』。……嘘よ。ただの香水。あたしが調合したの。火薬と、金木犀の香りがするわ」


僕は、その瓶を受け取った。

お姉さんの匂いがした。


「ありがとう、ナラティブさん。……また、会える?」


僕が聞くと、お姉さんは少し困ったように笑った。


「どうかしらね。あたしは気まぐれな猫みたいなものだから。また珍しい『虫』が湧いたら、ふらっと現れるかもね」


お姉さんは立ち上がった。

夕日が、彼女の背中を黄金色に染めていた。


「さよなら、少年。いい夏だったわ」


お姉さんは、振り返らずに歩いていった。

黒いドレスが風になびく。

僕は、その背中が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。

手の中のガラス瓶を握りしめる。

ほんのりと温かい。

これが、僕のひと夏のすべてだった。


あれから、僕はナラティブさんに会っていない。

時々、新聞の片隅に「テロリスト組織、謎の美女により壊滅」なんて記事が載ることもある。

僕は中等部に進学して、少し背が伸びた。

魔導蟲の採集は卒業して、今は魔導工学を勉強している。

いつか、お姉さんが持っていたあの美しいダイナマイトの仕組みを、理解したいと思ったからだ。

机の引き出しの奥には、今もあのガラス瓶が入っている。

時々、蓋を開けてみる。

ツンとした火薬の匂いと、甘い金木犀の香り。

それを嗅ぐと、僕はいつでもあの夏に戻れる。

入道雲。

油蝉の声。

そして、危険で、美しくて、誰よりも自由だった、僕の初恋の人の笑顔に。


「元気かな、ナラティブさん」


僕は瓶に蓋をして、教科書を開いた。

窓の外では、秋の風が吹いていた。

僕の夏休みは終わったけれど、その残り香は、一生僕の心の中で燻り続けているんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ