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ヴェリタスの最終定理 PART3/ヴェリタスの天秤【9位】  作者: 王牌リウ
爆弾採りの夏休み

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第1話:爆弾採りの夏休み(1)

その年の夏は、王都の石畳は目玉焼きを焼けそうなくらい熱かった。

空は青くて、入道雲がモクモクと湧いていて、世界中がミンミンゼミの大合唱に包まれていた。

僕、シュウは12歳。

王都アカデミーの初等部最後の夏休み。

宿題なんて手つかずだったし、親の言うことなんて右から左へと受け流していたけれど、一つだけ真剣なことがあった。

それは「魔導蟲」の採集だ。

魔力を含んだ樹液を吸って育つ昆虫たちは、宝石みたいに輝いていて、不思議な力を持っている。

僕の狙いは、王都中央公園の裏手、通称「古の森」にしかいない幻のクワガタ、『雷電オオクワガタ』だった。


「……いた!」


午後の強い日差しの下、僕は息を殺してクヌギの木を見上げた。

黒曜石みたいなボディに、バチバチと黄色い稲妻を纏った大顎。間違いない!

僕は震える手で虫取り網を構えた。

その時だ。


「……あら、いいのがいるじゃない」


背後から、涼やかな声がした。

風鈴みたいな、でもどこか火薬の匂いがするような声だった。

僕が振り返ると、そこには「黒いお姉さん」が立っていた。

喪服みたいな真っ黒なドレススーツ。長い黒髪。そして、血みたいに赤い瞳。

汗だくのTシャツ短パン姿の僕とは、まるで住む世界が違うみたいに綺麗で、涼しげだった。

彼女の手には、虫取り網の代わりに、無骨な鉄扇が握られていた。


「え、あ、お姉さんもオオクワガタ狙い?」


僕が小声で聞くと、お姉さんは不思議そうに首を傾げた。


「いいえ。あたしが狙ってるのは、あっち」


彼女が指差した先。

クヌギの木の根元、茂みの中に、黒い服を着た男の人がうずくまっていた。

男の人は、なにやら円筒形の赤い物体を、木の根元に埋めようとしていた。


「あ、あれは何ていう虫?」


僕が聞くと、お姉さんはうっとりとした顔で言った。


「あれは『テロリスト』っていう虫よ。そして彼が持っている赤い筒……あれこそが、あたしの狙い。『ダイナマイト』。素晴らしいわ……あの導火線のよじれ具合、火薬の詰め込み方……芸術的なフォルムね」


お姉さんの頬が、ほんのり紅潮している。

僕は困惑した。

よく、分からないけれど……お姉さんの目は、僕がクワガタを見つけた時と同じ、キラキラした「少年」の目をしていた。


「少年、名前は?」


「……シュウ」


「そう。あたしはナラティブ。……ねえシュウ、競争しましょうか。あなたがそのクワガタを捕まえるのが先か、あたしがあのダイナマイトを引っこ抜くのが先か」


ナラティブお姉さんは、悪戯っぽく微笑んだ。

その笑顔に、僕の心臓は雷電オオクワガタに挟まれたみたいに、ビリビリと痺れてしまったんだ。

結局、勝負は引き分けだった。

僕がクワガタを網に入れたのと同時に、ナラティブお姉さんは茂みから飛び出し、男の人を鉄扇で気絶させ、赤いダイナマイトを回収したからだ。

僕たちは、公園のベンチで戦利品を見せ合った。

僕の虫かごの中では、雷電オオクワガタがジジジと放電している。

お姉さんの膝の上には、赤いダイナマイトが鎮座していた。


「見てよナラティブさん、この顎のカーブ!」


僕が熱弁すると、お姉さんも負けじとダイナマイトを撫で回した。


「甘いわねシュウ。見て、この信管の接合部。職人の手巻きよ。それに中身のニトロ……振るとチャプチャプ音がするの。なんて可愛いのかしら!」


お姉さんはダイナマイトを耳に当てて、恍惚としている。

僕は少し、怖くなった。


「それ、爆発しないの?」


「大丈夫よ。信管は抜いたわ。毒針を抜いたスズメバチみたいなものよ。今はただの可愛い筒」


お姉さんはそう言うと、気絶して転がっている男の人を指差した。


「で、あの『ダイナマイトの抜け殻』はどうするの?」


「ああ、あれね。おまわりさんにあげるわ」


「おまわりさん?」


「あたしの『虫かご』を管理してる人よ」


お姉さんは男の人を片手で引きずりながら、僕に言った。


「行くわよシュウ。いいものを捕まえた後は、ラムネでも飲みながら観察日記をつけなきゃね」


こうして僕の夏休みは、虫取り網とダイナマイトが交差する、奇妙な日々へと変わっていった。


数日後。

僕とお姉さんは、王都の大通りにあるカフェのテラス席にいた。

僕はメロンソーダ、お姉さんはアイスコーヒー。

テーブルの上には、僕の新しい獲物『水晶カマキリ』と、お姉さんの新しいコレクション『対戦車地雷』が置かれている。


「平和ねぇ」


お姉さんがストローを回しながら言った。

その時、大通りの向こうから、凄まじい爆音が聞こえてきた。

東からは黒塗りの魔導車。西からは白塗りの魔導車。


「うわ、出た」


僕は顔をしかめた。

彼らは地元の有名な困った大人たちだ。いつもあそこで喧嘩をしている。


「あら、シュウは知ってるの?」


「うん。黒いのがイワオのおじさん。白いのがレツのお兄ちゃん。いっつも『ここはおれたちの場所だ!』って言い合ってるんだ。僕らが公園で遊んでても怒鳴り込んでくるし……」


黒い魔導車から髭面のイワオが降りてきて、白い魔導車からは金髪のレツが降りてくる。

二人は道の真ん中で、顔を真っ赤にして怒鳴り合っていた。


「若造!ワシらの王都を潰す気か!」


「老害!俺たちの権利を潰す気か!」


スピーカーのボリュームが上がり、カフェの窓ガラスがビリビリ震える。

僕のカマキリも、ナラティブお姉さんのダイナマイトも、怯えてカゴの隅に隠れてしまった。


「……あ」


ナラティブお姉さんの目が、スッと細められた。

それは、獲物を狙う猫の目だった。


「私の可愛いダイナマイトを怖がらせるなんて……躾のなっていない子供ね」


お姉さんは席を立った。


「ちょっと待っててシュウ。うるさい『ガキ大将』を黙らせてくるわ」


「えっ、ナラティブさん!?」


お姉さんは、真っ直ぐに喧嘩中の二人の間へ歩いていった。

ドレスの裾を翻し、鉄扇を片手に。

その姿は、ガンマンみたいにかっこよかった。


「そこの二人!」


イワオとレツが振り返る。


「あァ? なんだ姉ちゃん、怪我するぞ!」


「どいてな!今、神聖な縄張り争いの最中だ!」


お姉さんはため息をついた。


「あなたたち、声が大きすぎるわ。近所迷惑よ」


「な、なにィ!?」


二人が色めき立つ。


「ワシらの伝統を愚弄するか!」


「俺たちの革新を素人呼ばわりだと!?」


お姉さんは、ニッコリと笑った。

それは、これから虫をピンセットで掴む時のような、無邪気で残酷な笑顔だった。


「遊び場を独占するのは悪い子のすることよ。お姉さんが、『教育』してあげる」


次の瞬間、お姉さんが消えた。

イワオのおじさんとレツのお兄ちゃんが、同時に空を飛んだ。

お姉さんの鉄扇が、彼らのスピーカーを正確に打ち抜いたのだ。


「……静かになったわね」


お姉さんは、倒れている二人のボスを見下ろして言った。


「次、あたしのティータイムを邪魔したら……あなたたちを『虫かご』に入れて、おまわりさんに飼育してもらうわよ?」


イワオとレツは、お姉さんの圧倒的な強さと美しさに……なぜか頬を染めて震えていた。


「あ、姉御……!」


「なんて凶暴で……美しいんだ……!」


お姉さんは興味なさそうに背を向け、僕のところに戻ってきた。


「おまたせ、シュウ。氷、溶けちゃった?」


僕は呆然としていた。

悪者を、まるで公園で騒ぐ子供みたいに叱り飛ばすなんて。

ナラティブお姉さん。

やっぱり、この人はすごい。

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