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アリシア・ヴェリタス【哲学リョナ小説第3弾】  作者: ギデオン・ヴァンツ@週刊コロッセオ記者
・●第10章:ヴェリタスの天秤4 希望を知る者

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第3話:最期の対峙!

「退きなさい、リウ!!」


アリシアが叫ぶ。銃口がリウに向けられる。

だが、リウは動かなかった。


「退きません。……今の貴女を行かせるわけにはいきません」


「あいつは!あの女はわたくしの全てを焼いたのですよ!わたくしの友を、記憶を、二度も殺したのです!」


アリシアが泣き叫ぶ。

その涙は、怒りと絶望で濁っていた。


「殺してやる……!殺さなきゃ、わたくしの心が死んでしまう!」


「ええ。……だからこそ、私が、止めるのです」


リウは、静かに歩み寄った。

銃口が胸元に突きつけられても、彼女は微笑んでいた。


「アリシア。……もし貴女が、怒りに任せて実の母親を殺せば……貴女は一生、その『痛み』を背負うことになる。エラーラさんの呪いに、永遠に囚われることになる」


「構いません!悪魔は地獄へ送って……!」


「いけません!」


リウは、アリシアの手首を掴み、銃口を逸らした。

そして、強引に、しかし優しく、アリシアの身体を引き寄せた。


「……貴女の手は、世界を救うためにあるのです……」


リウの顔が近づく。

アリシアが抵抗しようとする間もなく。

リウの唇が、アリシアの唇を塞いだ。

それは、深く、哀しい口づけだった。


「……んっ……!?」


アリシアの身体から力が抜ける。

殺気が霧散し、代わりに、どうしようもない不安が胸に広がる。

唇が離れる。

リウは、今までで一番美しく、そして儚く微笑んでいた。


「……リウ? な……何を……?」


アリシアが後ずさる。

リウの手にある軍用端末。

その画面には、『座標固定:聖アフェランドラ学園・中庭』の文字が点滅していた。

それは、使い捨ての、軍事用緊急転送装置。


「……まさか」


アリシアの顔色が蒼白になる。


「リウ……待って……。何をする気ですの……?」


「私の愛する、気高き女王陛下」


リウは、一歩下がった。

そして、騎士のように恭しく敬礼をした。


「貴女の描く未来図に、血の赤は……似合いません」


「やめて……!嫌……!」


アリシアが手を伸ばす。

リウが何をしようとしているか、悟ってしまった。

彼女は、アリシアの代わりに、あの地獄へ行く気だ。

魔力も武力もない、ただの画家が。

最強の魔導師と、最強の戦士が待つ、死地へ。


「エラーラさんも、ナラティブも……私の大切な友人です。……だから、私が引導を渡してきます」


「嘘よ!死ぬ気でしょう!?貴女が行っても、殺されるだけですわ!」


「ええ。……命に変えても、『止めて』みせます」


リウの尻尾が、ふわりと揺れた。


「行かないで!!」


アリシアが叫ぶ。

聖女の仮面などかなぐり捨てて、ただの少女のように泣き叫ぶ。


「愛しています、アリシア!」


リウは、スイッチに指をかけた。


「貴女に出会えて……私の世界は、黄金色でした」


閃光。

空間が歪む。

アリシアの手が空を切り、リウの姿は、光の粒子となって消失した。

残されたのは、静まり返った長官室と、床に落ちたアリシアの涙だけ。


・・・・・・・・・・


炎上する聖アフェランドラ学園。

崩れ落ちる時計塔の下、エラーラとナラが立っていた。

彼女たちは待っていた。

怒りに狂ったアリシアが、軍勢を引き連れて現れるのを。

そして、この悲劇の幕を引くのを。

だが。

転送の光と共に現れたのは、アリシアではなかった。

一本のサーベルを持った、金髪の半獣人。


「……リウ?」


ナラが目を見開く。


「な……なんで?……なんでだよッ!……なんであんたが来るのよッッッ!」


炎と煙の中で、リウ・ヴァンクロフトは煤けた顔を上げ、二人の怪物に向かって不敵に笑った。


「ごきげんよう、悪役のお二人さん。……主役の登場を期待していたでしょうが、しかし……生憎……代役ですわ!」


リウは、サーベルを構えた。

相手は100万のキメラと、世界最強の母娘。

勝算など、万に一つもない。

燃えさかる校舎の中庭。


「……退きなさい。三流。」


炎の向こう側。

エラーラは、白衣姿で立っていた。

武器は持っていない。

両手をだらりと下げ、完全に無防備な姿勢。

だが、そこから放たれるプレッシャーは、背後に控える100万のキメラよりも重く、熱かった。


「退きませんわ。……ここを通れば、貴女はアリシアを殺すでしょう?」


「殺しはしない。教育するだけだ。」


「それが!……一番タチが悪いのですッッッ!」


リウが吠えた。獣人の脚力が地面を砕く。

鋭い踏み込みからの斬撃。

画家とは思えない速度。愛する者を守るという執念が、彼女の身体能力を限界を超えて引き上げていた。

だが。

エラーラは動かなかった。

剣先が喉元に迫った瞬間、彼女はほんの数センチ、首を傾けただけだった。

刃が空を切る。


「……」


「ッ!?」


リウが返す刀で横薙ぎにする。

エラーラは一歩踏み込み、リウの懐に潜り込んだ。

魔法ではない。障壁もない。

純粋な体術。


「ガハッ……!?」


エラーラの掌底が、リウの腹部に突き刺さる。

内臓が潰れるような衝撃。リウの身体がくの字に折れ、後方へと吹き飛ばされた。


「リウ!」


離れた場所で見ていたナラが叫ぶ。


「やめてお母様!まさか……殺す気!?」


ナラは介入しようとしたが、エラーラの鋭い視線に釘付けにされた。

リウは瓦礫の中に転がり、咳き込みながら立ち上がった。口端から血が流れている。


「……魔法を、使わないのですか」


「三流には、必要ない。」


エラーラは、軍服の埃を払いながら冷ややかに言った。


「そもそも。君は、何か……勘違いしているようだね。私が『魔法しか使えない科学者』だと」


エラーラが構えを取る。

それは魔導師の構えではない。

古流剣術、あるいは騎士の徒手空拳の型。


「私はかつて、王宮騎士団の筆頭教官を務めていたこともある。……魔法など、私の引き出しの一つに過ぎない。殺しも、専門分野の一つだ。」


絶望的な事実。

この怪物は、魔法を封じてもなお、近接戦闘において達人級だったのだ。


「……上等ですわ」


リウは血を拭い、再び剣を構えた。


「私は画家です!……キャンバスがどんなに強固でも、色を重ね……」


「……三流の話など、いま、聞く必要はない。」


「……それでも、私は!」


リウが再び突っ込む。

嵐のような連撃。

突き、払い、斬り上げ。獣人の本能と反射神経で、死に物狂いの猛攻を仕掛ける。

だが、当たらない。

エラーラは、まるで舞踏でも踊るかのように、最小限の動きですべてを回避していた。


「無駄だよ。君の剣には『殺意』はあるが、『理』がない。もう、帰りたまえ。」


エラーラが、リウの蹴りを片手で受け止める。

そのまま手首を返し、リウの軸足を払う。

リウが背中から地面に叩きつけられる。

追撃の踏みつけ。

リウは転がって避けるが、脇腹を強烈に蹴り上げられた。

肋骨が折れる嫌な音が響く。


「ぐぅッ……!」


リウは悲鳴を噛み殺し、立ち上がる。

ドレスは破れ、金色の髪は灰と血で汚れ、美しい肢体はボロボロだった。

それでも、彼女の目は死んでいなかった。


「……なぜだ?」


エラーラが問う。


「なぜそこまでする?君はナラティブの親友だろう?彼女を裏切り、私に挑み、命を散らす。……アリシアは、君にそこまでさせる価値があるのか?」


「……ありますわ!」


リウは、ボロボロになったサーベルを杖代わりに、ふらふらと立ち上がった。


「貴女たちには分からないでしょうね。……論理で生きる貴女にも、力で生きるナラティブにも!」


リウは笑った。血に染まった歯を見せて、誇らしげに。


「アリシアは……私の『光』なのです。灰色だった私の世界に、黄金の色をくれた。……彼女の作る未来が見たい。彼女が笑う世界を……」


「だから。三流の話は、聞く必要がない。早く帰りなさい。」


エラーラは話を遮り、哀れむように目を細めた。

そして、無造作に歩み寄る。


「話をッ!聞けッッッ!」


リウが最後の力を振り絞り、サーベルを振り下ろす。

エラーラは避けなかった。

彼女は、振り下ろされる鋼鉄の刃を――素手で掴み取った。

金属音が響く。

エラーラの手袋が裂け、掌から血が流れる。だが、刃は完全に止まっていた。

人間業ではない握力。


「……何度も、言わせないでくれたまえ!」


エラーラが手首を捻ると、軍用サーベルの刀身が、飴細工のように粉々に砕け散った。


「あ……?」


リウの手には、折れた柄だけが残された。

武器を失った。

身体は限界だ。

勝てる要素など、最初から一つもなかった。


「……チェックメイトだよ。三流。さあ、帰りなさい。」


エラーラが、リウの胸倉を掴み、軽々と持ち上げる。

そのまま、燃え盛る校舎の壁へと投げ飛ばした。

壁が崩れ、リウが瓦礫の中に埋もれる。


「リウーーッ!」


ナラが叫び、駆け寄ろうとするが、エラーラが手を挙げて制した。

瓦礫の山が動いた。

リウが、這い出してきた。

全身血まみれ。左腕はへし折れている。

だが、その右手には、折れた剣の破片が握りしめられていた。


「まだ……です……!」


リウは、ふらつく足で、一歩、また一歩とエラーラに近づく。


「まだ……アリシアが……来ていません……!」


彼女の時間稼ぎ。

アリシアが、覚悟を決めてここへ来るまでの時間を稼ぐ。

そのためだけに、彼女は肉の壁となって立っていた。


「……ふむ?……まあ、それは良いから、早く帰りなさい。」


「嫌だあああっ……!」


エラーラは、ボロボロのリウを見つめ、静かに言った。


「まあいい。……一つだけ、教えてあげよう」


エラーラは、とどめを刺す前に、残酷なまでの「真実」を口にした。

それは、芸術家であるリウの魂を、肉体よりも深く切り裂く一言だった。


「君は、アリシアの世界を『黄金』だと言ったね。……痛みも、悲しみもない、完璧な世界だと。」


「……それが、私の理想……」


「だから君の絵は、いつまで経っても、つまらないんだよ!」


「……ッ!?」


リウの動きが止まる。

画家としての矜持。命よりも大切なアイデンティティ。

エラーラは、冷徹に告げた。


「痛みを排除した世界。影のない光。……それはね、絵画ではない。ただの『塗り絵』だろう!」


「……あ……」


「君はアリシアを、その退屈な塗り絵の中に閉じ込めようとしている。……成長も、変化もない。君が守ろうとしているのは『愛』ではない。……ただの『停滞』だ!」


リウの脳内で何かが崩れ落ちる音がした。

自分の愛は、アリシアを殺しているのではないか?

痛みを避けることは、生を否定することではないか?

その芸術家としての根源的な迷い。

魂の動揺。

それが、致命的な一瞬の隙を生んだ。

その時。

空間が歪み、光の粒子が弾けた。

戦場に、新たな影が現れる。

純白のドレス。金のケープ。

転送魔法で駆けつけた、アリシア・ヴェリタスだった。


「リウッ!」


アリシアが叫ぶ。

彼女の目に映ったのは、絶望的な表情で立ち尽くすリウと、その眼前に右手を構えるエラーラの姿だった。

リウが、愛しい人の姿を見て、我に返る。

だが、遅すぎた。

エラーラの指先から放たれた、圧縮魔力弾。

至近距離からの直撃。

芸術家としての魂を砕かれ、動揺したリウに、それを避ける術はなかった。


「がはっ……!」


リウの身体が、紙くずのように吹き飛んだ。

血しぶきが舞い、炎に照らされて赤く輝く。

リウは、燃え盛る校舎の崩落した床下――奈落のような地下空洞へと、吸い込まれていった。

アリシアの絶叫が木霊する。

リウの姿は、炎と闇の中に消えた。

生死など、確認するまでもない。あの一撃を食らって、あの高さから落ちて、助かるはずがない。


「あ……あぁ……」


ナラが、その場に崩れ落ちた。

親友が死んだ。

実の母親の手によって。

止められなかった。助けられなかった。

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