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アリシア・ヴェリタス【哲学リョナ小説第3弾】  作者: ギデオン・ヴァンツ@週刊コロッセオ記者
・●第10章:ヴェリタスの天秤4 希望を知る者

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第2話:最期の葛藤!

「うわああああああああッ!!」


夜空に、ナラの咆哮が響く。

彼女は、戦場の真っ只中へ……エラーラの元へと走ったのではない。

彼女が向かったのは、王都の片隅。

かつて全員で暮らしていた、あの「ヴェリタス探偵事務所」……元・獣病院だった。

ガランとした探偵事務所。

埃の被った机。

誰もいないリビング。

ナラは、ドアを蹴破って中に飛び込み、そして崩れ落ちた。


「ハァ……ハァ……ッ!」


ここには、もう誰もいない。

エラーラの実験道具も、アリシアのティーセットも、リウの絵の具も。

ただ、冷たい空気だけが漂っている。

ナラは、震える手で、デスクの上に伏せられていた写真立てを起こした。

そこには、笑顔の4人がいた。

白衣を着て不機嫌そうだが満更でもないエラーラ。

純白のドレスで優雅に微笑むアリシア。

スケッチブックを抱えて楽しそうなリウ。

そして、その真ん中でピースサインをする、泥だらけのナラティブ。

あの日の記憶が、蘇る。

血の繋がらない家族。

でこぼこで、歪で、でも世界で一番温かかった場所。


「う……うあぁぁぁ……ッ!」


ナラは、写真を胸に抱いて慟哭した。

どうしてこうなった。

どうして、愛し合っていたはずなのに、殺し合わなきゃいけないんだ。

姉さんの正義も分かる。お母様の意地も分かる。

でも、その先に「家族の死」があるなら、そんな正義なんてクソ食らえだ。


「……止める!」


ナラは、涙を拭った。

その目に、鬼神の光が宿る。


「あたしが止める。……魔法も、権力もない。あたしにあるのは、この拳だけだ」


ナラは立ち上がった。

彼女は、エラーラを止めるための「ある装備」を探しに、埃まみれの武器庫へと向かった。

殺さずに止める。

誰も死なせない。

それが、ナラティブ・ヴェリタスの選んだ「第三の道」だった。


一方その頃。

国防教育省、長官室。

ナラが出て行った後、室内には重苦しい沈黙が漂うかと思われた。

だが、違った。

アリシアは、すでに戦況モニターから目を離し、手元の魔導端末で別の資料を見ていた。

そこに表示されていたのは、戦後の「復興計画書」と「新都市開発案」だった。


「……リウ。ここの区画ですが、戦後は公園にしましょうか」


アリシアは、まるで明日のランチの相談でもするように、淡々と言った。


「え……? アリシア? 戦況は……エラーラさんは……」


リウが戸惑う。

アリシアは、優雅にカップを口に運んだ。


「見ての通りですわ。王都軍の勝利は揺るぎません。エラーラの軍勢は、あと2時間で壊滅します」


「ですが、エラーラさんご本人が出てきたら……あの方の魔法は、軍隊では止められませんわ」


「ええ。ですが、問題ありません」


アリシアは、リウの方を向き、にっこりと微笑んだ。

その笑顔には、一点の曇りも、不安もなかった。


「わたくしは、エラーラをどう倒すかになど、興味がありませんの」


「……はい?」


「だって、必ず倒せますもの」


アリシアは断言した。

それは、過信ではない。

未来が見えているかのような、絶対的な確信だった。


「エラーラは、過去に囚われています。自分の論理、自分のプライド、失った時空魔法……。過去を見ている者に、『未来』が負ける道理がありません」


アリシアは、窓の外、炎上する戦場を見下ろした。


「それに……あの『計算外の変数』が、必ず動きます」


アリシアは知っていた。

ナラティブが飛び出した理由を。

そして、彼女が何をするつもりかを。


「わたくしの手は汚れません。……いいえ、汚す必要すらありませんの。すべては、わたくしの描いた『愛のシナリオ』通りに進みますわ」


アリシア・ヴェリタス。

彼女はもう、戦場にはいない。

彼女の視線は、エラーラの死体を超えて、その先に広がる「完全なる平和な世界」だけを見ていた。

その冷徹なまでの先見性と、揺るぎない自信。

リウは、震えるほどの畏怖と、そして逃れられない魅力を感じていた。


「……分かりました、マイ・レディ。では、公園のデザイン案を考えておきますわ」


「ええ。……噴水には、四人の女神像を立てましょうね」


アリシアは、写真の中の4人を思い浮かべる素振りも見せず、未来のモニュメントの話を楽しげに続けた。

外では、100万の命が散っていく。

その悲鳴をBGMに、女王は優雅にお茶会を続けていた。


王都の下層、旧スラム街「希望区」。

アリシアの施策により、最も劇的に生まれ変わり、最も多くの笑顔が咲いていたはずのその場所は、今、血と瓦礫の泥濘に沈んでいた。


「……酷い……。あんまりよ……」


ナラは、崩れ落ちた孤児院の残骸の前で立ち尽くしていた。

彼女の足元には、子供たちが大切にしていた絵本や、アリシアが配った「勉強セット」が泥にまみれ、キメラの爪痕によって引き裂かれている。

ここには、ナラが個人的に護身術を教えていた子供たちもいたはずだ。

ここにあるのは、異形の怪物たちが肉を食む咀嚼音と、鼻を突く死臭だけ。


「これが……お母様の言う『進化』なの? これが『痛みからの学び』なの?」


ナラの拳が震える。

彼女は、未来の荒廃した世界を知っている。だからこそ、この惨状が「自然淘汰」などという綺麗な言葉で飾れるものではないことを、肌で知っていた。

これはただの、理不尽な蹂躙だ。


「――そうだよ、ナラティブ。これは淘汰だ」


灰色の空から、冷徹な声が降ってきた。

ナラが弾かれたように見上げると、瓦礫の山の上に、白衣を纏ったエラーラが立っていた。

その背後には、護衛のように控える数体の巨大キメラ。

だが、エラーラの瞳は、かつてないほど深く、暗く沈んでいた。


「お母様……ッ!」


ナラは跳躍し、エラーラと同じ瓦礫の上に立った。

彼女は武器を持っていない。だが、その拳には岩をも砕く怒りが込められていた。


「今すぐやめて! キメラを止めて! ……これ以上やったら、あたしは本当にお母様を……!」


「……殺すのかい?」


エラーラは、寂しげに笑った。


「出来るはずがない。君は優しい子だ。……そして何より、君は『こちらの側の人間』だ」


「……え?」


エラーラが一歩近づく。


「アリシアの世界は美しい。無菌で、清潔で、誰も傷つかない。……だが、ナラ君。君はその世界で、息苦しさを感じていなかったかい?」


ナラの動きが止まる。

図星だった。

平和な王都で、彼女は「英雄」として持て囃された。だが、戦うことしか知らない彼女は、心のどこかで自分の存在意義を見失っていた。

姉の作る「愛の世界」には、暴力装置である自分は、もう、不要なのではないか。

そんな不安を、エラーラは見透かしていた。


「君は戦士だよ。血と硝煙の中でしか生きられない。……アリシアの隣に、君の居場所はもうないんだよ」


エラーラが手を差し伸べる。

それは母親としての、残酷な抱擁への誘いだった。


「来なさい、ナラティブ。……私と共に、世界を『敵』に回そう。私たちが悪になればなるほど、アリシアの正義は輝く。……それが、私たちが彼女にしてやれる、最後の教育だ」


ナラは、エラーラの手を見た。

その手は震えていた。

100万の命を奪い、世界中から憎まれ、それでも「痛み」という真実を突きつけようとする、孤独な科学者の手。


(……ああ、そうか)


ナラティブの中で、何かが折れ、そして繋がった。

姉さんは強い。リウもついている。姉さんはもう、一人で歩ける。

でも、この人は?

この狂った母親は、たった一人で地獄へ落ちようとしている。


「この……クソババア!」


ナラは、涙を流しながら、エラーラの手を握り返した。


「あんた一人じゃ、地獄の釜の蓋も開けられないでしょ。……いいわよ。あたしが付き合ってやる」


ナラティブ・ヴェリタスは、堕ちた。

いいや、彼女は「戻った」のだ。

理屈ではなく、暴力で語る世界へ。

愛する姉の敵となり、愛する母の盾となる、修羅の道へ。


王都に、絶望のニュースが駆け巡った。


『速報!ナラティブ・ヴェリタス、エラーラ軍に合流!』


それは、単なる戦力増強ではなかった。

エラーラ・ヴェリタスという「最強の頭脳」に、ナラティブ・ヴェリタスという「最強の暴力」、さらにナラティブが裏社会で培ってきた「悪のコネクション」が加わったのだ。

空からは魔法爆撃。

地上からはキメラの軍勢。

そして裏からは、マフィアや傭兵団による攪乱工作。

逃げ場のない、完全なる悪の包囲網。

だが。

王都の民は、絶望しなかった。


「慌てるな!備蓄はある!」


「ナラティブ様が敵になった?関係ねえや!俺たちがアリシア様を守るんだ!」


「痛みに負けるかよ!生き残って、あの母娘に文句を言ってやる!」


アリシアが蒔いた「種」は、すでに強靭な「根」を張っていたのだ。

エラーラたちの圧倒的な「力」を前にしても、人々の心は折れなかった。

恐怖よりも、連帯が勝った。

暴力よりも、尊厳が勝った。


「……計算外だね」


上空の旗艦、魔導戦艦「プロメテウス」のブリッジで、エラーラはモニターを見下ろして呟いた。

彼女の想定では、民衆はパニックになり、崩壊するはずだった。


「すごいわね、姉さん。……あたしたちが束になっても、人の心までは折れないなんて」


隣に立つナラも、複雑な表情で地上を見つめる。


「ならば……へし折るまでだよ?」


エラーラは、冷酷な決断を下した。

彼女は、モニター上の座標を指し示した。

そこは、王都の郊外。

アリシア・ヴェリタスが卒業し、彼女の原点であり、亡き友人たちとの思い出が眠る場所。

『聖アフェランドラ学園』。


「目標、聖アフェランドラ学園。……全魔導砲門、開放」


「お母様!? そこは……!」


ナラが驚愕する。そこは民間施設だ。しかも、アリシアにとっての聖域だ。


「知性が、知性を焼く。……これ以上の『痛み』はないだろう?」


エラーラは、無表情でトリガーを引いた。

空が裂けた。

降り注ぐ焼夷魔導弾の雨。

学園の美しい時計塔が、図書館が、講堂が、紅蓮の炎に包まれる。

数千冊の蔵書が燃える。

歴史ある絵画が炭化する。

かつてアリシアが友人たちと語り合った教室が、灰へと変わっていく。

それは単なる建物の破壊ではない。

アリシア・ヴェリタスという人間の「心」の破壊だった。


「…………ッ!」


国防教育省、長官室。

アリシアは、モニターに映る炎上する母校を見て、言葉を失っていた。


「……あ……ああ……」


彼女の喉から、かすれた音が漏れる。

燃えている。

セラフィナが弾いた聖琴が。

ロザリンドが座っていた席が。

ライラの絵が飾られた廊下が。

カエリアと歩いた中庭が。

記憶を取り戻し、ようやく「肯定」できた大切な過去が、実の母親の手によって、無慈悲に焼かれている。


『――聞こえているかい、アリシア』


燃え盛る学園の映像に被さるように、エラーラの通信が入る。

背景には、炎に包まれる校舎があった。エラーラは、戦艦から降り立ち、わざわざその業火の中心に立っていたのだ。


『私はここで待つ。……この、君の甘っちょろい思い出が灰になる場所で』


エラーラは、広がる火の粉を手で払いながら、挑発した。


『この痛みに耐えられるか? それとも、愛でこの炎を消してみせるか? ……来たまえ、娘よ。その痛みを、終わらせてみろ』


通信が切れた。

長官室の温度が、急激に下がった。

アリシアが立ち上がった。


「……許さない」


アリシアの手が、デスクの引き出しを開ける。

そこに入っていたのは、護身用の小型魔導銃。

彼女はそれを鷲掴みにし、安全装置を外した。


「許さない……許しませんわ……!エラーラ・ヴェリタス!」


アリシアの形相は、もはや聖女のものではなかった。

復讐の鬼。

大切なものを踏みにじられた、一人の女の激怒。


「わたくしが……この手で!殺してやります!」


アリシアはドアに向かって走った。

護衛も、軍隊もいらない。

ただ行って、あの女の頭を撃ち抜かなければ気が済まない。

理性が消し飛び、感情だけが彼女を突き動かしていた。

だが。


「……なりません」


ドアの前。

一人の人影が、立ちはだかった。

リウ・ヴァンクロフト。

金色の髪と、大きな尻尾を持つ画家。

彼女は、いつものスケッチブックを持っていなかった。

代わりに、その手には一枚の、小さな軍用端末が握られていた。

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