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アリシア・ヴェリタス【下書き第3弾】  作者: ギデオン・ヴァンツ@週刊コロッセオ記者
・爆弾と疑心と過信

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第2話:爆弾と疑心と過信(2)

廊下の向こうから、一人の男が全力疾走してきた。

緑色のジャージ。首から下げた安っぽいホイッスル。そして、暑苦しいほどの笑顔。

このクラスの担任教師、ポポル先生だ。


「テオくぅぅぅーん!先生が来たぞぉぉぉ!」


その声量は、物理的な衝撃波に近い。

私は反射的に鉄扇を構え、彼の前に立ちふさがった。


「止まりなさい!一般人は下がってて!」


私は彼を制止した。


「これはプロの領域よ!あなたみたいな『お花畑』が来ると、事態が悪化するの! 彼は今、社会への憎悪と古代魔術の奔流で爆発寸前なのよ!」


「社会への憎悪?古代魔術?」


ポポル先生は、きょとんとした顔で私を見た。

そして、私の言葉など右から左へ受け流し、あろうことか、あの恐ろしい「空間断裂の結界」に向かって、無防備に突っ込んでいったのだ。


「先生はねぇ!テオ君が心配で、職員会議を抜け出して来たんだぞぉッ!」


「馬鹿!死ぬわよ!」


「よせ!結界に触れればミンチになるぞ!」


私とエラーラが同時に叫ぶ。

世界最強の魔導師でさえ解析不能だった、カオス理論の結界。生身で触れれば、次元の彼方へ飛ばされる――。

乾いた音が響いた。

ポポル先生は、普通に教室のドアを開け、中に入っていった。


「……は?」


私とエラーラは、目を点にして固まった。

結界は?

ポポル先生は何事もなかったかのように、バリケードとして積まれていた机を「よっこらせ」とどかし、テオの元へ歩み寄っていく。

ポポル先生は、爆弾の前に立ち、テオの目線に合わせてしゃがみ込んだ。

テオはビクビクと震えながら、先生を見上げている。

ここで先生は何を言うのか。

「命を粗末にするな」か? 「早まるな」か?

そんなありきたりな言葉で、彼の深い闇が晴れるわけが――


「テオ君!……喧嘩したんだろ?」


先生の口から飛び出したのは、あまりにも予想外で、陳腐な言葉だった。


「え……?」


テオの目が丸くなる。


「ケンタ君の大事なオモチャ、壊しちゃったんだろ? 借りたまま返せなくて、怖くて、学校に来るのが嫌になっちゃったんだろ?」


私とエラーラは顔を見合わせた。

は?

何を言っているの、このジャージ男は。

そんな単純な話なわけがない。

親の過干渉は? 反体制組織の洗脳は?


「……う、うわぁぁぁぁぁん!!」


テオが、堰を切ったように泣き出した。

それは、テロリストの絶望の叫びではなく、ただの子供の泣き声だった。


「わざとじゃなかったんだぁ!手が滑って……!」


「そうかそうか!悲しかったよなあ!」


ポポル先生は、爆弾ごとテオを力強く抱きしめた。


「大丈夫だ!先生と一緒に謝りに行こう!ケンタ君もきっと許してくれる! 怒られるかもしれないけど、嘘をつき続けるよりずっといい!」


先生は、親指を立てて叫んだ。


「いいかテオ君!『ごめんなさい』は勇気の魔法だ!」


「う、うん……謝るぅ……! ごめんなさいぃぃ!」


テオが頷いた瞬間。

赤黒く明滅していた「対消滅爆弾」の光が、フッと消えた。

そして、教室を覆っていた「結界」の禍々しい気配が、霧散した。


数分後。

現場検証と事情聴取が行われた。

その結果、私たち「ヴェリタス探偵事務所」の完璧な推理と分析は……粉々に粉砕された。


爆弾の正体は、テオが理科の実験キットで作った「サプライズ用の手作り花火装置」。

赤黒い光は、電球に絵の具を厚塗りしすぎて色が濁っただけ。

不吉な重低音は、電池ボックスの接触不良によるノイズ音。

結界の正体は、ドアの前に積み上げられた「掃除用具と机のバリケード」。

エラーラが感知した「空間断裂」と「カオス理論の魔力」は、バリケードの隙間から発生していた静電気と、テオがポケットに大量に隠し持っていた「お菓子のオマケの磁石」が干渉して発生した、ただの電波障害だった。

動機は、友達のオモチャを壊してしまい、親にバレるのが怖くて、自分の殻に閉じこもっていただけ。


反体制組織も、家庭の闇も、どこにも存在しなかった。

テオはケンタ君に謝り、二人は泣きながら仲直りした。

ポポル先生は、「いやぁ、子供は素直が一番ですね! これぞ友情パワーです!」と真っ白い歯を見せて爽やかに笑い、去っていった。

残されたのは、規制線の外で呆然と立ち尽くす、私とエラーラだけ。


夕暮れの帰り道。

カラスが鳴いて飛んでいく。

私たちは並んで歩いていたが、その足取りの重さは対照的だった。


「……私は」


エラーラが、幽霊のような声で呻いた。

彼女はうなだれ、地面の石畳を見つめながら歩いている。


「私は、彼が天才的なテロリストだと仮定して、王都の全魔力供給ラインを遮断し、次元隔離結界を展開する準備までしていたのだが……」


彼女の手には、未使用のまま終わった大量の触媒と、複雑怪奇な数式が書かれたメモが握りしめられている。


「科学者として、いや、知性ある大人として、これほどの失態はない。……『あらゆる事態を想定する』と言いながら、実際は『自分の知識で解釈できる最悪の事態』しか想定していなかった……」


エラーラは本気で落ち込んでいた。

彼女のアイデンティティである「論理」と「知性」が、「子供の喧嘩」と「ジャージ教師の精神論」に完全敗北したのだから無理もない。

彼女は今、自分のキャリアと人生を全否定する勢いで猛省モードに入っている。

一方の、私は。


「まあ、いいじゃない」


私の推理も大外れだったわけだが、そんなことはどうでもよかった。


「結果オーライ。誰も死ななかった。学校も吹き飛ばなかった。子供は仲直りした。……これは、『解決』よ」


「……君は恥ずかしくないのか、ナラ。あんな陳腐な正論を振りかざす教師に、主導権を奪われたのだぞ」


「別に?悔しいけど、あの場ではあいつが『正解』だったってだけでしょ」


私はケロリと言い放った。


「私たちは毒されすぎてたのよ。『裏がある』『陰謀がある』って決めつけて、目の前の『単純な事実』を見てなかった。……でも、それは私たちがプロとして『最悪に備えていた』ってことの裏返しでもあるわ」 


私は伸びをした。


「今回は、たまたま相手が子供だった。相手が本物のテロリストだったら、私たちの勝ちだった。それだけの話よ」


「……君のその……なんだ……根拠のない前向きな無関心さは、ある種の才能だな」


エラーラが呆れたように、しかし少しだけ救われたように溜息をついた。


「勉強には……なったわ」


私は、エラーラの背中をバンと叩いた。


「世界は、私たちが思っているほど陰湿な場所ばかりではないってことよ。たまには、陳腐な正論が魔法みたいに効いちゃうくらい、単純で優しい場所であってもいいじゃない」


「……ふん。非論理的だが、まあ……否定はできないな」


エラーラは、少しだけ背筋を伸ばした。


「帰るわよお母様。今日の夕飯は、子供向けの甘口カレーにするわ」


「……なぜだね?」


「今の私たちには、そのくらいのレベルがお似合いだからよ!文句ある?」


「……ないね。甘んじて受け入れよう!」


私たちは笑い合い、夕焼けの中を歩き出した。

深読みしすぎた探偵と魔女。

単純であることは、時に最強である。

そんな当たり前の真理を噛み締めながら、ナラティブ・ヴェリタスは今日も、探偵事務所へと帰っていくのだった。

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