表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェリタスの定理3:アリシア・ヴェリタス  作者: 王牌リウ
・爆弾と疑心と過信

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/51

第1話:爆弾と疑心と過信(1)

王都の北区画、閑静な文教地区に位置する『王立第二小学校』。

白亜の校舎。手入れの行き届いた芝生。そして、制服に身を包んだ無垢な児童たち。

平和と規律の象徴であるはずのその場所が、今は「最前線」と化していた。


「――状況は?」


私、ナラティブ・ヴェリタスは、黄色い規制テープをくぐり抜けながら、出迎えた校長に問うた。

校長は、震える指で校舎の3階を指差した。


「3年B組の教室です。……生徒の一人が、教室を『制圧』しました」


「せいあつ?」


「はい。強力な結界を展開し、誰も寄せ付けないのです。そして……『世界を壊す爆弾』を持っていると」


私は眉をひそめ、隣を歩く相棒――白衣の魔女、エラーラを見た。

彼女は冷徹に言い放つ。


「10歳の子供が結界だと?馬鹿げているぞ。市販の魔導具の誤作動か何かだろう」


「それが……我々教師陣の解呪魔法が、一切通用しないのです」


校長の言葉に、エラーラの目の色が変わった。

プロの解呪を弾く10歳児。

それはもはや、ただの悪戯ではない。

私たちは階段を駆け上がった。

廊下には、避難した児童たちの泣き声と、重装備をした王都警備兵の怒号が響き渡っている。

だが、3年B組の前だけは、奇妙な静寂に包まれていた。

そこには、異様な光景があった。

教室の扉と窓が、紫色の揺らめく「膜」のようなもので完全に覆われている。

机と椅子がバリケードのように積み上げられた中心に、一人の少年が座り込んでいた。

名はテオ。

虚ろな目で宙を見つめる彼の手元には、「黒い球体」が鎮座している。


「……本気か!?」


エラーラが息を呑んだ。彼女が懐から取り出した魔力測定器の針が、レッドゾーンを振り切って暴れている。


「なんてことだ。……ナラ、これは『遊び』ではないぞ!」


私たちは即座に現場指揮所を設置し、分析を開始した。

相手は子供だと思って舐めていた。だが、目の前にあるのは、熟練のテロリストが仕掛けたような「要塞」だ。


「エラーラ、解析結果は?」


私が尋ねると、エラーラは端末を高速で操作しながら、戦慄の表情で答えた。


「信じられん。……あの結界、位相がズレている」


「位相?」


「ああ。通常の防壁魔法ではない。空間そのものを断裂させ、こちらの干渉を『認識の外側』へと滑らせている。……これは、古代語魔法の応用だ」


エラーラは、結界の表面に走る微細なノイズを指差した。


「見てみろこの複雑怪奇な魔力パターンを。カオス理論に基づいたランダムな波長だ」


エラーラは、教卓の上の赤黒い球体を拡大表示した。


「内部から漏れ出るエーテルの波動が、臨界点に近い。……あれはただの爆薬じゃない。起爆すれば、この学校はおろか、半径5キロメートルが地図から消える」


私は、背筋が凍るのを感じた。

10歳の少年が、なぜそんなものを?

私の探偵としての脳細胞が、最悪のシナリオを構築し始める。


「……単独犯じゃないわね?」


私は低い声で言った。


「背後に『組織』がいるわ」


「組織?」


「ええ。家庭環境を調べさせて。……親は? エリート官僚? 企業の重役?」


「父親は魔導省の局長だ」


私は確信した。


「なるほど!つまり、彼は『道具』にされたのよ。親への反発心、学校への疎外感……そういう子供の心の隙間に、反体制組織が付け込んだ。彼を洗脳し、高度な技術と兵器を与え、この国を破壊させるための『自爆テロ要員』に仕立て上げたのよ」


辻褄が、合う。

天才的な結界術。未知の爆弾。そして、虚ろな目をした少年。

これは、現代社会の闇が凝縮された、極めて政治的で凶悪な事件だ。


「……救うわよ、エラーラ。彼もまた、大人の論理に潰された被害者だわ」


「ああ。……だが、時間は少ない。あの爆弾の明滅周期が早まっている。タイムリミットは、あと30分といったところか」


私たちは頷き合い、それぞれの武器を構えた。

私は「交渉」を。

エラーラは「解除」を。

私は鉄扇を腰に差し、結界のギリギリまで近づいた。

拡声器は使わない。そんな無機質なものでは、閉ざされた心は開かない。


「テオ君。……聞こえる?」


私の声に、教室の中のテオがビクリと肩を震わせた。

こちらを見た。その瞳は、怯えと、深い絶望に彩られている。


「怖がらなくていいわ。私は敵じゃない。……君をそこまで追い詰めた『世界』が憎いのよね?」


テオが目を見開く。

図星だ。


「わかるわ。親の過剰な期待、教師の欺瞞、息苦しい教室のルール……。君は自由になりたかった。だから、全てを壊そうと思ったのよね?」


私は、自分の過去の痛みと重ね合わせながら、優しく、しかし力強く語りかけた。

犯罪心理学に基づいた、完璧な信頼形成のアプローチだ。


「でもね、テオ君。ここで死んだら、奴らの思う壺よ。君を利用した大人たちが、影で笑うだけだわ」


テオが、ゆっくりと首を横に振った。

その口が動く。結界越しに、微かな声が聞こえた。


「……ちがう」


「違わないわ。君は被害者よ。……出てきなさい。私たちが、君の復讐を手伝ってあげる。その爆弾を作らせた『黒幕』を、一緒に追い詰めましょう」


私は手を差し伸べた。

さあ、手を取って。こっち側へおいで。

だが、テオの反応は、私の予想を裏切るものだった。

彼は顔を歪ませ、両手で頭を抱え、絶叫したのだ。


「ちがうッ!お姉さんは何も分かってない!もう遅いんだ!」


強烈な拒絶。

結界がビリビリと振動し、紫色の火花を散らす。


「遅くはない! 私たちなら、君の罪ごと揉み消せるわ! 君には未来があるのよ!」


「未来なんてない! だって、もう壊れちゃったんだもん……! 元には戻らないんだぁぁぁ!」


テオが泣き叫びながら、爆弾にしがみつく。

壊れた?

精神がか? それとも、起爆装置の安全装置が外れてしまったのか?


「くっ、情緒不安定だ。交渉決裂か」


後ろで待機していたエラーラが、舌打ちをする。


「ナラ、下がれ。……論理的説得が通じないなら、物理的介入で止めるしかない」


エラーラが前に出た。

彼女は携帯端末と、数本の魔導ロッドを展開し、結界の解析を開始した。


「聞け、テオ君。君の術式は見事だ。だが、私の演算能力の前では児戯に等しい」


エラーラは高速で呪文コードを打ち込みながら、不敵に笑う。


「空間断裂の位相係数に、逆位相の魔力をぶつけて中和する。……3分で裸にしてやる」


エラーラの放った解呪コードが、結界に接触する。

だが。

結界は消えるどころか、むしろ奇妙な反応を示した。

解呪コードを「吸収」し、さらに複雑怪奇な波長へと変化させたのだ。


「なっ……ななななな!?」


エラーラが目を見開く。


「馬鹿な……! 私の解呪パターンを学習して、リアルタイムで構造を組み替えただと!? まるで生き物だ!」


端末の画面に『エラー』の文字が並ぶ。


「いかん、この結界……定数がない! 全てが変数だ! 物理法則を無視したデタラメな数式で構成されている! これを解くには、既存の魔導理論を一度捨てて、ゼロから再構築しなければ……!」


冷や汗が、エラーラの頬を伝う。

世界最強の魔導師が、たった一人の少年の術式に翻弄されている。

 

「……天才か。あるいは、本当に悪魔の仕業か」


エラーラの手が止まる。

爆弾の明滅が、さらに激しくなる。

破滅へのカウントダウン。


「ナラ。……打つ手がない」


エラーラが、敗北を認めるように呟いた。


「私の論理では、この『カオス』を解き明かせない。……強行突入すれば、爆弾が誘爆する。詰みだ……」


廊下の空気が凍りつく。

警備兵たちが、絶望的な顔で顔を見合わせる。

私たちは、無力だった。

テオは、泣いている。

爆弾を抱え、世界を拒絶し、孤独の中で震えている。

その姿は、あまりにも痛ましく、そして遠かった。

誰か。

誰か、この複雑に絡み合った因果の糸を解ける者はいないのか。

この、深淵よりも深い闇を照らせる者は。

その時だった。


「た、大変だぁぁぁーッ!テオくぅぅぅーん!」


廊下の向こうから、場違いなほど間抜けな声が響いてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ