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アリシア・ヴェリタス【哲学リョナ小説第3弾】  作者: ギデオン・ヴァンツ@週刊コロッセオ記者
救済される隣人

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第2話:救済される隣人(2)

ナラは、鉄扇を開いた。


「言葉で分からないなら……。痛みで分からせて差し上げますわ!」


ナラは鉄扇を開き、四人の「成功者」たちに立ち向かった。

相手は腐っても権力者。隠し持っていた護身用の魔導具や、卑怯な武器を取り出す。


「死ねぇッ!」


マンモンが、魔導ステッキから火球を放つ。


「熱いですわ!」


ナラは、鉄扇で火球を薙ぎ払った。

炎が霧散する。

その煙の中から、ナラが飛び出す。


「まずはあんた! 不倫野郎!」


ナラは、マンモンの腹に、鉄扇の柄を深々と突き入れた。


「ぐえぇぇッ!?」


「奥さんの痛み……。その脂肪で受け止めなさい!」


マンモンが転がる。

ナラは勝利を確信し、次の標的、ヴァニティに向き直った。

だが、その時。


「……甘いな、小娘」


倒れたはずのマンモンが、不気味な笑みを浮かべていた。

彼の手には、いつの間にか小さなリモコンが握られている。


「なっ……?」


「私のボディーガードを甘く見ないことだ! ……来い、『鉄壁』!」


広場の地面が震動した。

マンモンの影から、黒い甲冑に身を包んだ巨大なゴーレムが出現する。

それは、マンモンが裏で開発させていた、違法な自律兵器だった。


「うそっ……!?」


ナラは反応しようとしたが、遅かった。

ゴーレムの巨大な拳が、ナラを横から薙ぎ払った。


「きゃああっ!!」


ナラはボールのように吹き飛ばされ、広場の噴水に叩きつけられた。

水しぶきが上がる。

全身が濡れ、ドレスが重くなる。

鉄扇を取り落としてしまう。


「どうだ!これが金の力だ!」


マンモンが起き上がり、勝ち誇る。

ヴァニティも、毒の香水を振り撒きながら近づいてくる。


「お似合いよ、泥水がお風呂なんて!」


グリードが魔法の鎖を構え、ベネフィットが短剣を光らせる。

四人が、完全にナラを包囲した。


「……くっ」


ナラは、水の中で立ち上がろうとするが、足がふらつく。

ゴーレムの一撃が効いている。

絶体絶命。

このままでは、嬲り殺しにされる。


(……やるしかない)


ナラは、覚悟を決めた。

彼女は、懐に隠し持っていた「切り札」に手を伸ばした。

それは、エラーラが開発した、一時的に身体能力を限界突破させる魔薬『オーバー・ドライブ』。

副作用で数日は動けなくなるが、今はこの状況を打破するしかない。


「……後悔なさい」


ナラは薬を噛み砕いた。

瞬間、体中を灼熱が駆け巡る。

筋肉が膨張し、血管が浮き上がる。


「うおおおおおッ!!」


ナラは水面を爆発させ、飛び出した。

超高速の動き。

彼女は素手でゴーレムの拳を受け止め、そのままねじり折った。


「鉄屑がァッ!!」


ゴーレムの腕が砕ける。

マンモンたちが悲鳴を上げる。


「ひぃッ!? バケモノか!」


ナラは止まらない。

ヴァニティの毒霧を肺活量だけで吹き飛ばし、グリードの鎖を引きちぎり、ベネフィットの短剣を素手でへし折った。


「形勢逆転よ!……さあ、お仕置きの時間だわ!」


ナラは、四人を一箇所に追い詰める。

勝った。

薬の反動が来る前に、決着をつける。

ナラは、最後の一撃のために大きく振りかぶった。


「まとめて吹き飛びなさいッ!!」


だが。

ナラの膝が、唐突に折れた。

力が抜ける。視界が歪む。


「え……?」


「……ふふふ。残念だったな」


ベネフィットが、ニタリと笑った。

彼の手には、空になったスプレー缶が握られていた。


「それは……?」


「『鎮静ガス』だ。……暴れる『商品』をおとなしくさせるために、常備しているんでね」


さっき、短剣をへし折った一瞬の隙。

ベネフィットは、至近距離でナラにガスを噴射していたのだ。

『オーバー・ドライブ』で活性化した代謝が、皮肉にもガスの回りを早めてしまった。


「う……動け……ない……」


ナラはその場に崩れ落ちた。

薬の副作用と、ガスの効果。ダブルパンチで、指一本動かせない。

切り札を使ったことが、完全に裏目に出た。


「ハハハ!自滅だ!」


「いい気味ね!」


四人の成功者たちが、倒れたナラを取り囲む。

彼らの顔は、勝利の喜悦と、サディスティックな欲望に歪んでいた。


「さあ、どうしてくれようか」


「私の靴を舐めさせようか」


「いや、もっと面白いショーができるぞ」


絶望。

ナラは、泥水に顔を浸しながら、唇を噛み締めた。

負けた。

完敗だ。


「……ごめんなさい、お母様……」


意識が遠のく。

これが、ナラティブ・ヴェリタスの最期なのか。

その時。

乾いた音が響いた。

ナラを蹴ろうとしたグリードの足元に、石が飛んできたのだ。


「……痛っ! 誰だ!」


四人が振り返る。

そこには、あの薄汚れた少年が立っていた。

手には、まだ石を握りしめている。

震える足で、それでもしっかりと立って。


「……お姉ちゃんを、いじめるな!」


少年が叫んだ。

そして、その後ろから、路地裏に隠れていた他の子供たちも、石や棒切れを持って飛び出してきた。


「やめろー!」


「帰れー!」


子供たちの反撃。

物理的な力は弱い。

だが、その純粋な怒りは、四人の成功者たちを怯ませるのに十分だった。


「な、なんだこのガキどもは!」


「シッシッ! 汚らわしい!」


彼らが子供たちに気を取られた、その一瞬。

ナラの体内で、エラーラが仕込んでおいた『緊急解毒プログラム』が作動した。


「……ガハッ!」


ナラは、肺の中の毒素を吐き出した。

力が戻る。


「……ありがとう、みんな」


ナラは、ゆらりと立ち上がった。

その瞳は、先ほどよりも深く、静かに燃えていた。


「さあ……。第二ラウンドよ」


ナラは、落ちていた鉄扇を拾い上げた。

もう、油断はない。

慢心もない。

ただ、目の前の「悪」を、確実に、冷徹に排除する意思だけがあった。


「……覚悟はよろしくて?」


四人が振り返った時、そこには修羅が立っていた。


「ひぃッ!?」


「じゃあ、罰金ですわねッ!!」


今度こそ、ナラの一撃が炸裂した。

四人は星になって、広場の噴水へとドボンと落ちた。


「……ふぅ。スッキリしましたわ」


ナラは、鉄扇をしまい、乱れた髪を直した。

そして、震えている少年の元へ戻った。


「……お待たせ」


ナラは、少年の前にしゃがみ込んだ。

そして、水浸しになった四人の方を指差した。


「おい、クズども。……聞こえてるわよね?」


四人が、噴水から顔を出す。


「は、はい……」


「パンを出しなさい」


ナラは、手のひらを広げた。


「無いなら、金を出しなさい。……今、ここで!」


「だ、出します! 全部出します!」


四人は、慌てて財布を取り出し、中身を全てナラに渡した。

ジャラジャラと、金貨や宝石がナラの手のひらに、そして溢れて地面に落ちる。

ナラは、さらに自分の財布を取り出し、その上に乗せた。


「あたしも出すわ。……今日は、あたしの奢りよ」


ナラは、集まった金とパンを、少年に渡した。

少年の細い腕では抱えきれないほどの量だ。


「……これ、全部?」


少年が目を丸くする。


「ええ。……あんただけじゃないわ。仲間もいるんでしょう?」


ナラは、路地裏に隠れて様子を見ていた、他のストリートチルドレンたちにも手招きをした。


「みんなで食べなさい。……そして、大人になったら」


ナラは、噴水で震えている四人を親指で指した。


「あんな風にだけは、なるんじゃないわよ」


「……うん!」


「ありがとう、お姉ちゃん!」


子供たちが歓声を上げ、パンにありつく。

その笑顔は、どんな宝石よりも輝いていた。

広場の人々からも、拍手が巻き起こる。


「よくやった!」


「スカッとしたぜ!」


ナラは、照れくさそうに鼻をこすり、ドレスの裾を払った。


「……帰りましょう」


ナラは、人混みをかき分けて歩き出した。

背後で、ベネフィットたちが「風邪ひく……」「寒い……」と情けない声を上げている。

獣医院への帰り道。

エラーラが、電柱の陰から現れた。


「やあ、ナラ君。……素晴らしい『物理的説教』だったね」


「見てましたの? ……性格が悪いですわね」


「ふふ。君の活躍を記録するのは、私のライフワークだからね」


エラーラは、ナラの肩に自分の上着をかけた。


「……疲れたろう」


「ええ。……変な筋肉を使いましたわ」


ナラは、エラーラの上着を羽織り、その匂いを嗅いだ。

薬品と、珈琲の匂い。

そして、ほのかな温もり。


「お母様」


「ん?」


「あたし……。あいつらを見て、思ったんですの」


ナラは、夜空を見上げた。


「幸せって……。持っているものの多さじゃないわね」


金があっても、地位があっても。

自分自身が見えていなければ、それはただの虚飾だ。

鏡を見れなくなったら、人間はおしまいだ。


「あたしは……。あんたと一緒に、焦げたトーストを食べてる方が、ずっと幸せですわ」


「……そうか」


エラーラは、嬉しそうに目を細めた。


「じゃあ、明日の朝は……焦げ目なしのトーストに挑戦しようか」


「無理しないでくださいまし。……黒くても、食べますから」


二人は笑い合った。

月明かりが、二人の影を一つに重ねる。

欲張りな矛盾は消え、泥だらけのパンが輝く夜。

ナラティブ・ヴェリタスは、今日もまた一つ、自分の「物語」に確かな一行を書き加えたのだった。

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