表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アリシア・ヴェリタス【下書き第3弾】  作者: 王牌リウ
救済される隣人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/51

第1話:救済される隣人(1)

王都の冬は、残酷なほどに格差を浮き彫りにする。

大通りのショーウィンドウには、魔法で保温された高価な食料が並び、そのガラス一枚隔てた向こう側では、薄汚れた少年が寒さに震えていた。


「……おじちゃん、パンを……」


少年が、通りがかりの男の服の裾を掴んだ。

男は、胸に『愛と平和の慈善活動家』というバッジをつけた、身なりの良い紳士だった。

名はベネフィット。

王都で「機会に恵まれない可哀想な人々」と「支援者」をマッチングするビジネスを手掛ける、著名な活動家だ。


「離せ! 汚らわしい!」


ベネフィットは、少年の手を乱暴に振り払っただけでなく、その小さな腹を革靴で蹴り上げた。


「ぐっ……!」


少年が泥水の中に転がる。


「自分の立場をわきまえろ、ゴミ屑が! 私はこれから『選ばれた弱者のための晩餐会』でスピーチがあるんだ! お前のような『絵にならない貧困』に構っている暇も、パンを与える慈悲もない!」


ベネフィットは、唾を吐き捨てて去っていった。

彼にとっての「弱者」とは、彼の名声を高めるためのアクセサリーであり、自分の靴を汚すようなリアルな貧乏人は、ただの害虫でしかなかった。

その光景を、路地の陰から見つめる二つの影があった。


「……不愉快ですわ」


漆黒のドレススーツに身を包んだナラティブ・ヴェリタスは、鉄扇を握りしめ、ギリギリと歯噛みした。


「あいつ、慈善家を名乗っておきながら……。目の前の子供を蹴りましたわよ?」


「ふむ。論理的矛盾だね」


隣で、白衣のマッドサイエンティスト、エラーラ・ヴェリタスが、携帯端末でベネフィットの背中をスキャンしていた。


「彼の脳内では、『自分は崇高な活動をしている』という自己認識と、『汚いものは排除する』という本能が、奇妙に同居している。……要するに、彼は『鏡』を持っていないのだよ」


「鏡?」


「ああ。自分の醜悪な姿を直視できないから、他者を下げることでしか自尊心を保てない。……この街には、そういう『見えない鏡』を割ったような連中が溢れている」


ナラは、泥だらけの少年に歩み寄り、ハンカチで顔を拭いてやった。


そして、懐から焼きたてのパンを取り出し、少年に握らせた。


「……食べなさい。そして、よく見ておきなさい」


ナラは立ち上がり、ベネフィットが消えた方向を睨みつけた。


「これから、あいつらに『特大の鏡』を突きつけに行ってきますわ」


「おや、カチコミかね? 興味深い。……人間の『認知の歪み』のサンプル採取について行こう」


エラーラが、嬉々としてついてくる。

ナラたちが向かったのは、ベネフィットが主催する『ドリーム・マッチング・パーティ』の会場だった。

高級ホテルの大広間。

そこには、「理想の出会い」を求める成功者たちが集まっていた。

だが、そこで語られている会話は、地獄の釜の底のように醜悪だった。


「いい人材がいない! どいつもこいつも使えない!」


大声で喚いているのは、王都の人材派遣を一手に担う巨大ギルド『ゴールデン・ゲート』の長、グリードだ。


「私が求めているのは、『年齢25歳以下。魔導大学院卒。実戦経験30年以上。給与はやる気払いで文句を言わない』人材だぞ!なぜそんな簡単な条件すら満たせないんだ!」


「……あんた、算数できますの?」


近くで聞いていたナラが、思わずツッコミを入れる。


「25歳以下で経験30年って、胎児の頃から戦場にいろとでも? 時空魔法でも使わないと無理ですわよ」


だが、グリードは聞く耳を持たない。


「黙れ!私は妥協しない!理想を追い求めることこそが経営者の資質だ!」


隣のテーブルでは、脂ぎった成金の貿易商、マンモンが叫んでいる。


「おい! いい女はいないのか! 俺が求めているのは、『処女でありながら、夜のテクニックはベテラン娼婦並み』の女だ! もちろん、家事も完璧で、俺の浮気を笑って許す母性が必要だ!」


「……矛盾の塊ですわね」


ナラが冷ややかに見る。


「るせぇ!俺は金を持ってるんだ!金さえ払えば、そんな夢のような女が買えるはずだろ!買えないのは社会が悪い!」


さらに向こうでは、着飾った貴族令嬢、ヴァニティがヒステリックに叫んでいる。


「私が欲しいのは、『10代の若さで、国のトップに立ち、全ての権力を握っている男』よ! 若くてイケメンで、でも苦労知らずの大金持ちじゃなきゃ嫌! あと、私の言うことは全て肯定する『犬』のような従順さも必要ね!」


「……そんな男、物語の中にしかいませんわよ」


「黙りなさい!私は美しいのよ!この美貌に見合う男じゃなきゃ詐欺よ!」


会場は、こうした「矛盾する高望み」を持つ亡者たちで溢れかえっていた。

彼らは皆、自助努力で金や美貌を手に入れた「強者」だった。

だが、その成功体験が彼らの目を曇らせていた。

「自分は特別だ」「だから世界は自分の都合に合わせて改変されるべきだ」という、幼児的な全能感。

彼らは、自分の欠点を棚に上げ、相手にだけ「神ごとき完璧さ」を求めている。

そして、それを叶えられない現実を、「努力不足だ」「レベルが低い」と罵倒しているのだ。

主催者のベネフィットが、ステージでマイクを握った。


「さあさ!皆様!嘆くことはありません!私が、皆様の理想を叶える『可哀想な人々』を紹介しましょう!」


ステージに連れてこられたのは、借金で首が回らなくなった若者や、身寄りのない少女たちだった。

彼らは「商品」として値踏みされている。


「この若者は、24時間働けますよ!」


「この少女は、何をしても文句を言いません!」


搾取。

「機会を与える」という美名の下に行われる、現代の奴隷市。


「……限界ですわ」


ナラは、ドレスの裾をまくった。

鉄扇を取り出し、パチンと開く。


「お母様。……少し、掃除をしますわ」


「ふむ。物理的な清掃かね? 精神衛生上、推奨されるよ」


エラーラがニヤリと笑う。


「ごめんあそばせェッ!!」


ナラは、会場の中央にあるシャンデリアを、鉄扇を投げて撃ち落とした。

悲鳴が上がる。

ガラスの雨が降り注ぐ中、ナラはテーブルの上に飛び乗った。


「……お遊びは終わりよ、大きな赤ちゃんたち」


ナラの瞳が、赤く燃え上がる。


「あんたたちの欲しいものなんて、この世のどこにもないわ。……あるのは、あんたたちが一番見たくない『鏡』だけよ」


「な、何だ貴様!」


「警備員!つまみ出せ!」


「黙りなさい!」


ナラは、一番近くにいたグリードのネクタイを掴み、引きずり下ろした。


「あんた。……説教の時間よ」


ナラは、グリード、マンモン、ヴァニティの三人を、次々と蹴り飛ばし、一箇所にまとめた。

そして、ステージ上のベネフィットも、ワイヤー

で足を取って引きずり下ろした。


「ぎゃああっ!」


「無礼者!」


「ええ、無礼ついでに……。現実を見に行きましょうか」


ナラは、四人の首根っこを掴んだ。


「来なさい。……外の空気を吸わせてあげますわ」


ナラは、四人を引きずり、会場の出口へと向かった。

エラーラは、「やれやれ、豪快だねぇ」と笑いながら、その後を追った。


王都の広場。

そこには、冒頭の少年が、まだ寒さに震えて座り込んでいた。

パンを少し食べたようだが、まだひもじそうだ。


「……到着ですわ」


ナラは、引きずってきた四人の「成功者」たちを、少年の前の泥水の中に放り投げた。


「ぐぇっ!」


「な、何をするんだ!私のスーツが!」


「何なんだ君は!私は忙しいんだ!」


「警察を呼ぶぞ!誘拐だ!」


「呼びたければ呼べばいいわ。……その前に、少し身の上話をしましょうか」


ナラは、懐から数枚の羊皮紙を取り出した。

それは、エラーラが、パーティーの最中に超高速で調べ上げた、彼らの「真実の履歴書」だった。


「まずはあんた、グリード」


ナラは、グリードの顔の前に紙を突きつけた。


「あんたのギルド……。実は、あんたがボロカスに扱ってるあの秘書さんが、裏で全部回してるそうじゃない?」


「なッ……!?」


「取引先への謝罪、スケジュールの調整、財務管理……。全部彼女がやってる。あんたは判子を押して威張ってるだけ。……彼女、来月で辞めるそうよ? あんたのパワハラに耐えかねてね」


「う、嘘だ……! 彼女がいなくなったら、会社は……!」


「次、マンモン」


ナラは、成金の男を見た。


「処女で床上手? ……あんた、家に奥さんと子供がいるわよね?」


「あ。」


「奥さんは、あんたが若い頃、貧乏だった時代から支えてくれた人よ。……それを裏切って、若い女を買い漁る? 鏡を見てみなさい。あんたのその腹、欲望でパンパンに膨れ上がって醜悪そのものよ」


「次、ヴァニティ」


「若き権力者? ……あんた、実は旦那がいるわよね?」


「そ、それは……!」


「しかも、その旦那の金を使い込んで、若い男娼に貢いでるそうじゃない。……旦那さんは、あんたの借金を返すために、過労で倒れたばかりよ」


「……ッ!」


「最後、ベネフィット」


ナラは、活動家の男を冷ややかに見下ろした。


「愛の手? ……あんたの実家のお母様、田舎で病気で寝たきりだそうね」


「……」


「治療費も送らず、見舞いにも行かず、ここで赤の他人から寄付金を集めて、自分の懐に入れてる。……『世界を救う』前に、自分の親を救ったらどう?」


静寂。

広場に集まっていた人々が、ざわめき始めた。


「なんて奴らだ……」


「最低だ……」


四人の成功者たちは、顔を真っ赤にして震えていた。

図星だ。

彼らは、自分が「持っている」と思っていたものが、実は他人の犠牲の上に成り立っていること、あるいは自分自身の欺瞞であることを、突きつけられたのだ。

だが。

彼らは謝らなかった。

むしろ、逆ギレした。


「う、うるさい! 俺は頑張ったんだ!」


グリードが叫ぶ。


「成功者が特権を享受して何が悪い!」


マンモンが吠える。


「私は特別なのよ! 凡人とは違うの!」


ヴァニティが喚く。


「大義のためには、小さな犠牲は仕方ないんだ!」


ベネフィットが開き直る。

彼らは、ナラを一斉に睨みつけた。


「そうだ……!この女がおかしいんだ!」


「私たちの努力を否定する、嫉妬深い貧乏人だ!」


「やっちまえ! 私たちの尊厳を守るんだ!」


四人は、ナラに向かって飛びかかってきた。

腐っても成功者たちだ。護身用の魔法具や、隠し持っていた武器を取り出す。

ナラは、それを見て……。

一瞬、満面の笑みを浮かべた。

それは、聖母のような慈愛と、悪魔のような残虐さが同居した、極上の笑顔だった。


「……待ってましたわ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ