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アリシア・ヴェリタス【下書き第3弾】  作者: 王牌リウ
・重大な嘘と些細な真

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第1話:重大な嘘と些細な真(1)

王都役所、第4出張所。

その場所は、カビと古紙と、やる気のない役人特有の澱んだ空気に満ちていた。

窓口のカウンターを挟んで、ナラティブ・ヴェリタスは目の前の男――ジュリアスを凝視していた。


「……はぁ。君さ、字、汚いんだよねぇ」


ジュリアスは、ナラが提出した書類を指先で摘み上げ、汚いものを見るように鼻で笑った。


「『ナラティブ』……?下の名前しか読めないよ。名字は?ま、いいや。ここの欄、インクが滲んでるから書き直しね」


彼は、ナラティブのフルネーム「ナラティブ・ヴェリタス」を読んでいなかった。

ナラティブの派手なドレスを見て「どうせ水商売の無教養な女だ」と決めつけ、書類の中身になど興味を持たなかったからだ。


「……書き直せって言うならペン貸して」


「あーごめん。これね、僕の私物。50,000クレストする万年筆だから、君みたいなガサツなのが触るとペン先、曲がっちゃうんだよね」


ナラの腹の底で、ドス黒いマグマが煮えたぎった。

鉄扇で鼻をへし折るか。それとも机ごと蹴り飛ばすか。

彼女が脳内で暴力のシミュレーションを完了し、実行に移そうとした、その時だった。

ジュリアスが、勝ち誇ったように言った。


「ま、君さ、僕に楯突くのはいいけど、自分の『格』、わきまえた方がいいよ。僕はこう見えて、王都のVIPとも繋がりがあるんだ。ブイ・アイ・ピーだよ?」


「……は?ビップ?」


「君……エラーラ・ヴェリタスって、知ってる?」


ナラの思考が一瞬停止した。

自分の同居人であり、保護者であり、今朝「コーヒーメーカーの抽出圧が0.1気圧ずれている!」と実験器具をひっくり返して暴れていたあの魔女の名前が、なぜこいつの口から?


「……知ってるけど。それが?」


「ハッ。君が知ってるのは『新聞で見る大賢者様』だろ?僕はね……なんと、彼女と個人的な付き合いがあるんだよ!」


ジュリアスは、椅子にふんぞり返り、得意げに語り始めた。


「僕の姉がバイトしてるカフェに、あの『大賢者エラーラ』がよく来るんだよ。で、僕もたまに手伝いに行くんだけどさ……。あの人………………僕が淹れたコーヒーも飲んだことあるんだよ!」

 

ジュリアスは身を乗り出した。


「あの大賢者がさ、『君の豆の挽き方は合理的だね』……って褒めてくれたんだ!つまり、僕のセンスは世界最強の魔女お墨付きってわけ。君は、彼女の足元にも及ばないんだよ!」


(……こいつ、さては嘘ついてるな?)


ナラは瞬時に悟った。

エラーラは他人が淹れたコーヒーなど、基本的に褒めない。

そして、こいつは、あたしの名前が「ヴェリタス」だと気づいていない。

その瞬間。

ナラの中で、何かが「プツン」と切れた。

それは怒りの導火線ではない。

「呆れ」が限界突破し、一周回って「エンターテインメント」へと昇華するスイッチだった。


(……面白いじゃない。)


ナラは、鉄扇を震わせた。

怒りで震えているのではない。笑いを堪えているのだ。

だが、彼女はそれを「嫉妬と敗北感による震え」に見えるように、全身で演技をした。


「そ、そんな……!」


ナラは、悲劇のヒロインのように目を見開いた。


「く、悔しいッ……!あの大賢者様が……あたしたち庶民には雲の上の存在のヴェリタス様が……!アンタのコーヒーを……褒めたですってぇぇぇ!?」


「お?やっぱ?……おー。なるほど」


ジュリアスの顔に、あからさまに優越感が広がる。


「へえ。君みたいな庶民でも、彼女の凄さ、分かるんだ。ま、才能の差だから仕方ないよ。僕の『黄金比ブレンド』は、王都のバリスタたちも顔負けだからね!」


「黄金比……!なんて高尚な響きなの!」


ナラは、机に突っ伏して悔しがった……フリをした。


「教えて!お願い、師匠!」


ナラは、目を潤ませて懇願した。


「どうすれば……どうすれば、そんな『エリートの味』が出せるの!?」


「ふふん。んー、んー。んまあ、君には難しいかなぁ。……まだね」


ジュリアスは完全に調子に乗った。

彼は、自分には世界を動かす才能があると本気で信じ込み始めていた。


「でもさ、僕、人脈はエラーラだけじゃないんだよね」


ジュリアスは、チラリとナラを見た。

もっと驚かせたい。もっと崇めさせたい。


「君、リウ・ヴァンクロフトって知ってる?」


「リウ……?」


ナラは首を傾げた。

リウ・ヴァンクロフト。北都から引っ越してきた画家であり、ナラの友人だ。


「リウ・ヴァンクロフトも知らないのか!」


ジュリアスは呆れたように肩をすくめた。


「これだから無教養はね。彼女はね、今もっとも注目されている現代アーティストだよ。……ま、世間では『天才』なんて持て囃されてるけどさ」


ジュリアスは、声を潜めてニヤリと笑った。


「実はね。彼女、僕が絵を教えてやったんだよ」


「ええっ!?」


「彼女さ、最初はも、線も引けなくてさ。僕のとこに『絵を教えてください』つって泣きついてきたんだ。で、僕が手取り足取り叩き込んでやったんだ。今の彼女の作風?……あれねえ、全部僕の模倣だから」


「そ、そそそ、そんなぁぁぁッ!!?」


ナラは大袈裟な演技で仰け反った。


(あの感覚で描く変態のリウが、こいつのコピー!?笑わせないで!)


「それにね、彼女、金銭感覚さ、バカなんだよ」


ジュリアスは、やれやれと首を振った。


「こないだ彼女、投資に手を出して400万クレストも失ったんだ」


「よ、400万!?400万クレスト!?」


ナラは素で聞き返した。


「そう。僕が『やめろ』って忠告したのに。『先生、どうしてもこの魔導通貨が上がる気がするんです』って聞かなくてさ。結局、大暴落。ま、泣きついてきたから、僕がポケットマネーで補填してあげたんだけどね」


(……嘘だ。絶対嘘だ。こいつが400万もポンと払えるわけない)


ナラは衝撃を受けたふりをして、笑いをこらえた。

ジュリアスはさらに声を潜め、下卑た笑みを浮かべた。


「それにさ、彼女、裏では相当乱れてるよ。……はっきし言って、ずいぶんと……遊び人だね」


「はぁ!?」


「こないださ。見たんだよ。彼女がさ、ふくよかな、尻尾が恐ろしく太い獣人の女を自宅に連れ込んでいるのをさ」


「……ふくよかな、しっぽのふとい……?」


ナラは、ピクリと反応した。


(……「尻尾」したい!私も混ざりたかったッッッ!)


ナラは、獣人の尻尾フェチなのだ。特に、丸太のような太い尻尾には目がない。


「あーんな巨大尻尾を連れ込んで、いったい二人で何してたんだか。リウの奴、普段は清純ぶってるけど、裏ではあんな尻尾ごときのオタクだったとは……想像するだけで笑えてくるよ」


ナラティブの、血管が切れる音がした。

あたしをバカにするのはいい。リウを変人扱いするのも許す。

だが、「太い尻尾」を。

私の……性癖を。


(……こいつ、半分だけ殺しちゃおうかな……)


だが、ナラはプロだ。

殺意を押し殺し、顔を覆って慟哭の演技を続けた。


「ひ、酷い……!ジュリアス様、アンタはそんな汚れた女も指導してあげたの!?」


「ま、ね。僕の慈悲深さってやつ?」


そして、ジュリアスは最大の爆弾を投下した。


「極めつけはさ。彼女、頭もちょっとアレなんだよ。こないだなんか、真顔で言ってたからね。『私、宇宙に行ってきたんです』って。笑えるだろ」


「……宇宙?」


「そ。『謎の儀式に参加して、魂が銀河を超えた』とかいう妄想を垂れ流してさ。完全にヤバい奴でしょ?僕が『はいはい、大変だったね』ってなだめてやったんだよ」


ナラは、腹筋が崩壊寸前だった。


(宇宙!?リウ、いよいよあんた、「あっちの世界」にまで行ったの!?あんたの想像力は……王都一ね!)


「す、すごい……!妄想癖のある女子を支えるなんて、ジュリアス様は神様です!」


「いんだよ。天才には狂気がつきものだからね」


ジュリアスは、完全に自分の世界に入り込んでいた。

ナラの過剰な演技を、全て「真実の称賛」として受け取っている。


「……ふぅ。まあ、こんなところかな」


1時間後。

ジュリアスは満足げに言った。


「ど?君のちっぽけな脳みそでも、僕の偉大さが理解できた?」


「はい……!なんだか、生まれ変わった気分です!」


「ハハハ!……あ、そだ。連絡先、交換しとく?特別に、僕の飲み会に呼んであげてもいいよ」


ジュリアスが魔導端末を取り出した、その時。

役所の自動ドアが、自動で開くよりも早く、何者かの手によって物理的に押し開けられた。

いや、蹴破られたと言っても過言ではない衝撃音だった。


「ナラくんッ!遅いぞ!」

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