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アリシア・ヴェリタス【下書き第3弾】  作者: 王牌リウ
走り屋と車椅子

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第2話:走り屋と車椅子(2)

その日の夜。ナラは施設のガレージにいた。

そこは、ハナの私物である工具や廃材が山積みになった、秘密基地のような場所だった。


「まずはオーバーホールだ。……あー、ベアリングが悲鳴を上げてやがる」


ハナの指示で、ナラは『レッド・コメット』をバラバラにしていく。

探偵の仕事とはかけ離れた作業だが、母の実験器具の整備で培った手先の器用さが役に立った。

分解してみると、ハナの車椅子がいかに常軌を逸した設計であるかが分かった。

フレームの継ぎ目は、溶接ではなく、革紐と特殊な接着剤で固定されている。これにより、車体全体がバネのようにしなり、衝撃を吸収しつつ加速力に変えているのだ。


「……すごい。こんな構造、見たことがないわ」


ナラが感嘆の声を漏らすと、ハナは得意げに鼻を鳴らした。


「だろ? こいつの基本設計はな、アタシの孫が考えたんだ」


「お孫さんが?」


「ああ。あいつは変わった子でね。両親からは『魔力がない』『才能がない』って疎まれてたが、アタシには分かってた。あいつは『工夫』の天才だってな」


ハナは、作業の手を止めて遠い目をした。


「あいつはよく言ってたよ。『既製品なんてつまらないよ!自分の色は、自分で作らなきゃ!足りないものがあるなら、知恵と工夫で補えばいい。……そうやって作ったものは、世界に一つだけの宝物になるんだ』ってな」


ナラの胸に、奇妙な感覚が広がった。

その言葉。その哲学。

誰かに、似ている。


「……そのお孫さん、今は?」


「王都でフーテンな生活をしてるよ。実家を飛び出して、好き勝手やってるみてぇだ。ま、アタシに似ちまったんだな。『型にハマるな、風になれ』って教えちまったからね」


ハナは笑い、ベアリングに油を注した。


「高い専用オイルなんざいらねぇ。こいつは、厨房からくすねてきたサラダ油だ。こいつの粘度が、一番このベアリングに『馴染む』んだよ。適材適所。それこそが最強のチューニングだ」


ナラは、ハナの横顔を見つめた。

権威や常識に囚われず、自分の美学を貫く姿勢。

そして、何よりも「自由」を愛する魂。


(……あいつにそっくりだ)


ナラティブの脳裏に、ある親友の顔が浮かんだ。


「よし、次はカネコの魔導モーター対策だ。人力だけじゃ、あの出力には勝てねぇ。こっちも『ブースト』が必要だ」


ハナが取り出したのは、二本の空き瓶と、怪しげな色の丸薬だった。


「これは?」


「孫直伝の『禁断の最終兵器』さ。こいつは、安物の魔力炭酸水。こっちは、子供が喜ぶ発泡性の駄菓子だ。こいつらを組み合わせると、どうなると思う?」


ナラは嫌な予感がした。


「まさか……」


「そのまさかだ! 炭酸ガスの爆発的な噴射力!こいつを推進力に変えるんだよ! 名付けて『レッド・コメット・バースト』!制作費、わずか200ギル!」


ハナは子供のように目を輝かせている。

ナラは、呆れを通り越して感動すら覚えた。

この老婆は、本気でこれで勝つつもりなのだ。500万クレストの魔導マシンに、200クレストの駄菓子で挑もうとしている。


「……最高にロックだわ、ハナさん」


ナラは、腕をまくった。


「やりましょう。とびきりの『怪物マシン』を組み上げてやるわ」


二人の作業は深夜まで続いた。

油と汗にまみれながら、彼女たちは笑い合った。

それは、ナラが久しぶりに感じた、純粋な「熱狂」の時間だった。



決戦の日。

会場である多目的ホールは、前回以上の熱気に包まれていた。

噂を聞きつけた他のフロアの入居者や、非番の職員たちまで集まり、一種のお祭り騒ぎになっていた。

スタート地点に並ぶ二台の車椅子。

カネコの『ゴールデン・バタフライ』は、さらに改造されていた。

車輪がさらに大きくなり、魔導モーターも最新型に換装されている。


「オーッホッホ!さらに課金しましたわ!今日の私は無敵ですの!」


対するハナの『レッド・コメット』は、見た目こそ変わらないが、その中身は別物だ。

ナラによる完璧な整備で、各部の摩擦は極限までゼロに近づいている。

そして、車体後部には、二本の魔力炭酸水の瓶が、禍々しい砲身のように装着されていた。


「へっ。吠えるなって、成金。今日の『赤』は、一味違うぜ」


スターターの職員が旗を振る。


「レディ……ゴーッ!!」


二台が同時に飛び出した。

カネコの加速は凄まじい。強化された魔導モーターが唸りを上げ、一気にリードを広げにかかる。

だが、ハナも負けていない。


「ンゥゥゥゥッ!!」


鍛え上げられた肉体と、完璧に整備された車体が一体となり、カネコに食らいつく。


「なんだと!?なぜ離れないのですの!?」


カネコが焦りの表情を見せる。


「探偵さんの腕は一流なんだよ!」


ハナが叫ぶ。

レースはデッドヒートのまま、終盤の直線コースへと差し掛かった。

スロープの頂上、屋上のゴールが見えてくる。


「ここだァ!ナラティブ!『アレ』の準備はいいか!?」


ハナが合図を送る。

ピットエリアで待機していたナラが、手元の紐を握りしめた。

この紐は、ハナの車椅子の後部にある仕掛けに繋がっている。


「いつでもいいわよ!ぶっ飛ばしなさい!」


「見せてやるぜ、知恵と工夫の結晶をなァ!」


ハナが叫び、ナラが紐を引いた。

仕掛けが作動し、発泡丸薬が魔力炭酸水の瓶の中に投下される。

一瞬の静寂。

そして。

凄まじい音と共に、激流が後方へと噴射された。

魔導炭酸ガスの圧力が、爆発的な推進力を生み出す。


「な、なんですのそれはーーッ!?」


カネコが悲鳴を上げる。

『レッド・コメット』が、まるで魔獣に蹴り飛ばされたかのように加速した。

前輪が浮き上がり、ウィリー状態で直線を突き進む。


「いっけぇぇぇぇ!」


ハナの絶叫が、夕暮れの空に響き渡る。

カネ子の横を、赤い閃光が抜き去った。

そのまま、ハナはトップでゴールラインを駆け抜けた。

会場が、爆発的な歓声に包まれた。


「やった! やったぞハナさん!」


「すげぇ! 本当に勝ちやがった!」


老人たちが抱き合って喜んでいる。

カネコの車椅子は、ゴールの手前でバッテリー切れを起こし、「プスン」と情けない音を立てて停止した。



屋上は、夕焼けに染まっていた。

ハナは車椅子から降り、手すりに寄りかかって勝利の余韻に浸っていた。

ナラも、油と炭酸水で汚れた顔を拭いながら、ハナの隣に立った。


「いいレースだったぜ、探偵さん。お前の完璧な仕事のおかげだ」


「……礼には及ばないわ。久しぶりに熱くなったわよ」


そこへ、カネコが息を切らせてやってきた。

彼女の顔からは、いつもの傲慢さは消えていた。


「……完敗ですわ、ハナさん。私の500万クレストが、あなたの駄菓子に負けるなんて……」


カネコは悔し涙を浮かべながらも、ハナに手を差し出した。


「認めますわ。あなたの『走り』への情熱は、本物でしたのね」


ハナはニヤリと笑い、その手を強く握り返した。


「フン。テメェも悪くなかったぜ!」


二人の間に、奇妙な友情が芽生えた瞬間だった。

その時。

遠くの空から、派手なエンジン音が響いてきた。

一台の「魔導エアバイク」が、施設の敷地内に強引に着陸しようとしている。

砂煙を上げて着陸したバイクから、ド派手なドレスを着た、金髪の美女が飛び出してきた。


「お婆様ーーーーッ!」


美女は、屋上にいるハナの姿を見つけると、常人離れした跳躍力で壁を蹴り、一気に屋上まで飛び上がってきた。


「お婆様! 優勝おめでとうございますわ!通信魔導具で中継を見ておりましたの!ああ、なんて美しい『爆発』の軌跡!感動しましたわ!」


ハナが、やれやれといった顔でサングラスをずらした。


「なんだリウ、来てたのか。騒がしい孫だねぇ」


ナラは、その光景を呆然と見ていた。

その声。その口調。その変態的なテンション。

そして、ハナを「お婆様」と呼ぶその姿。


「……リウ?」


美女――リウ・ヴァンクロフトが振り返る。


「あら? その声は……」


リウはナラの姿を確認した瞬間、目を輝かせて奇声を上げた。


「キェェェェェ!ナラさん!?」


次の瞬間、リウはナラにタックル気味に抱きついた。


「ぎゅえっ!」


「なんでここにいらっしゃいますのん!?まさか……私への愛が抑えきれず、ついにお婆様への外堀を埋めに来ましたのね!?そうですのね!?そうですのね!?これで私たちは家族公認の尻尾仲間……!」


ナラはリウを引き剥がそうともがく。


「ち、違うわよ!入れ歯の調査で来ただけ!」


「入れ歯ぁ!?なっ……なんてマニアックな!ハッ!ナラさんのその油まみれの姿!そういうプレイですの!?汗とオイルと美女!創作意欲が!創作意欲がビッグバンを起こしますわーーッ!」


リウは懐からスケッチブックを取り出し、猛烈な勢いで何らかを描き始めた。

ナラは、頭を抱えた。

ハナの「型破りな性格」「独自の美学」「口の悪さ」。

リウの「変態性」「芸術的爆発」「周囲を巻き込むパワー」。


(……)


血は争えない。

この暴走ババアの孫が、あの変態芸術家だったとは。

ハナはカカカと笑った。


「なんだリウ、探偵さんと知り合いだったのか。世間は狭ぇな!気に入ったよ探偵さん!これからもうちの孫をよろしく頼むぜ!……あと、来週のレースも空けといてくれよな!次は火薬を使うからよ!」


「お断りよッ!」


ナラが絶叫する。

リウは、ハナの車椅子を撫で回しながら目を輝かせている。


「お婆様!次はこのフレームに、私の新作の彫刻を施しましょう!テーマは『爆発するエロス』ですわ!」


「おう、いいな!やろうじゃねぇか!」


祖母と孫は、完全に意気投合していた。

楽しそうに次の改造計画を話し合う二人の姿は、年齢差を感じさせない、最高の「相棒」に見えた。

ナラは、ふと、ハナが言っていたことを思い出した。


『両親からは疎まれてた』


リウの過去。壮絶な記憶。

だが、彼女には、この祖母がいたのだ。

彼女の才能を肯定し、背中を押してくれた理解者が。


(……よかった)


ナラは、騒がしい二人を見ながら、安堵のため息をついた。

リウのあの底抜けの明るさと強さは、この祖母から受け継いだものだったのだ。

彼女は一人じゃなかった。


「さ、ナラさん! 私たちも混ざりますわよ!三人でチーム結成ですわ!」


リウがナラの手を引く。

ハナがニヤリと笑う。

夕暮れの屋上は、カオスと熱狂と、そして奇妙な温かさに包まれていた。

ナラは観念して、小さな声で呟いた。


「……やってられないわ!」


その口元は、微かに笑っていた。

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