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アリシア・ヴェリタス【下書き第3弾】  作者: 王牌リウ
最強無敵改造車

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第1話:最強無敵改造車(1)

王都の南。

「諦め」という名の澱が溜まる場所。

その象徴が、南第3郵便局だった。

エアコンの効きが悪く、常にジメッとした空気が漂う待合室。

そこで、ナラは不機嫌そうに貧乏ゆすりをしていた。


「ただ荷物を一個出すだけなのに、なんで1時間も待たされるわけ?」


隣で、分厚い魔導書を読んでいたエラーラ・ヴェリタスが、眼鏡の位置を直しながら答えた。


「フム。窓口の処理能力の問題ではないな、ナラ君よ。原因は、あそこだ」


エラーラが指差した先。

窓口の一つを、一人の男が完全に占拠していた。

男の名は、ゴウダ・クレイマー。

この地区に巣食う、生ける厄災。


「おい! 責任者を出せ責任者を!」


ゴウダの怒号が響く。唾が飛び散る。


「俺の事業計画書を送る大事な封筒だぞ!なんで切手の柄が『お花』なんだ!俺は『虎』か『龍』がいいと言っただろうが!これは俺のビジネスに対する侮辱か!? 損害賠償請求するぞ!」


対する窓口係は、小柄で地味な女性、ミラ。

勤続20年。黒縁メガネの奥の目は死んだ魚のようで、背中は常に丸まっている。


「も、申し訳ありません……。現在、虎や龍の切手は在庫がございませんでして……」


「在庫がない!? それが客に対する態度か!俺は市長の親戚の友人の知り合いだぞ!俺が一本電話すれば、お前なんか明日から路頭に迷うんだぞ!ああ、可哀想になあ! 俺みたいな大物を怒らせて!」


ゴウダは、怒鳴ったかと思えば、急にニヤニヤと哀れむような顔をする。

恫喝と、歪んだ優越感のミルフィーユ。

これこそが彼の必殺技、「情緒不安定ハラスメント」だ。


「さ……最低な奴」


ナラが立ち上がろうとした。

鉄扇で後頭部をひっぱたいてやりたい衝動に駆られたのだ。


「待て、ナラ君」


エラーラが止める。


「公的機関での暴力は、君の前科を増やすだけだ。それに……」


エラーラは、ミラを見た。


「彼女の『処理』を見たまえ。感情係数がゼロだ。完全に心が摩耗している」


ミラは、ロボットのように頭を下げ続けていた。


「申し訳ありません。私の配慮が足りませんでした。申し訳ありません。私が無能なせいでゴウダ様を不快にさせました。申し訳ありません……」


「そうだ! お前が無能だからだ!いいか、俺は教育してやってるんだ! 感謝しろよ!」


ゴウダは、1時間たっぷり説教をした挙句、「今日のところは許してやる」と捨て台詞を吐いて帰っていった。

ミラは、彼が見えなくなるまで、90度の角度で頭を下げ続けていた。


「……見てられないわね」


ナラは吐き捨てた。

事なかれ主義の局長が、奥から出てきて「いやあ、ミラ君、ご苦労だったね」とコーヒーを啜っているのを見て、さらに殺意が湧いた。


その事件が起きたのは、翌週の月曜日だった。

ナラとエラーラは、別の依頼の調査で、再び南地区を歩いていた。


「おい、どうなってるんだ!」


郵便局の前で、ゴウダが喚き散らしていた。


「ミラがいない!? 欠勤だと!?

ふざけるな! 俺のサンドバッグ……いや、俺の専属担当がいないと、俺のクリエイティブな仕事が滞るだろうが!」


局長がオロオロと対応している。


「い、いやあ、今朝連絡がありましてね。『一身上の都合により、本日より有給休暇を消化させていただきます』と……。彼女ね、うん、20年間一度も休んでなかったので、有給が400日くらい残ってまして……」


「知るかよ!今すぐ呼び戻せ!俺の切手を貼る人間がいないだろうが!」


ゴウダが自動ドアを蹴り飛ばした、その時だった。

地面が揺れた。

地震ではない。もっと重く、腹の底に響くような振動。

コップの水面に波紋が広がる。

道端の小石が跳ねる。


「……何?」


ナラが顔を上げた。

南地区のメインストリート。その向こうから、土煙が上がっていた。


「エラーラ、お母様、あれは」


「……フム。質量反応、極大。魔力反応、計測不能。内燃機関の排気ガス濃度、上昇。……ナラ君。どうやら、ただごとではないぞ!」


土煙を切り裂いて現れたのは、車ではなかった。

戦車でもなかった。

それは、「走る要塞」だった。

全長15メートル。全幅10メートル。

巨大な2本のキャタピラが、アスファルトを粉砕しながら回転している。

車体は、鈍く輝く銀色の金属――ダンジョン深層産の希少金属「ヒヒイロカネ・アダマンタイト複合装甲」で覆われていた。

その表面は、対魔法コーティングにより鏡のように磨き上げられ、さらに、教会で最高ランクの聖別を受けた「絶対物理障壁」が、虹色の光を放っている。

動力部は、軍用戦車のV12魔導エンジンを4基直列に繋ぎ、さらに中央には高出力魔導炉心「ドラゴンの心臓」が埋め込まれている。

排気管からは黒煙と魔力の粒子が同時に噴き出し、大気を震わせていた。

そして、その前面には。

あらゆる障害物を慈悲なく粉砕するための、スパイク付きの巨大なドーザーブレードが装着されていた。

極め付けは、車体の側面に、白いペンキで達筆に書かれた文字。


『ホリデー(おやすみ)』


「な……なに、あれ……」


ナラが絶句する。

その怪物は、信号機が赤になると、金属音と共に律儀に停止した。

青になると、猛烈な黒煙を上げて発進した。

制限速度40キロの道路を、重量過多のため時速5キロで、しかし確実に「直進」してくる。

搭載された巨大スピーカーから、聞き覚えのある、震えるような低い声が響いた。


『……あ、あー。えー、近隣住民の皆様。おはようございます。南郵便局の窓口担当、ミラでございます』


その声は、いつものように腰が低く、恐縮しきっていた。


『あーーー。大変、大変申し訳ありません。ただいまより、私の私有車によるドライブを行います。運転技術が未熟なため、直進しかできません。直進です。進路上にある建物、電柱、および不法占拠された私有物は、物理的に平らになる恐れがございます。危険ですので、速やかに避難してください。朝早くからお騒がせして、本当に、本当に申し訳ありません……』


「ミ、ミラだとぉ!?」


ゴウダが目を剥いた。


「あいつ、ついに頭がおかしくなったのか!?俺の前にあんなふざけた重機で現れるとは!警察だよ!警察を呼べ!」


「そこの車両! 止まりなさい!」


通報を受けたパトカー3台が、サイレンを鳴らして『有給休暇』号の前に立ちはだかった。

警官が魔導拡声器で警告する。


「道路交通法違反、および整備不良だ!直ちにエンジンを切り、降りてきなさい!」


要塞が停止した。

スピーカーから、へこへこした声が聞こえる。


『申し訳ありません、おまわりさん。この車両は、陸運局の特殊車両申請を、解釈の余地を駆使して通しております。車幅、重量ともに、合法です。車検ステッカーも、ほら、ここにですよ』


「ふざけるな! 降りろと言っているんだ!」


『あの、降りられないんですよね。コクピットのハッチを、内側から溶接してしまいまして……。それに、ブレーキの効きがあまり良くなくて……。ああっ、足が滑った!……すみません!』


エンジンが唸りを上げた。

巨大な鉄の塊が、パトカーに向かって「直進」を開始した。


「ひぃッ!逃げろ!」


警官たちが飛び退く。

パトカー3台が、巨大なドーザーブレードの下に飲み込まれた。

それはまるで、空き缶をプレス機にかけるような光景だった。

鋼鉄が飴細工のようにひしゃげ、ガラスが砕け散る。


『あーーー!申し訳ありません!パトカーが……!でもご安心ください、対物賠償無制限に入っておりますので!保険屋さんに「戦車でパトカー踏んだ」と伝えていただければ!』


「う、撃てぇぇぇッ!」


パニックになった警官たちが、拳銃と魔導ライフルを一斉射撃する。


銃弾はアダマンタイト装甲に当たり、悲しい音を立てて弾かれた。

攻撃魔法が放たれるが、聖別された障壁に触れた瞬間、シュッ……と虚しく消滅した。


『ひぃっ!撃たないでください!これ、自腹でローン組んでるんです!あと、危ないので下がってください! 跳弾が当たりますよ!』


ミラは、自分を撃ってくる警官の安全を本気で心配しながら、アクセルをベタ踏みした。

要塞は、スクラップになったパトカーを乗り越え、進撃を再開した。


目指すは、この街の悪意の源泉。

郵便局のすぐ裏手にある、ゴウダ・クレイマーの自宅だ。

それは国有地を不法占拠し、違法建築で建て増しを繰り返した、悪趣味な豪邸だった。


「来るな! 来るなぁぁぁ!」


ゴウダが自宅のバルコニーで絶叫する。

彼はまだ、自分が「被害者」で、世の中が自分を守ってくれると信じていた。


「俺は上級国民だぞ!俺の家を壊したら、裁判で身ぐるみ剥いでやるからな!」


『ゴウダ様、おはようございますーーー。』


ミラの声は、窓口対応の時と同じく、丁寧で事務的だった。


『いつも窓口をご利用いただき、ありがとうございます。本日は、先日ご指摘いただいた「ミラの対応の悪さ」を改善すべく、ご自宅への訪問対応に参りました。ただ、車体が少々大きすぎて、玄関に入りきらない恐れがあります』


ドーザーブレードが、大理石の門柱に接触した。

爪楊枝のように折れた。


『大変恐縮ですが、リフォームさせていただきます』


「や、やめろぉぉぉッ!」


要塞が、ゴウダの自慢の庭園に突入した。

愛車の高級魔導車が、キャタピラの下で爆散する。

庭の彫像が粉砕される。


『あ、ゴウダ様。その建物は建築基準法第45条および国有地法に違反しております。よって、これは破壊ではなく、「行政執行代理のボランティア」となります。感謝していただく必要はございません。それでは、リビングにお邪魔します』


リビングの壁が、紙のように破れた。


「俺の家が……俺の財産が……!」


『申し訳ありません。あと少しで更地になりますので、騒音でご迷惑をおかけします』


5分後。

そこには、きれいに整地された平らな土地だけが残っていた。

ゴウダは、ゴミ捨て場の中で、生まれて初めて「言葉による暴力が一切通じない、圧倒的物理暴力」を目の当たりにし、泡を吹いて気絶した。


「とんでもないことになったわね……」


近くのビルの屋上で、その光景を見ていたナラが呟いた。

隣でエラーラが、興奮気味にタブレットを叩いている。


「すごいぞ、ナラ君!あの機体制御、神業だ!……あれは、単なる破壊衝動ではない。極めて理性的で、高度な技術に裏打ちされた『精密解体作業』だ!」


その時、空気を切り裂くローター音が響いた。

王都軍の武装ヘリ部隊と、魔導戦車隊が到着したのだ。


「こちら王都軍!貴様の破壊活動はテロと認定された!直ちに投降せよ!さもなくば殲滅する!」


軍の司令官が叫ぶ。

だが、ミラは止まらない。

次の目的地――南郵便局へ向かって、時速5キロで進んでいた。


『あ、軍の皆様、お勤めご苦労様です。ただいま、職場への出勤途中です。遅刻しそうなので、急いでいるんです。道を空けていただけると助かります。申し訳ありません』


「撃てぇッ!!」


対戦車ミサイル、魔導バズーカ、徹甲榴弾が、雨あられと降り注ぐ。

爆炎が要塞を包み込む。

だが、煙が晴れると、そこには傷一つない鏡面装甲が輝いていた。


『あの……すみません。流れ弾が近くの「喫茶店」に当たりそうでしたので、吸着魔法で回収させていただきました』


要塞のアームが、不発になったミサイルや弾頭を、まるでゴミ拾いのように丁寧に軍の足元に「お返し」した。


「ば、バカな……!ええい! こうなったら最終手段だ!『空間消滅砲』の使用を許可する!」


司令官が血走った目で叫ぶ。

それは、対象の空間そのものを削り取る、禁断の魔法兵器だった。

本来なら市街地で使ってはいけない。

だが、軍のメンツは丸潰れだ。彼らはなりふり構わず、巨大な砲門を要塞に向けた。


「消えろぉぉぉッ! 悪魔め!」


純白の光線が放たれた。

音すら置き去りにする、消滅の光。

ナラですら「あ、ヤバい」と思った、その瞬間。


『あら、危ない』


要塞から、ポヨン、という間の抜けた音がした。

前面のドーザーブレードが、変形した。

それは巨大な「グローブ」のような形状になり、消滅エネルギーを「ふんわりと」受け止めたのだ。


『衝撃吸収ゲル、および魔力中和フィールド、全開。……ふぅ。受け止めました』


ミラは、街を消滅させかねないエネルギーを、まるでキャッチボールの球のように優しく受け止め、そして。


『これ、危ないですから、お空に返しますね』


上空へ投げ返した。

光線は大気圏外へ飛び去り、美しい花火となって消えた。


「……は?」


司令官が膝から崩れ落ちた。

軍の最強兵器が、お手玉された。

いや、それ以前に、あの「申し訳ありません」と謝りながら全てを無効化する態度は何だ。

要塞は、呆然とする軍隊を尻目に、ついに最終目的地――南第3郵便局の正面に到達した。

中では、局長たちが青い顔をして震えている。

スピーカーから、今日一番の、丁寧で、そして恐ろしい声が響いた。


『局長、おはようございます。ミラです。本日は、退職届を提出しに参りました』


王都南第3郵便局。

そこは、かつてミラが20年間、来る日も来る日もクレーマーに頭を下げ、事なかれ主義の上司に摩耗させられ、自尊心をシュレッダーにかけられ続けた「心の監獄」だった。

今、その監獄が、物理的に解体されていた。


ホリデー号の巨大なドーザーブレードが、建物の柱をへし折る音は、まるで積年の怨嗟が歓喜の歌を歌っているように聞こえた。コンクリートが悲鳴を上げ、鉄骨が飴細工のように捻じ曲がる。

彼女は瓦礫の山となった元・職場の上で、巨大なキャタピラを回転させていた。


『これが私の「退職届」です。紙で提出すると、「受理できない」とか「紛失した」とか言ってシュレッダーにかけられる恐れがありましたので、建物ごとシュレッダーにかけることにしました。

これなら、物理的に職場が消滅しますので、受理せざるを得ませんよね?』


「ひぃぃぃッ!受理するからぁ!」


避難した局長が、瓦礫の陰で叫ぶ。


『ありがとうございます。あ、そこのATMと金庫。中にはお客様の大切な現金と、局長が裏帳簿をつけている隠し金庫が入っているので、傷つけずに道路脇に避難させておきますね。私、横領はしませんので。ただの退職ですので』


ミラは、車体から伸びた精密マニュピレーターで、数トンある金庫を卵でも扱うように優しくつまみ上げ、歩道の安全な場所にそっと置いた。

「どうぞ」と言わんばかりの丁寧な仕事ぶりだ。

その光景を見ていたナラは、近くのビルの屋上で、ポカーンと口を開けていた。


「……丁寧ね。育ちの良さを感じるわ」


隣でエラーラが、震える手でタブレットを操作している。


「いやいやいやいや。……計測不能だよ……。あの重機、建物の構造力学を完全に把握している。これは破壊ではない。これは……芸術だ!」

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