プロローグ〜イドラの書第十五章二十五節〜
I.イコンは帝国の迫害を逃れ、アネッロの古代遺跡に辿り着いた。彼女の周りには二十四人の信徒と十二人の女中、六人の作曲家、三人の仕立て人、そして、たった一人の司祭がいた。身に纏う麻の布は焼き討ちの炎で黒く染まり、同胞たちの灰が風と共に宙を舞い、曇天と重なって見えなくなる。信徒は狼狽し、女中は咽び泣き、演奏家は楽器を落として、仕立て人は空を見上げる。そして、司祭は沈黙する。
II.信徒はイコンを責め立てた。「あなたの進言はかの王には届いていなかった。それどころか、あなたの進言はかの王の怒りを買い、彼は野うさぎを炙り出すかのように我々の家を焼き払うことを命じた。あなた、我らが救世の主よ、あなたの言葉は我々を苦しめるためにあるのか、あなたの振る舞いは我々を陥れるためにあるのか、あなたの姿は我々を惑わすためにあるのか、あなた、イドラより遣わされた無垢なる赤子、純潔の幼女、知恵ある少女よ、あなたの祈りは誰がためにあるのか」。イコンは答える。「ただ、イドラのために」と。そして、自らの不敬を恥じた信徒は、右手の拳を左手で包み込み、静かに祈りを捧げる。
Ⅲ.女中は膝をつき、イコンの足元に縋った。「わたしたちは仕えるべき主人を失いました。あなたの言葉を信じた主人は、あなたの代わりに焼き殺されました。ああ、忘れることなどできるはずがありません。鉄の柱に縛り付けられ、灼熱の烈火に全身を焼かれ、稲妻のごとき叫びを上げるわたしたちの主人を。わたしたちの主人は、あなたの代わりに死んだのです。ああ、あなた、かつてのわたしたち、かつての同胞よ、あなたこそが、わたしたちの新しい主人なのですか」。イコンは答える。「仕えるべき主人は、不滅のイドラのみ。鉄柱の偶像に、烈火のごとき讃美歌を」と。そして、女中は感極まって立ち上がり、主人を讃える詩を紡ぐ。
Ⅳ.作曲家は耳を塞ぎ、嘆きの声をイコンへぶつけた。「おお! あなた、我らが奏者よ! 私たちの耳にはもはやあなたの声など聞こえない! 逃げ惑う民衆の悲鳴、汗ばむ家畜の狂気に満ちた跫音、崩れた民家すら蝕む炎のゆらぎ、おお! なんという不協和音! あなた、地獄の指揮者よ! あなたの耳には何が聞こえるのか! 私たちの耳は何を聞けばよいのか! いや、もはや私たちの耳など使い物にならない! あなたの耳に頼るほかない! あなた、イドラの耳を持つ者よ!」イコンは答える。「汝、自身の音を聴け」と。そして、作曲家は歓喜の涙を流しながら、楽器を拾い上げ、己がために曲を作る。
Ⅴ.仕立て人は引き攣った顔でイコンを見た。「あなた、寒がりの子よ、私たちにはもう、暖をとる術がない。炎は全て、かの王の膝上に。あなた、純白を纏う子よ、私たちの身体はもう、煤にまみれて洗い落とせない。乳は全て、かの王の胸元に。あなた、黄金を被る子よ、私たちの髪にはもう、色彩は宿らない。花は全て、かの王の冠に。あなた、素足を履く子よ、私たちの道はもう、故郷には続かない。靴は全て、かの王の足先に。あなた、献上の子よ、私たちにはもう、捧げるものが何もない。あなたにはもう、与える物が何もない。イドラに、かの王に」。イコンは答える。「捧げる物がある。与えるものがある。イドラに、かの王に」と。そして、仕立て人は微笑み、自らの布を引きちぎり、イコンの髪に結びつける。
Ⅵ.司祭はイコンの手を取り、沈黙を破った。「詩が紡がれ、旋律が並べられ、花が添えられた。あなた、我らがイコン、舞台は整った」。司祭は彼女の手を引いて石造りの壇上へと昇っていく。信徒は壇上を囲み、敬虔な祈りを捧げる。女中はイコンの背後に整列し、胸の前で両掌を重ねる。作曲家は楽器を掲げて壇上の端に立ち、仕立て人は遺跡の柱に寄りかかる。司祭は壇上から降りて、信徒の前に立ち、こう言った。「イドラが顕現する。イドラが降臨する。イドラが詠唱される。見よ、これこそが、我らが偶像である」と。
Ⅶ.イコンの双眸には光り輝く円環が宿る。彼女の声は大地を揺らし、空を割り、風に乗って烈火の都市へと響き渡る。ああ、イコン、あなたの声はかの王に届き、御心すらも変えたのだ。曇天は二つに分かれて散り散りになり、光輪が彼女の頭上に現れる。司祭は再び信徒の方へ振り返り、こう言った。「イドラが顕現した。イドラが降臨した。イドラが詠唱された。見よ、これこそが、我らが偶像である」と。




