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グレゴリオ  作者: abso流斗
自己催眠は人間を猫化出来るか?
5/16

生き恥とは死ぬことと見つけたり





「先日のサボタージュは致命的重罪に当たると判断しております」

「……はい」

「次回以降は手鎖を使用する事も通達済みのはず」

「…………はい」

俺は連行されていた。


朝、家の前、玄関を開けた瞬間に、目の前が暗くなった。

麻酔入りずた袋を被されたのだ、と気付いた時には……すでに校庭に運び込まれていた。

「雷撃作戦、成功です」

そこには冷たく俺を見下す武者小路のバカ野郎の姿があった……。


「そこまでして、俺を補習に出させる意味を知りたい」

俺は腰縄を引かれ、よろよろと歩きながらこの異様に仕事熱心のバカ天才に尋ねた。

「一言。それは私の義務」

きらりん、と眼鏡が光った。

あぅぅぅぅ……。

涙にかすむ俺の目の端に…………不吉な影がよぎる!

それは災厄の象徴! 不幸の元凶! コントロール不可能な最悪の運命の担い手だった!


「ばか! 武者小路! 紐離せっ! さもなきゃ!腰縄ほどけ!」

「いかなる突発的な事情で? ですから……事前に文書で通告してあるはずです。排泄行為は出立の前に終了……」

「タコ! そうじゃねぇ! 生命の危機だっ!」



「あらぁ。素敵なファッションですぅ」

現れたのは、引かせ、の女王。 真智子のま、は魔境のま。

「チープな腰縄がなかなか江戸時代の地下牢チックでごーいすーぅ」

「私の見立てをご理解いただけるとは……なかなかお目が高い。くくく」

おまえら……。遊んでるだろ?

お・れ・で!!遊んでるだろっ!!

「ああそうそう。今日乃々子ちゃんも来てるからぁ~後で遊びに来てねぇ。あきもっちゃぁん」

誰が行くか。

「乃々子猫も待ってるからねぇ」

「はよ部活いけ!!」


にこやかに手を振って去っていく真智子を見て、武者小路が呟く。


「理解不能のフレーズが混ざっておりましたが……のの……子猫…………?」

「考えるな」

「考察は私の趣味です」

「知らない方がいい事もあるぞ」

「mistake。ありません」

「理解出来ない方がいい事もあるって。きっと」

「……………………」


お、なんだ。黙るな。

お前……時々黙るな。



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よいしょ。

ここまでわざと音立てて運んできたんだ。ダミーとして十分役立った。

俺はトイレの前でどん、と大きな音を立て、腰縄でつながれている机をフロアに叩きつけるように置いた。

あまり時間はないはず。

小用にかかる分以上の時間、戻らんと……バカ天才め。気付くからな。

しかし、こういう事に気付かないのはちょっと不思議だ。

俺はポケットから取り出したカッターで、一瞬にして腰縄を断ち切った!

家から準備して持ってくる、と言う事を予測していないのだろうか?

まだ何重もの罠がある可能性もあるか……気を付けないと…………。


ふぅ……。

さて、ふふふ。自由の身。

補習に戻るなんてまっぴらだが……どうしよう。乃々子の所に行って……きちんと説明するか……。う~ん……?



ちゃんと説明しないと……精神的な病気とか、事故とかにつながる事になるかもしれない……。

うん。その説明は……真智子から、と言うよりは俺からの方がいいかもしれない。

あの魔女は何すっかわかんない。

まぁ、望んでそうなっているのなら、何も言う事はないけど。

じゃれつく相手を間違えると……なんか大変なことになってしまいそうな気もするし。

うん。その辺を説明……。


「不用意ですね」

「ん……んんぅ?!」

「断ち切ったのならば、迅速に移動するのがセオリーです。そうでなければ……」

武者小路のバカは腕組んで考え込んでいた俺の目の前で仁王立ちしている。

「そうでなければ、秋元氏の襟に接着済みの発信器の必要性が激しく減少してしまうではありませんか」

にたり、と気持ちがいいほど、気味の悪い笑顔を浮かべ、武者小路は微笑んだ。


そうか……それが使いたかったのかぁ…………。

泳がされていたのねぇぇぇぇ。



xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx




まぁ、今日は何事もない、と思っていた。

どうせここで半拉致状態で補習だ。

ここを動く事も出来ないだろうし。

今日でなくてもいいや、そんな弛緩した気持ちでいた事は否めない。

ただ、災厄の起こり方、というものに俺は無知だった。

それは。

巻き込まれに行かなければ、向こうから巻き込みにやってくる。




「あらぁ、勉強してるざんすぅ」

がたっ、と立ち上がる俺。腰縄がピン、と伸びる。

「邪魔だから帰ろうよぅ。真智子ちゃん。副部長なんだからぁ。部活やろうよ、ね」

その後から乃々子が及び腰で入ってくる。俺とは目線を合わせようとはしない。

じゃ、入ってくんなよ。


「何しに来た?」

「いやん、遊びに来てくれるって言ったのにぃ」

「遊ばれに行く余裕はない! 見ろこの腰縄を!」

「犬のようですねぇ、猫の乃々子ちゃんとお似合いっ」

「いいからぁ……そんな事ぉ」

乃々子は相変わらず、毛糸の帽子をかぶっている。

と言う事は……まだ、あの魔法は解けていない…………と言う事か。

「ま、とにかく……今日はここにいなくちゃ、だから」

「緊急の用件があるのでしたらご存分に」

「むしゃ!」

どうしてお前は! そう、俺の味方をしないかなぁ!

「どれだけの神経を使って! 俺がこの災厄の女王から逃れようとしているのか! お前にはちっとも! ちっとも判っていない!」

泣くぞ。もう。

「捗らぬ補習など砂を噛む味気なさ。たまには余興が必要かと」

「お前の余興の為に俺が命を張る理由がどこにある?」


「こちらのお方はぁ?」

「……武者小路。この補習の教師代わり。あの魔法陣を書きやがったバカ野郎だ」

「んまぁぁぁ!!」

真智子の目がぎらんぎらんと輝きだした!

う! いらん事言ったか?!

「まぁまぁ! あの魔法陣の! どうも、いつもお世話になっておりますぅ」

「いか様にもお世話した覚えはありませんが、お役に立っていれば何より」

「あれは失敗作ゆえ、近日中に消去予定ですが」

「失敗作などとおぉんでもなあぁい。十分、活用させて頂いておりますぅ」

「ほう、いかにして?」

武者小路のバカ野郎の目がぎらん、と光る。


悪寒で背筋がそそけだつ。

俺は……合わせては行けない運命の二人を引き合わせてしまったのではないだろうか?


「いいから! はい、もう行けよどこにでも。勉学の邪魔だよなぁ! 武者小路クン!」

「使用用途が気になりますね。ふふふ」

ダメだ。わかっちゃいたけど聞いちゃいねェ。

ならば……答えは一つしかない。


俺の魂の奥底から語りかけてくる誰かが……ここから逃げろ! と絶叫していた。

その言葉を疑う気はなかった。


「好きなだけお二人でどうぞ。私は命が惜しい」

「あらぁ……居てくださらないとぉ……貴重なモルモットとしてぇ」

「命が危ないのにいられるかっ!」

「イイのですかぁ……そんな事言って?」

ぎく。

「私に逆らうとぉ…………大変な事が起こるのですよぅ……ぐふふふ…………学習機能が壊れてますねぇ……」

「うっ! その、その棒はっ」

真智子が手にしていたそのチープな棒っ切れは!

「マジカル真智子のアメージング!グラシアスティックですわん」

「どういうネーミングだ」

「使い方はご存じ」

うぅぅっっっっ!

ここでか?!

武者小路のバカ野郎の……目・の・前・で・かはっ…………!!

真智子は乃々子の毛糸の帽子をぽん、と取り、一声叫んだ。


「チェ~ンジ! 乃々子ちゃん! ベッタベタもーどぉぅ~~!」

きらきらきらきらんんんん。

「にゃぅぅん~~!」



次の瞬間、にゃぁぁぁぁ!!と叫びながら、飛びついてきたのは……。


猫化した乃々子だった。


意識が完全にホワイトアウト………………した………………。






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俺は机と猫乃々子を抱えて走った。

走った。

走った。

走った。

走り抜いた。

羞恥心を振り切るように。

こぼれ落ちそうな涙を振り切る様に。


ひぃぃぃ。武者小路に見られたぁ。

忘れたいぃぃぃぃぃ。

涙を流し続け……走り続けた。

頭が空っぽになるまで。

自分にそんな怪力があるとは知らなかった。

人間死ぬ気になれば何でも出来る。

それは羞恥心に追いつめられても同じだ。



気が付いたら屋上……天文部の部室。

荒い息をせわしなく吐いてる音が聞こえる。

俺だった。

机をドン、と置くと倒れ込んだ。

「にゃああ」

猫乃々子が覗き込んでくる。


「なんで俺のとこにじゃれついてくるんだよぅ」

別にじゃれついてさえ来なければ……無理か。どう言いつくろえば……。

俺にはまったく想像つかなかった。

はぁぁぁぁ。負けてる。悪の魔法使いに。


のどをごろごろと鳴らし、壁際にへたり込んでいる俺に擦り寄ってくる。

頭を撫でなでしてやると、うれしげに目を細めるのはこの間と同じだった。

よ、歓んでしまう自分が哀しいぃぃぃぃ。


催眠術で乃々子を操る真智子! そして!ベタベタの猫耳キャラに変身していく乃々子攻撃!

がふぅっっっ!! 

ツボに直撃! ピンポイントアタック!!

くぅっっ! ツ、ツボだっ! そこはツボなんだっ!

くそう……悪い魔法使いめ……ま、負けない! 

負けないぞ、俺わはっ!


「光栄と言えば……光栄なんだけどね」

「可愛いし」

「にゃぁぁぁ」

膝上に乗りかかってくる猫乃々子の重みが心地よい。


ふぅ。

どうしたもんかなぁ。

一つだけはっきりしている事もある。

真智子を頼るのは自殺行為以外の何物でもない。

それだけは決心していた。


有る意味、覚悟を決める必要があると言う事か……。

こうなりゃ、ヤケ。

直るまで付き合ってやろう。

と言うか、どうすれば直るんだこれ?


さあ、しょうがねぇ。猫乃々子と遊ぶかな。

そうと決めれば、だんだんそれが楽しみになって来た自分に驚く。

部室の中をごそごそとあさると、いろんなものが見つかった。

ピンポン球を見つけた。

猫じゃらしに使えそうな釣り竿の先だけ、と言うのを見つけた。

少しづつ、少しづつ。

楽しみが増えていく。


「こーしてればかーいいのになぁ」

すりすり。

ごろごろ。

猫乃々子も嬉しげに目を細め、俺の伸ばした指先にすり寄ってくる。


あぐらをかく俺の両膝にぴったりと身をすり寄せる様に手足を縮こまらせている乃々子は本当に猫になりきっている。

目の前の床に弾ませたオレンジ色のピンポン球を猫チョップで弾こうと、さっきから何度も手を出している。

俺は弾かれない様に、タイミングを見計らい、虚をつく様に油断した隙に弾ませる。

「にゃにゃん!」

空振りした手を構え、頭上からピンポン玉が降ってくるタイミングを待つ。

その盲目的集中力。猫科の動物特有の能力。本当に猫なんだな。オイ。

いくぞ、と見せかけて投げない。

気配を感じ、乃々子の手がぴく、と動く。

その虚をついて! ピンポン球を乃々子の目の前に弾ませる!

「にゃぅっっっ!」

素早く伸ばされた猫パンチをかいくぐって、ピンポン球はまた俺の手の中に戻ってくる。

「むふふふふ」

「にゃぅにゃぁぁ!!」

猫語で悔しがる乃々子。

そんなばからしいやりとりで時間をつぶす。


部室で偶然手に入れた物に、それはあった。

持ち手の所に天使のレリーフが浮かび上がる小さな鈴。

大きな鐘の仕組みをそのまま小さくした様な、所々メッキのはげた金色の小さな鐘。

それはふるふると揺らすとりんりん、と澄んだ音で鳴った。

乃々子はその音が好きな様だった。

耳元で鳴らしてやると、喉を満足げに鳴らし、少しずつくたり、と床に寝そべっていく。

さすが猫。すぐ眠くなる様だった。

しかし、その単調な音は俺自身にもなんとなく眠気をもたらす。

りんりん。りんりん。

結構疲れるこの所の日常に、こんな静謐な時間はあまりなかった。

それに膝にすり寄っている乃々子の体温は……暖かい。

思わずうとうとと仕掛けると、音が止まった事に気付いた乃々子が、振り返り見上げてくる。

「にゃ?」

その瞳には、もっとやって、と書いてある。

「催促かよ。眠くなっちまうよ。俺も。寝てもいいッスか?」

「…………にゃぁぁ」

猫乃々子は首を元に戻し、揃えた掌の上に頬を当て、目を閉じる。

その顔はとてもリラックスしていて……心から安心しているかの様に見えた。


後何回か鳴らしたのは……おぼろげながら憶えている……。

が、小さな鐘を握る手が、時折鳴らしているその音が、だんだん遠くなっていく。

鐘を鳴らしている手に力を入れているのかどうかすらぼやけて定かではなく……おとがとおざか……る…………。




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「ん……?…………おう!!」

はっ、と気付くと……うわ……かなりの時間が経っていた。

ふんがー。

熟睡しちまった。一瞬だけでも。やべぇ。

あんまり気持ちよかったから……ん?

一瞬じゃない……。

時計を見ると、もう夕暮れが近い時間となっていた。


もうすでに鐘が鳴ってる時間を過ぎている。

ならば、鐘の音を聞いて乃々子は元に戻ったのだろう。

もう、どこにも姿が見えなかった。


一人きりで居る、部室は寂しいだけだ。

なんの音もないのがまた。

「よっこいせ!」

わざと声にしてみる。

でも、それだけだ。


出て行こうとして、机の上に手紙が乗っているのに気付いた。

四つに折りたたんだコピー用紙。

一番その上にこう書いてあった。

“勇者アリマ 様へ”

勇者って……あんなマジカル真智子のヨタ話……。


俺はその紙を広げていった。




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ご迷惑おかけしてすいません。

あの時の事は後で真智子ちゃんから聞きました。

催眠術で意識が変わっていた私を見ててくれたのだそうで……。

投げ飛ばしてしまって本当に申し訳ありません。

つい、手が出てしまうのは……絶対直したいくせなのですが…………小さい頃から男兄弟に混ざってやらされてきた事なので、つい…………。考えるよりも先に……。

がさつでごめんね。

真智子ちゃんはもう、誰も止められないから。

好きな様にやらせるしかないと思います。

飽きっぽいから大丈夫ですきっと。

責任感も強い人だから、後で何とかするんじゃないかと思っています。

なんか、うまく書けませんけど、真智子ちゃんばかりでなく、私も少しだけ、夢が叶った様な気がします。

なんの事か、わからないでしょうけど。


ちょっとだけ憧れていた事が出来て…………嬉しかったです。

もうなるべく真智子ちゃんを近づけない様に努力します。

難しいですけど。


すいません。先に帰ります。

ありがとうございました。


勇者アリマ 様

         乃々子



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うまい手紙ではない。

書き慣れた手紙の様には見えない。

でも、必要な事は伝わった。

もう怒っていない、と言う事と、

誰かが真智子を止めなきゃいけない、と言う事だ。


ガッツ。






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