第二話
誤字脱字等、ご容赦ください。
これは先月の話です。私は友達と一緒に旅行を計画していました。せっかくの夏休みなのだから、夏らしいところに行きたいということで海に行く予定だったんです。でも、旅行を計画するのがちょっと遅かったせいもあり、海の近くのホテルや旅館などはどこも予約がいっぱいで……。ようやく見つけた旅館は少し坂を上らないといけないところにあって、ちょっと不便な旅館だったんですが、レビューを見る限り坂を上らないといけないのが面倒だということ以外に悪いことは書かれていなかったし、総合評価も星4.6とかなりの評価だったのでそこに決めたんです。……今思えば、もう少し苦労してでも、もっとましな旅館を探すべきでした。
その旅館に予約の連絡を入れると、真っ先に聞こえてきたのは何かの泣き声でした。でも、旅館の人は全く気にせず手続きを進めようとするので、気になって聞いたんです。「後ろで聞こえる泣き声ってなんですか?」って。そうしたら旅館の人は「鹿の鳴き声です」と。あとで調べたんですけど、鹿の鳴き声って人間の泣き声にそっくりなんですね。……話を戻しますね。予約の手続きが完了すると、旅館の方から注意として、「夜八時以降は外を出歩かないように」と言われました。まあ確かにあの旅館がある場所はお世辞にも都会的とは言えないですから、街頭やコンビニなどもあまりなく夜は真っ暗になってしまうんです。そうなると、誰が潜んでいるかとかもわかりませんから、なるべく危ないことはしないでくださいねという旅館からの注意だと思っていました。
予約していた当日、旅館に赴くと写真で見た以上に神秘的な場所でした。周りが緑に囲まれているせいもあり、ちょっと坂を上った程度であんな秘境じみたところに泊まれるなんてラッキーだなと思っていたんです。私たちを出迎えてくれたのは旅館の女将でした。かなり大きい旅館なのに、わざわざ女将が出迎えてくれるなんて、もしかして今日は暇なのかなと。私の予想通り、下駄箱には靴が入っておらず、お土産エリアや食堂などにも客の姿はありませんでした。女将さんが私たちの部屋へと案内してくれる間、聞いてみたんです。「他のお客さんって今日はいないんですか?」って。女将さんは「はい。明日からはかなりのお客様がいらっしゃるのですが、本日はまだ平日ですから」と。忘れていたんですが、その日は金曜日でした。仕事終わりにそのまま友人たちと駅で集合して、旅館に向かって出発したんです。着替えなどはスーツケースに詰め込んで荷物はそれきりで。旅館に着いた時にはすっかり日が暮れて、時刻は七時になっていました。
部屋へ荷物を置き、女将さんの案内でそのまま温泉へと向かいました。ここには露天風呂があり、草木の隙間から海が見られるらしく、時間が合えば日が沈むさまも見られるとのことで、知る人ぞ知る絶景スポットと謳われていました。その謳い文句にたがわぬ景色で……。もうすっかり夜になっていたので夕暮れは見られなかったんですけど、その代わり星と月がよく見えました。あたりは街灯もなく真っ暗な中、月と星の明かりだけが当たりを照らしているという景色に私は感動していました。当時は月が満月に近かったこともあり、月明かりはかなり強く、街灯がなくとも夜道を歩ける程度には明るかったかなと。そうして温泉につかりながら、空や星が反射する海を眺めていたんです。すると、海の中から何かが出て来たんです。おそらく人のようなものだとは思うんですが、いかんせん遠かったものですから。現地の素潜り漁師の方かなと。それはゆっくりと歩いてこちらに近づいてきました。こんな遅くまで仕事だなんて大変だなと、のんきに眺めていると、その人と目があいました。
私はとっさに目をそらしました。いくら夜で珍しいとはいえ、人のことをあまりじろじろ見るのは良くないじゃないですか。相手に感づかれたりしたらちょっと面倒だなと思って、パッと空を見上げたんです。でも、周りに友人もいましたから、いつまでも空を見上げるのも不思議がられるので、ちょっとした伸びをしたフリ程度ですぐ目線を元に戻したんです。その人はいなくなってました。坂を上がってくる時の歩く速さから考えると、いきなり走り出したのかなと。まあ私からすればさっきの人は不気味以外の何物でもなかったので姿が無くなってありがたかったんですけどね。その人が見えなくなってから少しして、女将さんが「今日は少々早いですが、外を出歩くのはおやめください」って言いに来たんです。時間を聞いてみるとまだ七時半ほどで。何かあったのかと聞いてみると、「今日は早めにおあがりになったから」とのことで。何が早めに上がってきたのかは教えてくれませんでした。
体をふき、旅館の浴衣に着替えて部屋に戻ると、豪勢な食事が私たちを待っていました。ご当地物の有名な海の幸や山の幸がふんだんに使われた料理で、非常に満足する味と量でした。ただ、食事中なぜか廊下が非常に騒がしかったんですよね。私たちが泊まっている部屋は二階への階段の近くの部屋だったんですが、何やら何度もバタバタと旅館の方が一階と二階を行き来しているようでして。訳を聞くと「大事なお客様なんです」って。その時はもしかすると有名な俳優さんとかが泊まりに来ているのかなと思って、友人たちと誰が泊まりに来ているか予想し合ったんです。……結果、誰の予想も当たらなかったんですけど。その日の夜はあの時聞いた鹿の鳴き声がとてもうるさくてあまり寝られなかったのを覚えています。
翌日、朝食をいただいた後、私たちは早速海に出かけました。昨日遊べなかった分遊び倒そうと楽しみにしていたんです。女将さんに行先を告げると「右側の岩場は変に深いところがあるので、十分お気を付けください」と助言してくれました。女将さんへのあいさつも済ませて早速玄関から出ようと自分の靴をしまっていた下駄箱を見た時、変だなと思ったんです。靴が増えてませんでした。昨日大事なお客様が来たって言っていたはずなのに、もう靴がないだなんてずいぶん忙しい方なのかなとその時は思いました。もしかすると朝早い時間から近くで映画かドラマの撮影でもしてるんじゃないか、もしそうならちょっと見学でもさせてもらおうかなと、その時は陽気にそう考えていました。
浜辺へと出ると、かなり大勢の人が海水浴を楽しんでいました。浅瀬にはたくさんの人が泳いでいたんですが、女将さんが言っていた通り、右奥の岩場には誰もいませんでした。でも、砂浜ですら誰もいなかったんです。別の所では子供たちが狭そうにしながら砂のお城を作っているのに、あそこはガラガラでした。女将さんが言うには危険は海の中のはずなんですが、みんな過度にそれを避けているように感じて。それが余計に不気味で、私たちも岩場を避けることにしたんです。砂浜で寝転がって肌を焼こうとしてみたり、海で浮き輪を使って浮いたり、泳いで遊んだりして、そろそろお昼ご飯を食べようかという時間になりました。そこには大きな海の家がありまして、大勢の客でにぎわっていました。ちょうどお昼時ということもあり、かなり混んでいたんですが、ようやく席に座ることが出来まして。焼きそばなりそれらしいものを頼んだんです。注文した料理を待っている間、近くに座っていた人の話し声が聞こえてきました。……「あの岩場って本当に危険なのか?」っていう話をしていました。……私はあの人たちの気持ちもなんとなくわかるんです。浜は人でごった返して手狭になっていましたから。せっかく海に来たのに窮屈な思いをするのは嫌ですしね。それに、危ないのは海だけで砂浜は安全なはずです。彼らは食事の後、その岩場を目指すつもりのようでした。
食事を終えた私は友人たちと別行動をとることにしました。あの岩場へと向かった彼らがどうしても気になったんです。二人の友人はもうひと泳ぎしてくるとのことだったので、少し暇だったんです。海の家を出て岩場の方へと向かうと、あの時岩場へ行くと言っていた人たちがいました。彼らはパラソルを立て、砂浜でボール遊びをしているようで、特に危険なようには見えませんでした。私は彼らの邪魔にならないよう、他の人がいるぎりぎりのところで海に入り、彼らの様子を窺っていました。彼らは四人ほどのグループで、砂浜に大きな城を作っていましたが、完成させたことにより暇になったようで、ついに彼らのうちの一人が岩場近くの海へと足を入れました。遠目で浅瀬だろうと思っていた部分からすでに深くなっているようで、一歩踏み出した途端、一気に体が沈みました。彼らは大層驚いていましたが、海へと沈んだ人が無事に浮かび上がってきたのでなんとか事なきを得たようでした。
彼の経験により、残りの三人もそれぞれ海へと入り、あの四人は皆海の中で遊び始めました。周りに人がいないことが幸いし、とても自由に遊んでいたようでした。ですが、そのうちの一人が動かなくなっていたんです。必死に岩にしがみついて何かにあらがっているように見えました。顔は真っ青になっており、全身からは冷や汗を流していました。私はこの時点で何か良くないことが起こっていることを察し、急いでライフセーバーを呼びに行ったんです。少し離れたところにいるライフセーバーに事情を説明すると「様子を見てきます」と言って彼らの方へと向かっていきました。セーバーが助けに行ったのだからこれで問題ないだろう。そう思っていたのですが、どうにも気になってしまって。後から追いかけたんです。
セーバーは岩場前の砂浜に立っていました。いつの間にかあの岩場の近くの海に入っていた彼ら全員が同じように、岩にしがみついて助けを求めていました。けれど、セーバーは一歩も動きません。全く彼らを助けようとはしないんです。それどころか応援を呼ぶ気配もなく、ただ溺れるのを待っているような気がして。私、話しかけたんです。「どうして助けないんですか?」って。そうしたら、「もう手遅れです」とだけ。何が手遅れなのかは全く教えてくれませんでした。……私が助けに行けるのならそれでもよかったのですが、泳げないもので。まあ、泳げたとしても絶対に泳ぎたくはないですが。……見えたんです。彼らの足を引っ張ってる何かが。海の中に腕が見えて、それが彼らの腰回りをしっかりとつかんでいました。これがセーバーの人が「手遅れ」だといった原因でしょう。
結局助けることもできず、彼らは海の底へ引き込まれていきました。セーバーの人はすでに持ち場に戻っており、それを見届けたのは私ひとりでした。彼らが沈められてから二分ほどでしょうか、彼らが身に着けていた水着などが浮かび上がってきたんです。それと同時に、何か黒くて丸いものも浮いてきました。それは目の下まで海から出して、こちらを見つめていたんです。……私には見覚えがありました。前日、露天風呂に入っていた時目が合ったあの人だったんです。もはや人と言っていいのかよくわからないですが。……それはじっと私を見つめていました。そして、口まで出して「お前のせいだ」って言ってきたんです。私が何か反応を示す前にそれは海に沈んでいきました。私は少しの間、ぼうっとしていましたが、海から上がった友人に声をかけられ意識を取り戻しました。あの岩場にはまだ彼らの水着が浮いていました。
その夜、露天風呂に使っているとまたあの海から誰かが上がってくるんです。全身真っ黒で人型の何かが。それはまたゆっくりと坂を上ってこちらへと近づいてくるんです。私は背を向けました。絶対に見てはいけない、そう思ったんです。次、目を合わせれば水の中に引き込まれるのは私かもしれない。「お前のせいだ」という言葉がずっと引っ掛かっていました。……その日の夜も、二階の部屋は遅くまで忙しくしていました。翌日、女将さんに聞いてみたんです。あの黒いものは何かと。とある昔話を教えてくれました。ある時人の魚を盗んだ漁師が隠れるため、あの岩場に身を潜めたことがありました。しかし、彼は岩場で足を滑らせて頭を打ち、意識を失って海へ落ちてしまったのです。誰にも助けられることなくそのまま死んだ漁師は逆恨みのまま幽霊と化し、今でもあの場で八つ当たりの対象を引きずり込んでいると……。女将さんが言うには地縛霊的な物らしく、近づかなければ害はないとか。……なら、どうして私の家の風呂場でもあの泣き声と、「お前のせいだ」という声が聞こえるんでしょうね。
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