第十三話
13。……13という数字は縁起が悪いと言われている。キリストの死の原因となった『裏切り者のユダ』。彼は『最後の晩餐』において、十三番目の席についていたため、不吉を関連付けられたようだ。日本においても、陰陽道において13は忌避されていたという歴史を持つ。……何はともあれ、13という数字は縁起が悪い。これは社会常識とほぼ遜色ないといってよく、現在においても『十三日の金曜日』と聞けば嫌な印象を受ける人がほとんどだろう。
俺、浅田は興読社という出版会社に勤めている。先月まで、我が社一番の売れ筋である『月刊ミステリア』において俺が考えたコーナー、『人の家の箪笥を勝手に開けてはいけない。中に髑髏が入っているかもしれないから』という読者から募った少し短いホラーな話を掲載していた。思いのほか反響は良く、今までの社内の売り上げを更新できた。そのため、編集長から『第十三話』として、講評を書くように頼まれた。原稿はすでに終えている。これはただの日記だ。……原稿を書き始めてから、俺の身近で起こり始めた怪奇現象についての。
第一話目の取材を終えた後、掲載が決まったことを連絡したが、その青年は失踪してしまったようだった。一応母親に用件を伝え、連絡を済ませる。すると、それを待っていたように事務所の扉が叩かれた。俺は客人かと思い出迎えたが、そこに人影はなかった。あったのはただ一つ、小さな段ボールだけ。差出人の名前はあの青年だった。どうやらいなくなる前にここに向けて荷物を発送していたようだ。中には古びたビデオテープと、ビデオデッキ一式が入っていた。まるで『このビデオを再生してみろ』とでも言わんばかりだ。
事務所内には誰もいない。他の者は印刷業者と会談中で、俺は留守番のために残っていた。だから、休憩がてらにそのビデオを見ようと思ったのだ。ちょうど事務所の角に置かれていた古いブラウン管テレビに、ビデをデッキを接続する。反応は悪いが、何とか接続できた。中にビデオを差し込むと、少しの砂嵐の後、とある映像が流れ始めた。ある二つの家族の、ピクニックの風景……。俺は急いでテレビの電源を切り、デッキからテープを取り出す。これが、あの青年の友人と青年自身を失踪させたビデオテープに違いない。何故送り付けて来たのかはわからないが、これは見るべきものではない。テープをその場に置き、俺はトイレに行くため、席を立った。
用を足し、部屋へと戻ると何やら異音がする。音の出所はテレビだった。なぜか砂嵐を映している。部屋を出る前に、電源を切ったはずなのに。そう思っていると、砂嵐がやみ、あの映像が始まった。二つの家族、その後ろに並ぶ、その他大勢。一番近くにはあの青年の顔があった。俺は急いでテレビに飛びつき、電源ボタンを押す。最後に画面を見た時、彼がこちらに手を伸ばしているように見えた。
後日、俺はそのビデオをお祓いに出した。お祓いを担当してくれた神主はあのビデオテープを見た途端、血相を変えていた。どうやら相当危険なものだったようだが、お祓いは滞りなく終わったとのことだ。……その場でビデオテープは焼かれていた。それを見届けているとき、数多の人間の苦痛の叫び声が聞こえたような気がした。
第二話目の取材を終えた後、また連絡をしたが当人は死んでいた。ちょうどその日、話に出ていた友人が彼女の死体を見つけたようだ。狭いバスタブの中で溺死していたようで、両手足には何かに強く掴まれたような痣が残っていたらしい。……このコーナーを担当してから、身の回りで人が死にすぎている。第三話目を話してくれた伊藤はすでに死んでいるし、第四話目の倉谷も『月刊ミステリア』の七月号、彼の話が載った号が発売された三日後、東京湾で溺死しているのが発見された。家族の話では『彼は海や川などを嫌っていた。そんなところに行く理由はない』とのことで、防犯カメラなどを見ても彼がどうやって東京湾に沈んだのかわからないそうだ。……怪談というのは話しているだけで霊を呼ぶことになるらしい。そうなれば何かしら霊障が起きることも不思議ではなく、彼らもそれに見舞われてしまい、その影響が俺にも及んでいるということか。……その中で唯一と言っていい無被害は第五話目だろう。あれは何者かの怒りを買ったものに与えられた罰だ。ただ話を書き留めただけの俺には何の関係もない。……きっと、工事中の現場から目の前に鉄骨が落ちてきたことも、偶然だろう。そうに違いない。
第六話目の後、俺は連絡を取ることをやめていた。電話を取るたびに人が死ぬ話を聞く羽目になっていれば億劫になるのも仕方ないと自分を慰めている。一報することもなく掲載を決めた次の日、事務所あてに手紙が届いた。どうやら『月刊ミステリア』のファンからのようだ。コーナーの担当の名前が俺であるためか、手紙の主は俺を名指しして手紙を送ってきていた。そのせいで編集長から羨ましがられたが、できることなら代わってやりたいと思った。
……封筒の中には二枚、紙が入っている。一枚目はありきたりな応援の手紙で、今まで一度ももらったことがない俺はそれだけでもうれしくなっていた。ただ、追伸として『さがして』と書かれていたのには背筋が冷えた。だが、それすら甘かった。二枚目の手紙は、手紙ではなかった。……『こっくりさん』だ。紙上部の鳥居が描かれた部分には五円玉がセロハンテープで貼り付けられていた。何が何でもやれということか。……その後、差出人の名前を見ていなかったことを思い出したが、そもそも書かれていないどころか、切手すら貼られていない。つまり、この手紙の主が、直接事務所の前にきて投函していったということだ。……俺は封筒と手紙をグシャグシャに丸めてゴミ箱に突っ込んだ。やはり、何かがおかしい。これまでの怪談の数々が俺に襲い掛かってきているようだ。一体俺が何をしたというのだろう。……ドアの隙間の暗闇から覗く両目に問いかけたところで、答えを得られるわけでもない。奴はその代わりとでもいうように、こちらには聞こえぬ声で何かをつぶやき続けていた。
変わったことがあったのは第八話目を乗せた十一月号を発売したときだった。ボイスチェンジャーでも使っているような声で、「今すぐに『月刊ミステリア』の十一月号を回収しろ。さもなければ、浅田を殺す」と殺害予告がされた。それを聞いた編集長はすぐに警察を呼び、捜査が始まった。捜査の結果、どこぞの引っ越し会社から電話が発信されていたようだったが、彼らは「関係ない。勝手に電話を利用した誰かがいる」と取り合わなかった。それからというもの、事務所の周りでは不審者の目撃情報が多くなっていた。例えば、ピエロの面をかぶり包丁を持った男が、何人もあたりをうろついていたことがあった。残らず警察に補導されたが、彼らは三日おきに姿を現す。彼らの目的は分かっていない。
その後も、帰宅中に川から謎の音がすると思って目をやると、水死体が浮かんでいたことがあった。他にも、公園のゴミ箱に人の死体が突き刺さっていることもあった。全身の骨が砕かれており、ぐにゃぐにゃになっている。……あからさまに、周りで人が死にすぎている。俺はとあることを思い出した。……百物語だ。怪談を百、語り終えると本物の怪異が現れるという伝統のようなものだ。本来は怪談を百語ることで効果が表れるものだが、俺が聞いたのは十二だけだ。条件を満たしているとは思えない。……だが、今俺が置かれている状況、百物語の代償でなければなんだというのだ。二十年以上生きてきたが、今までこれっぽっちも霊感を感じたことなどなかった。
午後六時、帰宅した途端ドアベルが鳴らされた。覗き穴から外を見ると、女性が一人立っている。配達員という訳ではなさそうだ。ドアを開けると、彼女は丁寧にあいさつをした。どうやら今日の昼間に引っ越してきたようだ。今日から新たな隣人となるから挨拶に来たと、その女性は話した。見た目は三十代ほどだろうか。左手の薬指には指輪がついている。既婚者らしい。彼女は粗品と言って、紙袋を手渡して隣の部屋へ帰っていった。俺は部屋の中でその紙袋を開けた。中に入っていたのはただのタオルだった。近頃嫌なものを見すぎたせいで、人の好意にすら警戒してしまっている。少し落ち着かなければ。
あれからというもの、身の回りで起きる怪異は鳴りを潜めていた。今までは一日に三度ほど何かしらの怪奇現象を目撃していたのだが、すっかりなくなっていた。……思えば、あの女性が引っ越してきてからだ。あの人が隣に住み始めてから、怪奇現象は起きなくなっている。あの人に何かしら力があるのだろうか。どうにも非常識すぎるが、それぐらいしか考えられるきっかけがない。今日も風呂上がりにあの人からもらったタオルを使っている。自分がいつも使っている柔軟剤に紛れて別の匂いが漂っている気がするが、つかれているせいか。
……今日は気分が悪い。朝、目が覚めた時から頭痛がひどいのだ。何かで強く頭を締め付けられているような痛みだ。もともと頭痛持ちで病院に通うほどではあったのだが、今日は今までで一番ひどい。起き上がることすら難しいほどだ。だが、ベッドで寝ていても、頭の痛みが休まるという訳ではない。今、無理にベッドから起きて、これを書いている。何かで気を紛らわせれば収まるかと思ったが、そううまくはいかない。……やはり厳しい。今日は仕事を休んで病院に行くとしよう。
病院から帰ってこれた。医者からは今までの倍の強さを持つ鎮痛剤をもらった。医者が言うには過度のストレスらしい。……確かに、最近は死体だの怪奇現象だの嫌なものを見すぎていた。……今も、俺の近くに何かいる気がする。意識を向けてはいけない。気づかれればおしまいだ。……ドアベルが鳴った。音が頭に響く。痛みが増す。寝室の出入り口に黒い影が立っている。まるで、俺をここに閉じ込めようとしているみたいだ。……まだ鳴っている。頭が割れそうだ。いったい誰だ、いい加減しつこい。荷物が届く予定もないし、今日は平日だ。何故何度もベルを鳴らすんだ。……会社の同僚か。見舞いにでも来てくれたのだろうか。もしそうなら、待たせるのも悪い。早く出てやらないと。
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後日、浅田雄二27歳が死体で発見された。発見当時、被害者は肩からひじ、肘から手首そして手。さらに鼠径部から膝、膝から足首、足と主要な関節部を目印に切り分けられていた。胴と首はつながっているため、部位は計13に切り分けられていた。被害者の身体のいたるところには強くつかまれたような青い痣が残っており、事件との関連が疑われている。被害者の身体があったのは自宅のリビングだが、血液は見つかっておらず、別の場所で殺された可能性が考えられている。隣家に住む女性は「不審な人影をみた。体格ではおそらく男性」と証言している。……しかし、現在に至るまで犯人と思しき人物は見つかっていない。