表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/13

第十二話

誤字脱字等、ご容赦ください。

 これは、何年も前の話になります。当時私は都市郊外のマンションに住んでいました。夫と娘、そして私の三人家族です。私たちが住んでいた部屋は角部屋でしたので、隣室は1つしかありませんでした。……事件が起きる一か月前にその部屋に引っ越して来た人達も私たちと同じような家族でした。女の子が一人に、奥さんに旦那さん。旦那さんは単身赴任中らしく挨拶の時に会うことはできませんでした。

 娘が幼稚園に通いだすと、隣室のお子さんも同じ幼稚園に通い始めたようで、すぐに親しくなりました。家も近いので、どちらかの家に招いて遊ぶということもしばしばありました。しかし、お隣に行くと必ずと言っていいほど、「寝室には入らないでください」とくぎを刺されるのです。普通に考えて他人の寝室に入るわけがありません。それに、その奥さん……。桑原さんというんですが、その方はいちいち寝室に鍵をかけているようで、立ち入りたくとも入ることなどできないでしょう。ですが、私も他の人に寝室に入られるのは嫌だったので、その忠告を不思議に思いながらも従っていました。

 ある時、私の家で娘と友達の女の子が遊んでいるとき、互いの父親の話になったときがありました。娘は自分の父がどこに連れて行ってくれただの、何を買ってくれたという話をします。娘にとってはそれは自慢でもなんでもないのでしょう、ただ楽しかった記憶を共有したかっただけのはずです。その証拠という訳ではありませんが、友達に……。みなという名前なんですが、「みなちゃん家のパパはどう?」と聞いています。するとみなちゃんは寂しそうに「パパは帰ってこないの、お仕事が忙しいんだって」とこぼします。確かみなちゃんのお父さんは単身赴任中とのことだったのですが、彼らが引っ越してきてから一度もその父の姿を見ていませんでした。私は気になってみなちゃんに聞いてみました。「お父さんから連絡とかないの?」と。するとみなちゃんは「一回もない」と答えました。

 さすがにおかしいと思った私は、みなちゃんを送るついでに桑原さんに聞いてみました。「旦那さんってどんなお仕事されているんですか?」と。すると、詳しくは言えないが海外に赴任していると話してくれました。私はみなちゃんが寂しがっている旨を伝えましたが、彼女は時差のせいで碌に連絡が取れない。向こうが起きている時間、こちらは真夜中だとぼやきます。精々できるのはメッセージのやり取り程度とのことでしたが、それで子供の寂しさが紛れるとも思えません。しかし、他所の家庭にあまり口を出すわけにも行かず、そもそもどう口出しすればいいかもわからずそのまま部屋へと戻りました。

 翌日、幼稚園にみなちゃんは来ていませんでした。風邪でもひいてしまったのかと娘は心配し、「お見舞いに行きたい」と言い出しました。迷惑かもしれませんでしたが、とりあえず様子を聞きに行くぐらいは大丈夫かと判断し、お隣へ向かいました。チャイムを鳴らすと、すぐに桑原さんが出てきます。みなちゃんが幼稚園に来ていなかったことを尋ねると、彼女は顔を曇らせました。何かを言うのをとどまっているような、迷っているような様子です。五分ほど悩んだのち、みなちゃんがいなくなってしまったということを話してくれました。

 どうやら普段から旦那さんとの仲が悪かったようで、それが原因で連絡を積極的に取らなかったようなのです。しかし、娘の頼みとあっては連絡をしないわけにも行かなかったようで、どうにか余裕があるであろう時間帯を狙って電話をかけてみたそうです。無事に電話はつながったものの、普段から不仲だったこともあり、二言三言、言葉を交わせばすぐに言い合いになってしまったとのことでした。旦那さんは彼女の態度に不満を爆発させ、「お前なんかにみなは任せられない。俺が育てる」と言い出したのです。そして旦那さんは代わりの人物をよこしてみなちゃんを連れて行ってしまったということでした。

 私と娘は大層驚き、言葉も出ませんでした。桑原さんは抵抗したそうですが、相手は男だったようで手も足も出ず、連れ去られてしまったのです。その証拠に、彼女の腕にはひっかき傷と何かがかみついたような小さな歯形がついていました。すでに警察には相談しているらしいので、私たちにできることはありません。押しかけて申し訳ないと謝罪し、お隣を後にしました。その日の午後からお隣には毎日警察が出入りするようになりました。事情を知らない夫はそれを見て「殺しでもあったのか?」と心配そうです。彼女から聞いた事情を話すと「非常識な奴もいるもんだな」とぼやいていました。私も警察の方が隣の家に出入りする音を聞いて、同じことを思っていました。

 それから一週間ほど経ったある日、桑原さんは私と娘を自宅に招待しました。何のつもりだろうと身構えていると、みなちゃんの部屋へと通されます。そして「好きなおもちゃがあれば持って行っていい。みなが帰ってきたら新しいの買ってあげるつもりなので」と話します。娘は嬉しそうに、「ありがとうございます!」と礼儀良く返事をしました。それを見届けた彼女は私を部屋の外に連れ出して、「ちょっと用事があって買い物に行かなくてはいけない。警察が事情聴取に来るかもしれないから家にいてほしい」と頼んできます。別に断る理由はありません。娘にも随分と良くしてもらっていますし、私はそれを快諾しました。

 桑原さんが家を出てから二十分ぐらいでしょうか、警察の方が家に来ました。私は警察の方に事情を話し、捜査に協力する姿勢を見せました。すると、私が隣室に住んでいるということもあり、何か不審なことはなかったかと、事情聴取が始まりました。私は何も気になることはなかったと答えます。しかし、なぜか警察の方は変に引き下がるのです。「それは、本当ですか?騒ぎなども聞いていないのですか?」と。……そう言われて思い出しました。みなちゃんがいなくなったと奥さんが話していた時、確か連れて行かれるのを阻止しようと抵抗していたとか。隣の部屋にいて、警察の出入りの音すら聞こえるというのに、その騒ぎが聞こえないのはおかしいです。私は改めて「何の騒ぎもなかった。間違いない」と答えました。

 警察の方は私の証言を書き留めると、礼を言って帰っていきました。それと入れ違うように桑原さんが戻ってきて、私に「変なことを話さなかったか?」と強く問い詰めます。私は「何の騒ぎもなかったと答えた」と正直に話しました。彼女はそれを聞き、安心したように大きく息をつきました。私はこの人のことを何だが怪しく思い始めていたので、おもちゃで遊んでいた娘を連れて、逃げるようにお隣を後にしました。

 その日から、私の家にも警察の方がたびたび訪ねてくるようになりました。事件があったであろう日や、お隣について知っていることを話してくれないかということでした。いろいろな質問に答えた後、私はつい気になって聞いてみたのです。「あの人を疑っているんですか?」と。家に来ていた二人の警察の方は悩んだように顔を見合わせると、上司らしき男性の方が「はい」と短く答えました。続けて「あの方の夫が働いているという会社に聞き込みをしたが、一か月前から連絡が取れていないということと、その会社は海外赴任などさせていないという証言を得られた」と話しました。その話を聞いた途端、私は隣に住んでいるあの人が恐ろしく感じられてきました。調べればすぐにバレてしまう嘘をついて、一体何のつもりなのでしょう。

 警察の方からの聞き込みは、とある話題に移りました。それは、彼女の寝室です。どうやら警察の方が部屋を調べようとしたとき、寝室に入ることを断固拒否したそうなのです。ドアを開けて中を覗くことは許されたので、自分でみなちゃんを監禁して、悲劇のヒロインを演じようとする代理ミュンヒハウゼン症候群の疑いはなくなったそうですが。それでも、警察の方はあの寝室に何かがあると疑ってかかっているそうです。そこで、私に「次のあの家で留守番をするタイミングがあれば、我々を呼んでほしい」と頼んできました。もうそんな機会はないと思いますが、私は首を縦に振りました。

 それからたったの二日後、まさかの機会が転がり込んできました。桑原さんが「また用事があるから、家にいてくれないか」と頼んできたのです。私はそれを承諾すると、すぐに警察に通報しました。彼女が出て行ってから家で一人になった私は、警察が来るのを待てませんでした。私は寝室へと立ち入り、いろいろ調べまわります。ベッドの下やクローゼットの中には気になるものはありません。残るは部屋の奥にある箪笥だけです。

 私は上から順に引き出しを開けて行きました。一番上には雑貨が詰め込まれています。適当に掘り起こしてみますが、気を引くものはありません。二段目は普段桑原さんが着ているであろう洋服がしまわれています。三段目は下着類が入っていました。私はここで、勝手に人の家を調べることに罪悪感を感じ始めていましたが、ここでやめる気にもなれませんでした。それに、後々警察の方が調べるのだし、私が今のうちに見ておいてもいいのではないかと、自分を納得させました。

 四段目も、五段目も危険なものは入っていません。残るは一番下、六段目です。そこへ手をかけた瞬間、体が固まりました。全身が拒否を訴えているのです。「開けてはいけない」、頭の中でそう声がこだまします。手も震え始めましたが、それを振り払うように力を入れて、一息に引き出しを開けました。そこにはとあるもの以外、入っていませんでした。……入っていたのは二つの髑髏と白骨でした。私はなぜそんなものがそこにあるかわからず、その場で立ち尽くしてしまいました。

 その時、玄関から音が聞こえ始めました。私はそれで意識を取り戻し、警察の方が来たと思って、急いで寝室から出ようとしました。しかし、ドアの鍵が開けられる音が聞こえた瞬間、あの人が帰ってきたことを理解しました。私はとっさに寝室の扉を閉め、内側から鍵を掛けます。外からは桑原さんの声が聞こえてきます。まるで私が隠れているのを理解しているように、子供とかくれんぼで遊んでいるように「どこに隠れたんですか?人の家で勝手にかくれんぼなんて、非常識だと思いませんか?」と声をあげています。一度その声は遠ざかりましたが、リビングにいないことを確かめたのか、徐々にこちらに近づいてきています。

 彼女は寝室の前に立ち、「ここですか?ここに隠れているんですか?入らないでって言いましたよね?」と問いかけてきます。私は何をされるか全くわからず、恐怖で縮こまることしかできませんでした。内側から鍵を掛けているとはいえ、彼女がここの住人なのですから、鍵を持っているに決まっています。カチャリと鍵が開く音がしました。私はドアを開けられないよう、必死にドアノブを抑えることしかできませんでした。

 その時、部屋のチャイムが鳴りました。私が通報していた警察が到着したのです。彼女は鳴り続けるチャイムを全く意に介していませんでしたが、私を探すことに気を取られていたのか、玄関に鍵を掛けるのを忘れていたようでした。警察の方が部屋に押し入ると彼女は、「不法侵入者がこの部屋に逃げ込んだ。早く捕まえて」と嘘をつきます。警察の方が代わりに寝室の扉を開け、私は警察に保護されました。

 私はその場で「あの箪笥に人の骨が入っている」と警察に話しました。彼女は「でまかせを言わないで」とひどく怒りますが、警察は私の言葉を信じて、一人は彼女を取り押さえ、もう一人が箪笥を調べに行きました。警察の方が一番下の段を開けようとした瞬間、取り押さえられていた彼女が激しく抵抗を始め、拘束を振り切って外に逃げてしまいました。取り押さえていた方は後を追おうとしましたが、どうやら車で逃げたようで、今から追いつくのは無理でしょう。それよりも大事なのは、箪笥にしまわれていた髑髏と白骨たちでした。

 後日、DNA鑑定の結果が知らされ、あの二つの髑髏がそれぞれあの人の夫と娘のものだということが分かりました。……あの日逃げ出した女はまだ捕まっていないそうです。なぜ夫と娘を殺したのか、なぜ皮と肉を剥いで骨だけにしたのか、なぜそれを箪笥にしまったままだったのか。わかったことは何一つありませんでしたが、そのような危険人物がまだ社会で平然と生きているかもしれません。……もしかすると、これを読んでくれた方の隣人がその人かも知れませんね。

このシリーズは月刊誌の特別コーナーという設定なので、第十二話で最終回となります。

これまで読んで頂きありがとうございました。宜しければ、評価・感想のほどよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ