第十一話
誤字脱字等、ご容赦ください。
これは、俺が高校生の頃の話です。俺が通っていた高校は地元では野球で有名な高校で、甲子園も常連の高校でした。俺は別に高校球児という訳ではなかったんですが、校内でも野球部の影響というものはすさまじく、学食では、野球部専用のメニューもあったりするなど優遇度合いが段違いでした。他の部活の生徒はその不平等さに当初腹を立てるのですが、野球部員たちのあまりの暴力さに諦めるほかないのです。たとえそれで怪我を負ったとしても学校側は対応してくれません。「野球部に手を出したのが悪い」と言わんばかりでした。
そんなうちの高校は歴史もあるせいかところどころ古びておりまして、学校の怪談にありがちな怖い話というのもよく聞きました。例えば、校舎三階一番奥のトイレの個室ですね。男子トイレ・女子トイレ問わず、一番奥の個室は使ってはいけないという話があるんです。昔そこでいじめられた生徒の怨念が残っているから、個室に入るだけで呪われると……。まあ、それは嘘でした。俺はオカルト研究部に所属していたので、その手の話題が本当かどうか確かめていたんです。結果、その一番奥の個室の壁がなぜか崩れているせいで男子トイレと女子トイレがつながっていたことが分かりました。壁が崩れた当初は学校側から説明があったようですが、いたずら目的で立ち入る生徒や教師も少なくなかったため、子供に聞きそうな怖い話をばらまいていたんじゃないかという結論に落ち着きました。
そうやって学校の怪談を一つ一つ調べていると、とある生徒から依頼が舞い込んできました。その生徒は柴田と名乗りました。学年は一年生で、俺の一個下でした。柴田君は俺たちの活動内容を聞きつけて、調査を依頼しに来たようです。その依頼内容は「野球部の倉庫を調べてほしい」とのことでした。話を聞けば、柴田君は野球部に入部して一か月ほど経っているのですが、部活終わりに倉庫で片づけをしていると毎回、「やめてください!助けてください!」という声が聞こえるんだそうです。学校中の怪談を調べつくしていたと思っていた俺たちにとって、格好の話題です。俺は依頼を受けると、部長と部員二人を連れた計四人で早速倉庫に向かいました。柴田君もついてくるかと思っていたのですが、どこにもいなくなっていました。
野球部の部室前へと到着した俺たちは、早速ドアをノックし、許可をもらおうとします。グラウンドに彼らの姿がなかったので、部室か倉庫にいることは確実でしょう。それに、上級生は倉庫の掃除を下級生に押し付けるので、上級生が部室にいることは決定的でした。しかし、誰も出てくる気配はありません。中から声が聞こえてきているので、いるのは確実なのですが何度ノックしても出てくることはありません。そうしているうち、野球部の顧問の青島が部室へと来ました。
彼は俺たちを見るなり「入部希望か?」と聞いてきます。俺はすぐさま「倉庫を調べさせてほしいだけです、入部するつもりはありません」と返しました。すると青島は一気に顔を赤くし、「部員でもねえのに倉庫に立ち入らせる訳ねえだろ!上にチクられたくなかったらさっさと帰れアホ共」と怒りを露わにします。青島はいつもこんな感じですぐに怒るので野球部員以外からは尽く嫌われていました。ああいう手合いは話が通じないので、俺たちは諦めてオカルト研究部の部室へと戻りました。
部屋へと戻ったとはいえ、調査をあきらめたわけではありません。その日の夜、野球部が帰った後に倉庫へ忍びこむ計画を立てました。それなりに夜遅くなってしまうのですが、友人たちと遊んでいくと両親に伝えたのでそこまで問題ではありません。駅前のカラオケで時間をつぶして、夜八時ごろ。俺たちは学校へと戻りました。校舎の明かりは職員室と、警備員が持っているであろう懐中電灯だけがぼんやりと浮かんでいます。俺たちはどこから立ち入ろうか学校の周りを歩き回っていると、正門の反対側にある教員用の入り口を見つけました。そこはまだ施錠されておらず、いともたやすく入ることができました。
暗い中を歩くのは視界が悪く苦労するのですが、スマホの明かりなどをつけて気づかれてしまう可能性もないわけではありません。月のない夜だったので、闇に眼が慣れるのを待って、一息に倉庫まで校庭を突っ切りました。野球部の倉庫は、かつて部室として使われていたそうで、地域の強豪であることもあり、かなりの大きさを誇ります。
倉庫の前まで来たはいいものの、中に入るには鍵を開けなければなりません。そのためにあらかじめ針金を用意していました。しかし、ポケットから針金を出した途端、窓ガラスが割れる音が響きました。音は倉庫の裏が発生源のようです。何故割れたかわかりませんが、それよりも音のせいで教師たちにばれるかもしれないということを恐れていました。しかし、音を聞きつけて誰かが駆けつけてくるといったようなことはありません。かなり大きい音のように思えたのですが、運よく聞こえなかったのでしょうか。俺たちは割られた窓から一人を中に入れ、鍵を開けてもらいました。
倉庫の中は清掃されているはずなのにどこか埃っぽく、少し歩くだけで床に残った砂が舞い上がります。携帯のライトをつけて歩き回ってみますが、柴田君が言っていたような声は聞こえてきません。時間が悪いのか、それとも俺たちが野球部ではないから聞こえないのか。原因は分かりませんが、とにかくもう少し調べてみようということになりました。
そうして調べまわっているうち、とあることに気づきます。倉庫が、なんだか狭いんです。外から見た時はかなりの広さがあったはずなのですが、いざ中に入ると物が多いことと、暗い中のせいなのか非常に狭く感じます。ここはこんなに狭かったのかと疑問に思っていると、どこかから何かを叩く音が聞こえます。まるでドアをノックするような音は、壁の向こう側から聞こえてきました。
その音をたどると、大きな棚に当たりました。その棚は今までの試合結果や、練習の成果などを書き記したノートや予備の野球道具などが仕舞われていました。音はその裏から聞こえてきます。俺たちは力を合わせてその棚を動かしました。非常に重かったため動かすには相当の時間を使いましたが、その労力を支払うに値するものが姿を現しました。ドアです。ドアが棚に隠されていたのです。中から聞こえるノック音は止み、その代わりに鍵を開けるような音が響きました。まるで、「入ってこい」とでも言わんばかりです。
俺は少しだけ開いた隙間から中を照らしました。こちら側以上に埃に塗れており、天井の隅には蜘蛛の巣が張られているのが見えます。しかし、それ以外はどう頑張っても見えません。俺は意を決して中へ入りました。中には全く物がありません。倉庫の半分ほどの部屋の広さをしているのに、ただ埃だけが部屋にたまっています。ライトで部屋を照らしながら回っていると、とあることに気づきました。部屋の中央の床、そこがひどく汚れているのです。床の木材が真っ黒に黒ずんでおり、足でこすってみるとひどくこびりついていて、汚れは落ちそうにありません。この部屋を使わなくなった原因はこの汚れなのでしょうか。俺はその床の汚れを写真に収め、明日柴田君に調査の進捗を報告しようと考えていました。
翌日、学校内は大騒ぎになっていました。何と、校舎のガラスが何者かによって立て続けに割られていたというのです。俺は心の中で納得していました。昨日倉庫のガラスが割れた時に誰も来なかったのは、そっちの事件で忙しかったからだ、と。その事件のせいか朝っぱらから全校集会が始まり、生活指導の教師でもある青島が事件の概要を話します。割られていた窓に規則性のようなものはなく、手当たり次第に割ったようであること、割れたガラスはすべて内側に散らばっていたこと、三階などの窓付近には野球のボールが転がっていたことが話されました。普通ならその時点で野球部の犯行を疑いそうなものですが、なぜか教師陣は「誰かが野球部の倉庫に忍び込んでボールを盗み出し、学校中の窓ガラスを割って回った」と考えているようです。
その日の放課後、部室にいた俺たちのもとに、誰かが訪ねてきました。ちょうど柴田君に会いに行こうかと思っていたころだったので、ちょうどいいタイミングだと思っていると、入ってきたのは野球部の顧問である青島でした。彼はどうやら、昨日俺たちが部室の前にいたことを理由に俺たちを犯人だと疑っているらしいのです。そんなことはしていないといったところで、普段から人の話を聞けないような人間がいきなり人の話を聞けるようになるわけでもありません。犯人だと決めつけられたあげく、腕をつかんで職員室へと引きずられそうになった時、無室のドアがノックされました。
青島の「今は忙しいから入ってくるな」という制止を無視して入ってきたのは、依頼主である柴田君です。青島は彼の姿を一目見た途端、俺の腕をつかんでいた腕を放し、少しずつ後ずさりしています。すると柴田君が「昨日の事件の犯人は僕です。僕がやりました」と言い出しました。俺はここで柴田君に対して、何か違和感のようなものを感じ始めました。野球部所属であるなら青島の横暴さは痛いほど知っているというのに、それを恐れることなく入ってきますし、いきなり罪の自供もしてしまいます。……青島はというと、せっかく犯人が見つかったというのに一歩も動かずただ震えているだけでした。柴田君は呆れたようにため息をつくと、俺に向かって「こいつは僕が連れて行きます。見つけてくれてありがとうございました」と言って青島を引きずって出て行ってしまいました。俺はというと、柴田君の成人男性をも引きずっていける怪力さに驚いて何も考えられませんでした。
翌日、青島が学校内で死体となって発見されました。見つかった場所は、野球部の倉庫内の隠された扉の先だったそうです。部活中、変な匂いがすることを不審に思った部員たちにより発見されたそうです。青島は全身に青い痣をつけた状態で絶命していたそうで、死因は内臓破裂によるものだそうです。打撲痕や骨折もいくつか見つかっており、アキレス腱などはズタズタに引き裂かれていました。血がその場に残っていたことから殺害現場もその部屋である可能性が高いということです。
青島の死が全校集会で知れ渡った日の放課後、俺たちの部室にまた柴田君が訪ねてきました。彼は「僕の名前と、君が撮影したあの部屋の写真を警察に伝えてくれないか?……あの部屋の前の被害者として」と話しだします。一体何を言い出すのかと眉間にしわを寄せた瞬間、柴田君はどこにもいなくなっていました。俺は学校に捜査に来ていた警察の一人に、彼が話していた内容を伝えます。彼は当初いたずらでもされているのかとまともに取り合ってくれませんでしたが、俺が頼み込むさまを見て、少しは調べてくれることになりました。
それから三日後、テレビでも青島の事件が報道されていました。俺はそんなことどうでもよかったのですが、母の「これあんたが通ってる高校じゃない!」と言ってニュースを見るよう促してきます。青島の死因などについては全校集会や警察の捜査を立ち聞きしていたので、特に真新しい情報はありません。ニュースに飽きた俺は部屋へと戻ろうとしたとき、あの部屋の謎が話され始めました。……「なお、被害者が発見された部屋には被害者の血液とは違う血液が発見されており、床下から謎の白骨死体が発見されています。警察は現在行方不明者の情報を照会中で、白骨体が誰か判明次第……」。俺はすぐさまスマホを開き、あの日撮った写真を表示します。部屋の中央、床にしっかりとこびりついた黒いシミ。ここに、あの白骨体があったということでしょう。
それから二日後、あの白骨体が誰か判明しました。七年前に行方不明になっていた柴田勝也という青年だったようです。彼はあの高校に入学し、野球部へと入部したようですが、それから一か月後の帰宅中、姿を消したそうです。白骨体はところどころ砕けており、生前骨折していた可能性が考えられるということでした。警察は青島の事件との関連性を調べるようです。……俺の頭にはあの日「こいつは僕が連れて行きます」といった柴田君の顔がこびりついて、離れませんでした。
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