第6話 さすらう若人の歌
ハイネは腹を抱えて笑い、エルトマン大佐は口をあんぐりと開けた。
「なんて愚かな…… あんな単純な扇動に惑わされるというんですか!」
「クハハハッ! あのバカどもには、あれくらいでも充分ではないか。」
ズキズキする額に手を当ててエルトマン大佐は首を振ったが、ハイネは少し考えが違っているようだった。
「エネルギー持て余している若い連中が、お酒も一杯やっていたどころじゃないか。 その場に若くて可愛いお嬢さんが現れて、ジークフリード建国帝の騎士道まで取り上げてロマンを刺激している。 惑わされないわけがない!
しかも昔話でしか出てこない乱髪哀訴だなんて! 伝承に忠実に裸足にまでなってさ。」
「そういえば、乱髪哀訴も、建国帝時代でしか見られなかった風習なんですね。」
「ああ。無念なことをされた力なき乙女が、自分の悔しさを晴らすための哀訴。 髪をほどいた裸足のレイディが身を投げ伏して哀訴をし、それを通りすがりの騎士が名誉をかけて聞いてくれる話はロマン中のロマンだ。
今あのバカどもに槍を一本握らせてドラゴンに突撃しろと言ったら、よっしゃー!と馬に乗るんだろうな。 ハハハッ。あんな姿をこの時代に見られるとはな!」
ハイネはくすくす笑った。
「本当にあのお嬢さんがフリードリッヒ・フォン・パズの有名な恋人なんでしょうか。 確かに噂通り美しいのですが。」
「ああ、彼女だよ。見覚えがある。」
皇帝や国防大臣の主宰で開かれた舞踏会、あるいは社交会で何度か見た記憶があるハイネだった。 昇る経済界の新星、マインデイ家の令嬢を恋人にして得意満面の表情を浮かべていたフリードリヒはどうでもいいやつだったが、一度見たら夢でも忘れられないクラウスミレのあの美貌は「社交界の難攻不落」と呼ばれる30代元帥のハイネにも例外ではなかった。
「だからといって、たかが別れを告げた男に一本食わせるために、あそこまで話術を発揮して士官たちを動かせるとはな。面白い。」
「外見だけでなく、頭まで優れた人材ですね。」
「そう。演説の内容は詭弁と感情に訴えることだらけだが、戦略的にはほぼ完璧だ。」
「戦略的に… とおっしゃると?」
「まずフリードリヒをやっつけるという目標は確実だ。
そのために陸軍に動機を与え、海軍士官たちの気をくじくという方法。皇帝陛下が騎士道の守護者で、騎士の中の騎士を名乗るのは建国帝以来の長年の伝統だ。そういうお方の剣と盾を自任する帝国軍にとって、あの女性の言葉はモチベーションとして申し分ない。
最後に、そのために使った乱髪哀訴という手段まで。
戦略の3要素である目的(ends)、方法(ways)、手段(means)が粗悪だとはいえ、すべて明確に入っている。 戦略的目標と私利私欲さえも区別できないバカ参謀たちの部屋に、あのお嬢様の演説をフォントサイズ10のゴシック体で丁寧に書いて貼り付けてあげたくなるくらい。」
「ご命令とあれば、閣下。」
「うむ。それもいいけど、まずはあのお嬢を保護して身柄を確保しろ。何ともないふりしているけど、すぐにでも倒れそうだな。保護を要請して助けを求めるお嬢様が、あの乱戦の中で怪我でもしたら、それこそ帝国陸軍の恥ではないか。」
「はっ!」
敬礼をしてからクラウスミレを守るために急いで階段を降りるエルトマン大座の後ろ姿を見て、ハイネはニヤリと笑った。それから欄干越しにめちゃくちゃになっていくラウンジを見下ろすハイネ·フォン·シューマンの微笑は、だんだんと大きくなっていった。
「それに、あのフリードリヒをバカにできるこんなチャンスを見逃すわけにはいかない。」