第5話 クラウスミレはこう語った
クラウスミレは口を開けた。
「士官たちよ、聞いてくれ—
我が名はクラウスミレと申して、マインデイ家の娘でございます。
先ほど、おっしゃった通りに、私は間違いなくフリードリヒ・フォン・パズ海軍参謀総長の恋人で間違いありませんでした。 そして恋人『であった』のは、ちょうど今、彼の一方的な関係破棄を通告されたからでございます。
私たちは将来を約束した間柄だったでございます。
それは、ジークフリート広場のベンチで、バルト海岸の満天の星の下で、広大なアルカス平原の牧草地で、重ね重ねてフリードリヒが私に与えてくれた約束でした。 その言葉一つ一つが私の生きる理由であり、先道を照らす灯でした。
だが、その約束はもはや過ぎ去った日々の思い出となってしまっいました。 何の意味もない虚無な空の約束となってしまったでございます。あの奸悪、残酷、非道なグル王国が、平和条約に署名したインクがまだ乾いてもないのに、卑怯な奇襲で条約書を宣戦布告に血で書き換えたように!
しかし私には、そんなグル王国を討伐し、正義の鉄槌を下した太祖ジークフリート建国帝のような勇力も権力も持っておりませぬ。ただ、私にあるのはこれだけ!」
クラウスミレ・マインデイは、長い髪をきれいに巻き上げ、しっかりと固定していた簪を一気に引き抜いた。長い時間をかけて丹念に整えたはずの髪が、あっという間にふり乱れて、ひらひらと舞った。
「世の中には二種類の軍人がおります。
一つは、人を抑圧し、搾取し、貪る者でございます。 弱者を弾圧し、その血の代価としてより高い地位に上がり、より多くの人を弾圧し、害する者でございます。 一つの口に二枚の舌を使い、甘い言葉で人を誘惑し、必要がなくなれば容赦なく人を見捨てられる者でございます。
だが、帝国の威勢が衰えないこと、帝国軍の気概が揺るがないことは、かれらよりも多くの、高貴な軍人がいるからでございます。 皇帝の威厳に敬拝し、皇帝の命令に従い、皇帝の名誉を守る彼らは、騎士を名乗るにふさわしい者に違いありません。
騎士の中の騎士、紳士の中の紳士、帝国最初の盾で最後の剣でいらっしゃることを自任なさった偉大な太祖、ジークフリード建国帝のお言葉を覚えてください。
【Thou shalt respect all weaknesses, and shalt constitute thyself the defender of them】
弱者を尊重し、彼らの守りてになることを躊躇しないようにとおっしゃった太祖のお言葉に栄光あり」
クラウスミレは今度は両足のシューズを脱ぎ捨てた。ドレスの裾の下に真っ白にむき出された彼女の裸足を見て皆の目が丸くなったが、クレウスミレは休まず哀訴を続けた。
「それゆえ、士官たちよ。聞いてくれ— 皇帝陛下の忠実な勇者たちよ。
諸君たちが守るべきものは、目に見えるものだけではないでしょうよ。諸君の…いや、全臣民の精神と心の最も奥底に流れる孤高の建国帝の教えに訴えます。
諸君らがどうか裸足となり、髪をほどき、訴えるこの哀れで痛ましい乙女の残念無念をいつくしむ心がおるのならば!」
クラウスミレは深く息を吸い込んで、そしてまるで獅子の咆哮のように叫んだ。
「どうかフリードリヒの部下を手下を打ち倒してくれ、陸軍の誇り高き息子たちよ!」
「おお!雑魚どもを叩き潰せ!」
「くそ! 何なんだ、あの女は、いったい!」
「聞いたか、この野郎! 建国帝のご意志は我が陸軍と共にあり!」
「何バカなことを言っている!」
こうやって帝国の由緒正しい将校会館のラウンジはあっという間に喧嘩殺法の殿堂となってしまった。