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第4話 ハイネ





将校会館のラウンジでは、言い争い中の陸軍と海軍の若い士官たちが互いに向かってうなり声を上げながらにらみ合っていた。 その勢いが極めて激しくて、すぐにでも拳が行き来しそうだった。


この見るに見かねないくらい情けない現場を陸軍参謀総長であるハイネ・フォン・シューマン元帥は、2階からまるでポロの試合を観戦するように見下ろしていた。


「えらい。えらいぞ。よくやるものだ、まったく」


「勝てば全員1階級特進でもさせますか?」


「おまえの目には、俺が本当にあいつらが誇らしくてこう言っていると見える?」


「もちろん、違います」


「 『偉い』じゃないって LIE(エライ)だ。 戦争でもまた起きたらあのバカどもを連れて戦場に出なければならないなんて、嘘みたい。噓でしょう?嘘だと言えよ」


「ご命令であれば、閣下」


「まったく…」


副官のライチ・エルトマン大佐と共に不機嫌そうな溜息をついてから、情けない目で欄干の下を見下ろしていたハイネの瞳に、とても異質な人の姿が映った。


「あれ、あの女性は?」


陸軍の黒い制服でも、海軍の白い制服でもない、まるでルビーを溶かしたような鮮やかな赤色のドレス。一見しただけでも非常に高級なドレスであることを、ファッションに全く門外漢であるハイネもひと目でわかるほどだった。


速くも、遅くもない足で歩いてきた女性は、誰もいなくなったテーブルの上に置かれていたウィスキーのボトルをひったくるように手に取った。 そしてボトルこと逆さまにして一気に飲み干した。


「おい、おい。マジかよ」


忽ちに空っぽになったボトルを背後に投げ捨てて、女性はラウンジに向かってまた、スタスタと歩いていった。 たった今火酒一本を空けた人とは思えないほど、きちんとした足取りだった。


ハイネは思わず口笛を吹いた。


「何が起ころうとしているんだ?」


ラウンジを埋め尽くして、声を張り上げていた若い士官たちもいつの間にか一斉に女性の方を見つめていた。


「あのレイディは誰だ……?」


「将校会館にどうして女性が……」


柱にスカートだけ巻いておいても歓喜する年齢の、エネルギが持て余す青年士官たちの目に映ったクラウスミレは春の葉っぱのようにみずみずしく、夜の花のように妖艶だった。もちろん、今日プロポーズされると思って気合を入れてきたせいもあるけど。


そもそも若くて有能な海軍の麒麟児であったフリードリヒの恋人だっただけに、クラウスミレは非常に美しい20代のお嬢様であった。


そのような女性が荒々しい男だらけの将校会館に現れたのだから、緊張が高まった対峙状態でもクラウスミレの姿は若い士官たちの目を引くのに十分だった。伝説に伝わる天女が天の川に乗って降りてくるというのは、そんな姿だったのだろうか。


だがその中には、主要な軍上層部のデータをしっかりと頭の中に整理しておいた出世欲満タンの者もいるものだった。 素早く頭の中の人事資料をペラペラとめくっていた彼らの中で、最も処理速度の速いニューロンの持つ者が大声で叫んだ。


「おい、フリードリヒ参謀次長…いや、参謀総長のフィアンセじゃないか!」


「参謀総長の……?」


「雑魚隊長の女だって?」


フリードリヒの名前を聞いた女性の体がびくっと、足を止めた。 目を閉じて深呼吸をするように肩がすくめた。 ゆっくりと輝き始めた彼女の眼差しを見て、歴戦の猛将であるハイネさえも息を呑んだ。


「ほぉ、あんな目つきを見るのは久しぶりだな。ロリア攻防戦のグスタフ将軍以来初めてか。」


「そうですか? 自分はそういう人をもう一人知っておりますが」


「誰なんだ、そりゃ?」


「シューマン元帥閣下でございます」


エルトマン大佐の返事を聞いてハイネ・フォン・シューマンはにやりと笑った。 少し前まで退屈に満ちていた彼の瞳が興味津々な異彩で輝いた。


「これは、 面白くなりそうだな」


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