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第29話 セピア色のモノクロ写真 (2)






 クラウスミレはテーブルの上に写真を投げ捨ててため息をついた。


「それで、シューマン元帥の縁談を受け入れると発表されたのですね」


「そう、スミレ。賢い君なら、この状況を理解できないはずはないだろう。すでに帝国の社交界では、この件を耳にしてない者はいないと言っても過言ではない」


「完全に、追い詰められたということですわね」


 海軍参謀総長の元恋人だったということだけでも、息子の結婚相手を探している大多数の貴婦人たちが首を横に振らせるのに十分な理由なのに、それに加えて陸軍元帥の命を救った女丈夫という恐るべきタイトルまでついた以上、クラウスミレのお嬢様としての人生は致命傷を負ったも同然だった。もはやシューマン元帥の縁談さえ断ってしまったら、クラウスミレに再びまともな縁談が持ち込まれることはないだろう。


「(そもそも結婚なんてもうするつもりもないんですが)」


 フリードリヒとの婚約が水の泡になってから、結婚だの恋愛だの全部うんざりするクラウスミレだった。だからといって、自分が一生独身で生きていくことが現実的ではないということもよく知っていた。


 この国で女性がろくに自立できる道はない。勝手に『華麗なる独身生活』などを夢見るのは自由だが、他の国ではどうだか知らないけど、フォルクスラントでは世間知らずのお嬢さんたちの妄想を書き下ろした雑書の中だけの話だった。


 現実は、ただ一つの道を押し付けていた。


「(避けられないのなら)」


 クラウスミレの目が挑戦的に輝いた。


「(思う存分利用させてもらうわ)」


 そんな娘を気の毒な目で見つめていたカールスは、ティーカップを口元に持って行きながら考えた。


「(いい加減にしてくれよ)」


.

.

.


「私たちは自業自得と言ってもいいことだが、スミレにはあまりにも過酷なことだね」


 フリードリヒの口からクラウスミレの名前が、それも半分だけが出てきて、それを聞いたハイネは眉をひそめた。


「そもそもなぜ彼女を捨てたんだ、そんなに心配するのだったら」


「分かって貰えないだろう。お前はシューマンだからさ。誰を嫁にしても、その人をシューマンにできる強力な家柄なんだから。だが、私は違う。 私は…私の目指すもののためなら、さらに酷いことだってできたんだ」


「それで選んだ後ろ盾が帝国丞相なのか?」


 フリードリヒは何も言わず椅子に背中をもたせながら目を閉じた。日差しを受けて温まった風が、疲れ切っているフリードリヒの顔を撫でて通り過ぎた。その感触が、いつも彼が疲れる度に撫でてくれてた誰かの手先とよく似ていると、フリードリヒは思った。


「他の人ならともかく…お前だけはそうなってほしくなかったぞ。今すぐでなくても、お前なら己の力でいつかその座に上り詰められる十分な能力を持っているから」


「いつか?」


 フリードリヒはハイネの言葉を遮った。


「いつかではダメだ。今すぐでなければ」


「どうしてだ?」


「そのいつかの時に,お前がまだその座にいられるという保証はあるのか?」


「……何の話だ?」


「この国の腐りきった軍部は、陸・海軍を同時に改革しなければならない。 そして、そのための能力と意志を持つ者はこの国全体でたった二人、お前と私だけだ。我々が頂点の座で同時に叩き直さないと、これからフォルクスラントにあるのは下り坂だけだ」


 フリードリヒはハイネをにらみつけ,うなるように低く呟いた。


「ところが貴様があまりにも早く昇進したんだ。 私の計画では少なくとも5年後を思っていたのに! その頃なら私も十分に土台を固めることができたはずだ。敢えて帝国丞相などの力を借りなくてもな」


「ああ、つまり私のせいだ、と?」


「……お前のせいだとは言っていないぞ」


「ああ、つまり私があまりにも優秀すぎて早く出世したせいだ、と?」


「……そんなに偉そうに言うと思ったぞ、クッソやろう」


今度はハイネがテーブルの上に身を乗り出して低くうなった。


「そんなに偉そうな大義があるなら、そんな捨てられた子犬のような顔をするんじゃない。傷ついたのはあくまでクラウスミレ嬢だぞ。お前が被害者のふりをするのは、いくら偉い俺だもしても見過ごせないんだよ」


「そんなこと言わずに、ちょっと勘弁してくれ。 私が統合士官学校の同期であるお前の前でなければ、誰の前で私がこんな姿を見せるだろう」


「統合士官学校の話が出たついに一つ聞こう。今さら聞くのもあれなんだが、いったいどうしてお前は海軍を選んだんだ? 俺はてっきり、俺と一緒に陸軍に行くと思っていたのにな」


「同じ軍内でお前と私が一緒に競争すれば、結局、2人のうち1人は相手の副官になるだろう。お前なら私に向かって閣下と呼べると思うか?」


「うむ……確かに」


 しぶしぶとうなずいたハイネは、テーブルの上に散らばっていた写真を用心深く集めて懐に入れた。


「あ、それから」


 フリードリヒを残したまま席から立っていたハイネは、ふと何かを思い出した。


「これからクラウスミレ嬢を呼ぶときは、マインデイさんとちゃんと呼べ。愛称で呼ぶ権利など、てめえがすでに自分の足で蹴っ飛ばしたんだからさ。俺もまだ呼べない愛称をてめえが厚かましく呼ぶざまを見ると、その時こそ本当にその面に手袋を投げつけてやる」


「ああ、気をつけるぞ。元帥殿」




第一章 完






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