表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/29

第25話 哀訴はしていない





屈辱感に歯を食いしばったダフト中尉は、目を見開いてわめきちらした。


「ええいっ! 元帥であれ総長であれ、どうでもいい!どうせ皆殺しにすればそれで終わりだ! 第5中隊、全員突撃!」


悲鳴のような彼の叫び声を合図として、暗闇の影から剣を抜いたままの兵士たちが姿を現した。 戦闘服を身につけた水兵たちの姿が月明かりに照らされた。その中で見慣れた顔が目に入ったハウアー少尉は軍刀を再び握りしめながら小さくささやいた。


「第5中隊……フルクドラッヘの剣術中隊です。 閣下」


ハイネもまた、ゆっくりとサーベルを抜いて手にしっかり握りしめた。元帥杖と共に皇帝から直々に下賜された宝剣は、先ほどロックを壊した直後とは思えないほど、依然として鋭く光っていた。


「クラウスミレ嬢は後ろに下がって。 君はどうするつもりかね、少尉。」


「何を今さら。 どうせ彼らにとって私は死んだも同然の人間です。」


「そうか。じゃ、君自身の力で一度生き返ってみろよ」


「ご命令であれ……ば!」


襲い掛かってくる水兵の刃を打ち返したハウアー少尉は、ためらうことなく軍刀を振り下ろした。 血を噴き出しながら倒れる水兵を飛び越えながら、また三人の水兵がハウアー少尉に向かって剣を振り回した。


ハウアー少尉の剣の腕前はまさに『快剣』と呼ぶに値するものであった。 あの高名なハウアー流の剣術をあんよよりも先に見ながら育った彼の剣は、剣術において素人同様のクラウスミレの目で見ても速くて、鋭かった。 剣を振るうたびに飛び散る血の匂いさえなければ、爽快だと言ってもいいほど簡潔で清々しい剣撃だった。


一方、ハイネもまたサーベルで二人の水兵を同時に相手にしていた。速くて簡潔なハウアー流の剣術とは異なり、ハイネの剣はまるでワルツを踊るように華麗だった。 虚と実を見分けがつかないほど変化に富んだ彼の動きに、相手の剣は毎回虚空だけを切り裂いた。


「は、速い!」


「くぅっ、腕、腕が!」


絶対的だとも言える数的優位にもかかわらず、先鋒に立った水兵たちが次々と倒れると、ダフト中尉は急いで叫んだ。


「このクズども、何マヌケなことしてやがるんだ! 全員でかかれ! たった二人しかいないじゃないか!」


第5中隊の波状攻撃はさらにもっと激しくなった。


実際、剣士としての資質だけを見ると、第5中隊の実力はそんなに大したものではなかった。 剣術においては生まれつきのエリートといえるハウアー少尉や、白兵戦を含めて数え切れないほどの実戦を乗り越えて生き残って、元帥の座にまで上り詰めたハイネは、彼らに比べれば達人と言っても過言ではなかった。


しかし、剣術中隊の力は個人に頼るわけではなかった。 1+1が2ではなく、それ以上の力を出せる精鋭の集団軍になれるよう厳しく鍛えるのが帝国軍の本領。


第5中隊はこれまで悪夢にも出るくらいタイトに訓練した集団剣術を惜しみなく披露した。 一人が斬ってからすぐ身を引くと、もう一人が突っ込んで、別の方向からまた別人が攻め込む。このようなコンビネーションは、いくらハイネとハウアー少尉が剣の扱いに長けていたとしても、そう簡単に振り切れなかった。


彼らを教えた教官が見たら、たぶん涙を流しながらやりがいを感じたのだろう。


ただ、その相手が同じ帝国軍でなかったら、の話だが。


「みんなどうかしている! こんなことをするために命かけて訓練したわけじゃないのに!」


「いい加減にしろ! この事態をどう防ごうと!」


「今防いでるんだよ!てめえらを仕留めて!」


振り回される剣を次々と避けるハウアー少尉の体には、しかしますますと傷が増えていって、またハイネも動きが明らかに遅くなっていた。 特に華麗な剣術を得意とするハイネは体力の消耗が激しかった。


「やっぱり… 30代になるときついんだな。 20代の頃には… こんなの… 朝飯前··· だったのによ!」


必死に力を尽くして近くの水兵一人を斬り飛ばしたハイネは、その勢いでバランスを失ってしまった。


「ええっ!」


このチャンスを逃すまいと、いつの間にか自らカットラスを抜いていたダフト中尉が駆け付けてきて、ハイネを蹴り飛ばした。


「うっ!」


「元帥閣下!」


サーベルを逃したまま地面を転がるハイネを見て、ハウアー少尉が叫んだ。 しかし、乱戦の途中によそ見をした対価として、また彼もある水兵に背中を見せられてしまった。


「(やられる!)」


– ドンッ!


刀に打たれて倒れたハウアー少尉がうめき声を上げる隙もなく、彼を倒した水兵たちが少尉の体を押さえつけ、拘束した。


「小隊長殿、峰打ちだったんですぞ。 おい、小隊長の口、防いで。」


「いいから、ちょっと黙っててくださいよ、小隊長。」


「うっ…き、貴様ら…うっ…」


「小隊長が俺達を殺さないために手加減したの、全部しってるぜ。」


彼らは第5中隊の中でもハウアー少尉が率いていた小隊員たちであった。 彼らは自分たちの小隊長を自らの手で殺めたくないため、被害を冒してハウアーを生け捕りにしたのであった。


しかし、ハウアー少尉は、あそこに倒れているハイネを見て、音のない悲鳴を上げた。


「じっとしていてくださいよ。あの元帥殿はもとかく、小隊長を失うわけにはいきません」


しばらく地面を転んでからやっと気がついたハイネは立ち上がろうとしたが、手に力が入らなくてまた倒れてしまった。


「くっ…そう!」


体を起こすことすらできない震える手では、もはや剣を握ることさえ容易ではなさそうだった。


「(それももう一度手にすることができればの話だが)」


そんなハイネの上に黒い影が射した。 まだ眼差しの輝きだけは失っていないハイネが見上げた先には、ダフト中尉が立っていた。 なぜだか激しい乱戦を繰り広げたハイネよりも激しく息を切らしながら、ダフト中尉は手にしたカットラスを持ち上げた。 月明かりを映してぞっとする光を放つカットラスを見て、ハイネは目を閉じた。


その瞬間…


「うっ!」


唐突な一撃がダフト中尉の右頬を襲った。


全く予期せぬ方向から、反応する間もなく殴られたダフト中尉は顔の片方を包みながら一歩退いた。右頬を伝わって感じられるずきずきする痛み。何が起こったのかも分からずうめき声をあげていた中尉の目に、地面に転がっている片方の靴が映った。


……靴?しかも女性用の…?


愕然とした表情でマヌケな顔をしているのは、ハイネも同じだった。しかし、理由は全く違った。いつか見たような酷い既視感(デジャブ)にハイネはとらわれた。


真っ白な裸足が地面に倒れたハイネの目に入った


ほっそりした両脚が、一番固い柱よりもしっかりと立っていた


濃い紺色のスカートの裾がなびいていた


広げている両腕の、その間にはためくセーラーカラー


そして、その上に、豊かな髪が夜風に乗って舞い踊っていた。


ハイネは自分が恋に落ちた(溺愛し始めた)その日を思い出した。 彼の前に立ちはだかっているクラウスミレは、あの日、あの時と同じように、裸足で乱髪をしていた。


けれど、


哀訴はしていなかった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ