第24話 俺の名前を呼んでみろ
うんざりしたようにつぶやくクラウスミレの前に、ハウアー少尉が出た。
「ダフト中尉、中尉殿ですか? 」
「ハ、ハウアー少… 尉?」
無感情を装っていたダフト中尉の顔に軽い痙攣が起きた。 その姿を見て、クラウスミレはまるで仮面が割れる音が聞こえたような気がした、と思った。
顔を固めたハウアー少尉がダフト中尉を怒りに満ちいた目で睨みつけた。
「はい、少尉 ハウアーであります。 この火、やっぱりダフト中尉が放ったのですか?」
「うっ……」
「やはり私まで丸ごと焼き殺すつもりだったのですね。」
「そ、それは仕方がなかったんだ。 中佐の命令が…… それに、敵を騙すにはまず… み、味方からと言うじゃないか!」
「あら… それ、そんな風に使う言葉じゃないはずでしょう……」
哀れそうにつぶやくクラウスミレの声を覆うように、ハウアー少尉の怒鳴り声が夜の空気を割った。
「卑怯な言い訳です! そもそも抵抗できない民間人を閉じ込めた上で、火まで放つということ自体が軍人として、いや、人間としてやっていいことではありません!」
「軍人なら上官の命令に従うのは当然であろう!そ、そう。上命下服だぞ!これを知らんとは言わないだろう!」
「……は?」
「そ、そうだ。 マーク・ハウアー少尉!さっき5中隊に命令が下されたぞ。 君の隣の二人を排除しろという命令が。 君も5中の一員ではないか。 今でもあの二人を仕留めれば全部なかったことにしてあげよう! いや、中佐に申して君の特進も進言する!」
ハウアー少尉は、呆れた表情でクラウスミレとハイネを振り返ってから、ダフト中尉に問い返した。
「それで、今この人たちを本官の手で斬り殺せというのですか?」
「少尉、貴官なら理解するだろう! あの母なる海に輝く波紋のきらめきにかけて偉大な海軍に忠誠を誓った貴官なら!」
「ふざけるな。」
「な… 何?」
「あの母なる海なんとかというその誓いは、この帝国と、その正当な主でいらっしゃる皇帝陛下、そしてその陛下の善良で忠義な人民のためのものであり、決して一介の軍部のためではない! 帝国の神聖な領土と領海を守るために行った誓いを歪曲するな。それは、汚らわしい私欲を正当化するために使って良いものではない。
この軍人たるもの、違法な命令に逆らう権利もある!」
猛り立ったハウアー少尉が荒々しく咆えながら軍刀を抜き出した。その勢いにダフト中尉は思わず一歩引いてしまった。
「こ、この……」
全く笑えないこの修羅場をじっと見つめていたハイネがゆっくりと、一歩を踏み出した。
ー ドスッ
わざと力を入れて踏み出したわけでもないのに、彼の軍靴から出る音には皆を黙らせるのに十分な力があった。 穏やかな表情で,ハイネは淡々と口を開けた。
「ねえ、そこの貴官は、ダフト中尉って言ったっけ?」
「シュ、シューマン元帥…」
「はい、シューマン元帥です。ハハ、そして貴官は……」
相変わらず敬称を略した呼び名を聞いて、ハイネは満面の笑みを浮かべ爽やかに言った。
「いや。貴様は、即決処分だ。」
「……何だと?」
ハンマーにでも一発殴られたような表情でかすかに聞き返すダフトに、冷たく答えたのはクラウスミレだった。
「『偉大な海軍に忠誠』とはね... たしか開国帝はこんなお言葉をおっしゃいましたよね。
『騎士たる者、神の前でのみ頭を下げること。 騎士となった者、王の前でのみひざまずくこと。 騎士と名乗る者、レイディの前でのみ命をささげること。』
まさか子供も知っているこのお言葉を覚えてないとは言えませんよね。」
「そ、そんな古臭い昔話を……」
その時、ハイネの大喝一声が雷のように港に響き渡った。
「しかしその古臭い話から始まったのが峻厳な帝国軍の軍法である。知っているだろうな、ダフト中尉!
第1条第1項! すべての帝国の軍人は神聖な神の代理人として帝国を統治する皇帝陛下にのみその完全な忠誠を誓い、捧げる!
第1条第5項! 皇帝陛下に向かないそのすべての忠誠は反逆と称し、これは死刑に当たる罪とする!」
顔が真っ白になったダフト中尉は何か言おうとしたが、それよりも先にハイネの強猛な叫び声がそれを遮った。
「そして軍刑法第3条! 死刑は軍参謀総長が指定した場所で銃殺として執行する!」
「……うっ。」
「さあ、もう一度、俺の名前を呼んでみろ。」
ハイネの気迫に押されて目がくらんだダフト中尉は、自分でも思わず体を震えながら告げた。
「陸軍参謀総長…… シューマン元帥… 閣下」
「そう、それが本官の地位であり、官姓名である。」




