第21話 正義の陰謀
第8艦隊所属の戦闘艦『フルクドラッヘ(Flugdrache)』号の艦長室に座っているハナム中佐の頭の中には、クラウスミレが叫んだのこの一言が絶えずに浮かんでいた。
【そこで、じっとしていなさいよ。 本当にそうなら今すぐハイネが竜騎兵を引き連れてきて、あんたたちの頭を全部ぶっ飛ばしてやるから!】
シューマン元帥が頭を殴られておかしくなったわけではない以上、まともに考えることができる者なら小娘一人のために兵力を動かすことなどするはずがなかった。
「(しかし万が一… 十万、いや、百万分の一でも、本当にあいつが竜騎兵隊を引き連れてくるとしたら?)」
シューマンが己に襲撃を… いや、天罰を下したのが海軍だということを知ったら最初のターゲットは当然、海軍本部があるこの港湾である。 そして、大陸最強の特殊部隊として名高い竜騎兵隊を本当に動かしたら、あの小娘を確保している倉庫が発覚されるのも時間の問題だ。
そうなる前にハナム中佐はあらかじめ手を使った。 あの雌狐の顔が絶望で歪んで、己の深くて重い罪を悔いる姿を見られないのは残念だったが。
「(生意気な小娘。 このハナム様に向かってむやみに口を滑らしたことを後悔させてやる。)」
クラウスミレの顔を浮かべながら、神経質に口ひげの先を引っ張っていたハナム中佐の耳に船長室のドアをノックする音が聞こえた。
「入れ。」
「失礼します、中佐殿。ただ今、艦隊に復帰いたしました。」
フルクドラッヘの甲板長を務めているダフト中尉だった。しかし、彼の今夜の任務は甲板長ではなかった。
「うまく処理できたんだろうな。」
「もちろんでございます。 大事を取って油まで注ぎ、きちんと処理しました。」
「よし。いや、うむ……」
「どうなさいました?」
「いや。 戦場で鍛えられた儂の勘が警告している。 それだけでは物足りない。 5中隊は出動可能か?」
「もちろんです。」
多くの戦闘中隊の中からあえて5中隊を選んだ理由を聞くほど、ダフト中尉は愚かではなかった。 5中隊は、フルクドラッヘ所属の戦闘中隊の中で唯一、刃物を主武装として使う剣術中隊だった。
火薬搬出の記録が残らない上、武装を整えて出動にかかる時間が極端に短い。 そして何よりも…
音を出せずターゲットを始末できる。
「小隊を二個ほど送れ。最後までしっかり処理しろ。
もしシューマン元帥があの小娘を助けに現れるなら、必ずまとめて処理しろ。いいか?確実に仕留めるんだ。少しでも後患を残したら儂らはみんな終わりだぞ。」
「承知いたしました。 どころで… 中佐殿」
「何だい?」
「ハウアー少尉のことですが… 本当によろしいですか?おっしゃったとおりハウアー少尉まで閉じ込まれたまま倉庫を処理しましたが、大丈夫なんでしょうか。」
情に振り回されるこの弱者!と怒鳴りつける代わりに、ハナム中佐は悲壮な顔でうなずいた。 個人的な感情や浅いヒューマニズムに振り回されるのは、ダハトのような凡人には極めて当然のことだ。
しかし、どんな状況でも屈しない鋼鉄のような決断力! 大義の前で犠牲を恐れないこの心構え。 これこそ大勢の凡人だちと私のような真の軍人の決定的な違いではないか。
「ふぅ… 言ったじゃないか、ダフト中尉。実力のある前途有望なハウアー少尉を失うのは儂も心痛むが… 大義には犠牲が伴うものである。
考えてみろ。 海軍の補給倉庫から唐突に女の子の死体が転がってくるとしたら、それは不可解なことではないか。世間はそう思うだろう。」
「あ… ああ、おっしゃる通りです。」
「だから世の中のバカどもにも理解できるほど簡単な答えを適当に用意してあげるのだ。
これは若さの勢いで起きられることだ、と。ハウアー少尉は不幸にも欲望に負けてしまったんだよ。だからここに女を連れてきて… な?軍人の本分を忘却したせいで罰が当たったんだよ。不幸にさ…」
ハナム中佐はさらに声を小さくしてささやいた。
「もしシューマンが来てあいつをうちらの手で処理することになったら、ハウアー少尉には密かに女といやらしいことをために人里離れた場所にへ忍び込んだ不審者に立ち向かって壮烈に殉職した英雄になってもらう。 その方ががハウアー少尉のためにもっと良いのではないか。」
「それなら死んだハウアー少尉も安らかに目を閉じることができるでしょう!流石中佐殿!一歩、いや、二歩先を見据える策略ですね。 感服しました。」
「なぁに、君も努力すれば、儂の足元くらいにはたどり着けるものよ。」
「はい!では、ただちに実行いたします!」
返事の代わりに手を振ってダフト中尉を送り出したハナム中佐は、窓の方へ目を向けた。
夜の闇が舞い降りた窓の向こう側には数多い艦船が並んでいた。最強と呼ばれる帝国艦隊の明かりがまるで夜空の星のようにきらきらと輝いていた。
この偉大な艦隊を真に導くことができる力量を持つ者は、このように危機さえも機会に変えることができる名将(候補)ハナムだけだと彼は信じて疑わなかった。
「(フリードリヒなんぞ、皇帝陛下の目に入ってしばらく参謀総長の座を任せているだけだ。)」
陸軍… いや、野犬との対決を恐れて身を引いたりするそんな臆病者に、偉大な海軍を任せることなど言語道断。できるはずがない。 この海軍、そして軍部、ひいては帝国のためには、いかなる犠牲も恐れず命をかけて戦える者が滅私奉公の覚悟で自分を捧げなければ。
「そう。このパオフ・フォン・ハナムのように。」
「あの野良犬の大将さえいなくなれば… フォルクスラント帝国の兵権を握るのは我が海軍…いや、この儂である。」




