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第20話 ハイネとハウアー






首都のローレライから西の港に入る道筋には小高い丘がある。


塩気をたっぷり含んだぬるい海風は港のあちこちを飛び回し、とうとうこの丘にたどり着いた。丘の上には一人の男性が立って、港湾を見下ろしていた。海風は彼のそばを通り過ぎながら、いたずらのように前髪を軽くかき上げた。


海風にかき上げられた髪の下に現れたハイネ·フォン·シューマンの表情はその端正な眉をひそめていた。 湿った生ぬるい風のせいではなかった。 その風に混じった、少々生臭い塩の匂いのせいでもなかった。


彼はひたすら目の前に広がる光景そのものだけに集中していた。帝国首都の物流を担っている港にふさわしく、数え切れないほど多くの倉庫とサイロ、ドックだけでなく宿や酒場などあらゆる利便施設がハイネの視界に入ってきたが、彼が探してるのは別にいた。


「はぁ…… いったいどこにいるんだ、クラウスミレ。」


いらいらしている彼の独り言が、空気に乗って夜空の中に散らばっていった。

軍事のことなら何でもお見通しのハイネにも、帝国最大の港で手掛かりもなく人を探そうとするのは、流石にそう簡単ではなかった。


地団太を踏みながら嘆いていたハイネの目に、黒い身なりの男が港の方からこちらへと歩いてくるのが見えた。 背の高い栗色の髪の男は躊躇なくまっすぐにハイネに向かって近づいてきた。


「シューマン元帥閣下でいらっしゃいますか?」


整然とした歩き方、坂道を歩いて上がってきても全く乱れてない呼吸、そして腰に佩いた軍刀。ハイネは相手が軍人であることが一目でわかった。


「まるで私がここにいることを知ってた上で来たようだな。」


「はい。マインデイ嬢から、ここに来たら元帥閣下がいらっしゃるはずなのでご案内するように言われました。半信半疑してましたが本当にいらっしゃったので正直ちょっと驚きました。」


「クラウスミレ嬢が貴官を送ったと?」


「はい。港に向かう道筋に立ったままきょろきょろしている人がいたら、たぶん元帥閣下のはずだと言われました。 ちなみに、殴られた頭がまだ元に戻ってないなら、襲撃のあった場所の近くでうろついているだろうとも言いました。それどころか、まだ元帥府や病院でぐずぐずしていると、役に立たない人なので、そのまま戻って来いとも。」


「……その口ぶりからして、どうやらクラウスミレ嬢本人が送った人に間違いないようだな。」


ハイネはすっかり気が抜けた。

このお嬢さんが童話のお姫様のようにおとなしく捕まったまま、慎ましく救出を待っているとは正直考えなかった。 しかし、だからといって、その間に一味のうち一人を自分の味方にして、伝令としてこき使うとは想像もできなかった。


「(見るまでもなく、その恐ろしい口で甘く見える兵の一人を適当に丸め込んだんだろう。)」


「それで、貴官は誰だ?」


「は!本官は帝国海軍第8艦隊所属のマーク・ハウアー少尉であります。」


「ハウアー…… ハウアーと言えば、そのハウアーのことか?」


「……他のハウアー家があるのかは存じませんが、閣下のおっしゃるハウアー家が剣術道場をやっているハウアー家のことでしたら… はい。当主であるサダハム・ハウアーが私の父です。」


「ご尊父様には大変お世話になったことがある。 いつか師範が言っていた『反抗期が訪れたせいで父と大喧嘩をしてから海軍のリクルート事務所にちょこちょこ駆け込んだというお子さん』が君だったんだね。」


「恥ずかしい家庭の事情で元帥閣下にご心配をかけ、申し訳ございません。」


「いやいや。 その息子さんが帝国元首の後頭部に一発食らわすほど立派に成長したのだから、きっとご尊父様も誇りに思っておられるはずだ。」


自分の肩を叩いてくるハイネの表情があまりにも爽やかで、ハウアー少尉はこれが皮肉なのか本気なのか分からなかった。


「本官の役割は御者だったので…… とにかく今日のことは大変申し訳ございませんでした。」


「いやいや。 その素晴らしい逃げっぶりは実に絶品だった。 特に急カーブを曲がっていたあのドリフトはもう… 後で俺にも教えてくれ。」


やはり皮肉だった。


「恐れ入ります、閣下。 とりあえず、マインデイ嬢が待っているところへと。 私がご案内いたします。」


「おお、そうだな。 さあ、急ごう。 ところで一体どの辺に閉じ込めたんだ? ここでは到底見当がつかなかったぞ。」


「港の東側(イーストエンド)です。 そちらが海軍の管轄地として指定されております。」


「ああ、なるほど。 あ!あそこか、 明るく灯りがついている…」


『明るく』という言葉にバウアー少尉は首をかしげた。 船員たちや港の労務者たちがお酒と夜遊びを求めて歩き回る西側(ウェストエンド)なら、遅い時間まで明るいだろうが、東側(イーストエンド)はこの時間なら灯火管制に入っているはずなのに。


しかし、ハイネの指が正確に指している東側には彼の言った通り明るく灯りがついていた。


「いいえ、あれは灯りがついているのではなく…」


二人の顔が一瞬で驚愕で染まった。


「倉庫に火が!」






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