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第19話 クラウスミレは微笑んだ






「フリードリヒはずいぶんと人望が厚いようですね…」


「大将閣下は我々将校たちの… いや、海軍全体の誇りです。 特に私は… 士官生徒時代に、当時の提督でいらっしゃった閣下から色々とお世話になったことがあります。」


あら、とクラウスミレはちいさく感心した。 確かに、生徒の立場から見れば提督をはるかに偉い人だから、尊敬と畏敬の念を抱くのも当然のことだった。


「だから、マインデイ嬢があのお方と海軍を貶めたことを聞いて、みんな憤慨していました。私もその一人でした。 もちろん、マインデイ嬢がなぜそうされたのかは、私も後から知りましたが。」


「ふぅ… なるほど。でしたら、ハウアー少尉。 私がさっき、『恩知らず』と言われてなぜ腹が立ったのかも、分かりますか?」


「閣下との縁談が破談になったから… ではないですか?」


「単に婚談が途切れただけのことを『恩知らず』とは言いませんよ。」


クラウスミレはにっこり笑った。


「丁度、今のハウアー少尉の歳ごろだったんです。」


「何の、誰のことが、ですか?」


「フリードリヒが私に初めて会った時のことです。 フリードリヒもちょうど今のハウアー少尉のように士官学校を卒業したばかりの初々しい新参の将校だった頃です。 もちろん、きちんと交際を始めたのはしばらくしてからのことでしたが。 だから…… どんなに長い付き合いなのか大体分かるんでしょうね?」


「ああ……」


「フリードリヒは私にひどいことをしました。 それで、私も彼にそのまま、ひどい仕返しがしたかったんです。

しかし、その中で少尉が尊敬する上官を侮辱することになった件については、ちゃんとお詫びしたいとおもいます。私が憎いのはフリードリヒという一人の男性であって、パズ参謀総長ではないですから。 このたび、本当に失礼いたしました。」


クラウスミレは頭を下げた。両手を後ろに縛られたまま腰を曲げるのは簡単ではなかったが。


「それでは、閣下のことを… もう許していただけないんでしょうか。」


「あ、それは無理です。」


「そうなん、ですか?」


「フリードリヒは絶対に許せません。 一生許さないつもりです。 ですから、ハウアー少尉も後で絶対に、女性を泣かせるようなことはしない方がいいですよ。 女が恨みを持つと6月にも霜が降るものですからね。」


そう言いながら、クラウスミレはハウアー少尉にウインクをして見せた。


しばらく何かを考え込んでいたハウアー少尉は、つかつかと近づいてきた。そして、クラウスミレの手を縛っていた縛を解いて、元の位置に戻って腰を下ろした。


「リラックスしていてもいいです。 一応、私がいる間は……」


「ありがとうございます、でもそれでも大丈夫ですか?」


「わかりません。」


「わからない…んですか?」


クラウスミレはとりあえずハウアー少尉の言うとおりに、楽な体勢で座った。 かなり長い間縛られていたせいでズキズキと疼く手首を揉みほぐしながら、少尉も倉庫の壁に背中をもたせて楽に座った。 彼はぼんやりと天井を見つめながら言った。


「私が受けた命令は、ここでマインデイ嬢を監視していろってことです。 軍人として、一度与えられた任務を実行することは極めて当然のことです。


しかし、非武装の女性を拉致し、縛り付き、脅かすようなことを、自分だって好きでやっているわけではありません。 それで一応、縛りを解きましたが…… 今私が実行している任務が、軍人として、男性として、いや… 人間として正しいのかどうか… よくわかりません… 分からなくなってしまいました。


果たして閣下でしたら、こんな状況でどのように振る舞われたのでしょう。」


士官学校で彼の頭に焼き付かれたのは、戦略、教義、制式、行政などの雑多な知識を除けば、たった4文字で要約することができました。


士官学校に通ってる間、ハウアー少尉の頭に焼き付かれたのは、戦略、歴史、教練、事務などのさまざまな知識を除けば、たった4文字で要約することができた。


上命下服(じょうめいかふく)


上から命令すれば、下は従うこと。

頭を空っぽにし、思考を消し、上官の言うとおりに実行すること。

いずれ上官になったら? ならば、もっと上からの指示に従うこと。

軍という組織のアルファであり,オメガである、絶対的な原則。


クラウスミレは、これまで数え切れないほどの戦略書や歴史書で見てきたこの伝統的な悠久の教義に立ち向かう感動を、しばし押し殺してしまった。 なぜなら、もっと重要なことがあるからだ。


クラウスミレは、これまで読んだ数え切れないほどの戦略書と歴史書で見てきた、この悠久な伝統の軍事原則に自分が向き合っていることを気づいた。


【わかりません】


軍服を着ている以上、唯一無二であり、絶対的な原則とも言える上命下服をめぐって、ハウアー少尉は悩んでいた。


「(いや、違う。悩んでいるわけではない。)」


軍人は悩む必要がない。

命令に従えばそれでいいから。 悩むということは、それに逆らわなければならない場合だけだ。 少尉はすでに答えを心の中に持っていた。必要なのは,それを閉じ込めている殻を爆発させるためのトリガーだけだった。


クラウスミレは代わりにボタンを押してあげることに決めた。


「『誰も決して市民を殺害し、友人を裏切り、信義もなく、慈悲もなく、宗教すらない、そのような行為を真の徳と呼ぶことはできないのである。 このようなやり方では、権力は得ることはできても、栄光(Gloria)を獲得することはできないからである。』」


「マキャヴェッリ......ですか。」


「あら、君主論を読みましたか?」


「士官生徒の時… ちょっとくらい…」


「君主を語るには少尉にはちょっと早いかもしれないけど… さっきそう言いましたよね? フリード… いや、閣下ならどうしたんだろう、っと。

私の知っているフリードリヒではなく、ハウアー少尉が描いている、理想の閣下だったらどうしたと思いますか。」


「私の理想の…… あぁ!」


ハウアー少尉の瞳に宿り始めた光を見て,クラウスミレはにっこり微笑んだ。


「これで答えは出ましたか? なそれなら、私を手伝ってくれませんか?」





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