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第18話 若い少尉





クラウスミレの激しい反撃に、中佐たちは大激怒した。


「この不埒な!」


「こいつを砲弾に縛り付けて海に放り込もう! 」


「いや、母なる海をこんな女で汚すわけには!底荷(そこに)と一緒にバラストの中にぶち込めばいいんだ!」。


「おお、そいつは名案だな! 船の一番低いところから偉大な帝国海軍のことを仰ぎ見るいい練習になるぞ。何日ほど一点の明かりもない所で反省すれば、この生意気な女も少しはマシになれるかもしれないな。」


バラストとは、船の浮力とバランスを取るために、石ころや砂などで底荷(そこに)を埋めておく場所のことである。彼らの言ったとおり、一点の明かりもない、ただ底荷だけの空間で到底人がいられる場所ではない。もし出港でもする日には、その中で転がり回って大けがをすることもできる。


それを知っているクラウスミレは、ゾクゾクと鳥肌が立った。いったい何のために彼らはこんなことまでできるのだろう。


「中さ…先輩。もう本当に行かなくちゃいけません。」


部下の言葉に、中佐はチッ、と強く舌打ちをした。


「楽しみにしてろよ。おい、そこ!」


「はいっ!」


少し離れたところで見張りをしていた若い士官(だとクラウスミレは勝手に思った)が慌てて駆けつけて来て敬礼をした。


「この小娘をきちんと監視しろ。明日になったらちゃんと後悔させてやるからな。」


「し、しかし自分も… 点呼が…」


「くそっ、このばかもんが……おい!」。


中佐の怒鳴り声に、若い士官はびっくりして不動の姿勢をとった。


「俺が命令しているんだ! てめえはここであの女を忠実に見ていればいい! お前なんぞの点呼なんて俺の知ったこっちゃねぇんだよ! 後で便秘だとか適当に言い繕え!」


「はぁ…はい!」


「運がいいな、女。でも、明日もその運が続くかどうか期待しろよ。」


中佐たちが立ち去った後の倉庫は、あっという間に静かになった。残された若い士官とクラウスミレだけだった。


明日のことを今悩んだとしても意味がない。だから、ひとまずやかましくわめき散らす声が聞こえなくなっただけで少しはマシだとクラウスミレは思った。


まだ冬が来ていなくて幸いだった。

床から伝わってくる冷たい寒気を感じながら、クラウスミレはできるだけ前向きに考えようとした。真冬だったらすでにこちんと凍り付いていたのだろう、と。


クラウスミレはふと自分を見つめる視線を感じた。 顔を上げると、こちをちらりと見ていた若い士官が素早く視線を逸らすのを見て、クラウスミレは「ふーん」と微笑んだ。


「ねぇ… ちょっと、そこの方。 私はクラウスミレ・マインデイと言いますよ。」


「……」


「マインデイって知ってますよね? 今、そちらの方が履いている軍靴も、多分マインデイ社の製品だと思いますけど?」


「……」


重ねて聞いても口を閉じたまま答えのない士官を見て、クラウスミレはふぅ、とため息をついた。優しくしてあげると男の子はすぐ調子に乗ってしまうんだよね。 こういう時、彼はこうすればいいと言ってた。


繰り返される質問にも返事がない史官を見て、スミレはふぅ、ため息をついた。 よくよく言うから駄目だね。 こういう時、彼はこうしたりした。


「官姓名!」


「少尉! ハウアー!」


若い士官はクラウスミレの叫び声に、反射的にまた直立不動の姿勢を取りながら大声で自分の官姓名を叫んだ。やはり士官学校から出荷されたばかりの新品の士官はたしかに一味違う。


【士官学校にいる時はね、寝ていて間にも誰かがポンと触っただけで官姓名が自然に飛び出してしまうから。】


こんな時にフリードリヒが自慢のようにぶつぶつ言っていた話が役に立つとは。聞き流してなくて良かった。


「そうですね、ハウアー少尉さん。お名前は何ですか?」


「……」


「また『官姓名』を要求しなければならないのかしら?」


「マーク… マーク·ハウアー少尉… であります。」


ハウアー少尉は汗をポタポタとかきながら答えた。お可愛いこと。 そういえば、ハウアーという苗字をどこかで聞いたような気がするけど。


「(貴族の家系ではない… どこで聞いたのかな?)」


「そうですね、ハウアー少尉。お会いできてうれしいわ、と言える立場ではありませんが、とにかくはじめまして。 もう少しレイディらしくお行儀よく挨拶したいのですが、事情が事情なのでご了承くださいね。」


「はぁ、はい……」


ハウアー少尉は、ちゃんと見るとクラウスミレとほぼ同年代ではないかと思うほど若かった。もしそうだとしたら、相当な秀才か優秀な将校に違いない。卒業まで留年なしに教育課程を修了し任官までしたということだから。


フォルクスラントの帝国士官学校は入学から難しいことで有名で、無事に卒業すること自体が普通の人には夜空の星を取ってくるようなものだ。


同じく一度の留年や落第もなく首席で士官学校を卒業したことを「あの」フリードリヒがいつも誇りにしているほどだった。 男としては最悪だったが、いずれにせよ彼は軍人としては最上級の人材だから。


「ハウアー少尉はなぜここにいるんですか? どう見ても、あんなに過激な先輩たちと行動を一緒にするような人ではないと思われますが…」


「私の上官を悪く言うのはお辞め…ください。 マインデイ… 嬢。」


初めてまともにハウアー少尉が口を開いた。


「そうですか、先輩を思いやる優しい後輩ですね。」


「先輩… いや、上官の指示に従うのは軍人としての務め…で…であります。」


「じゃあ、今日ハウアー少尉は志願して参加したのではないですか?」


ハウアー少尉はクラウスミレをじっと見つめた。


目を合わせて見つめ合うと、意外にも眼差しが落ち着いて瞳が澄んだ人だった。 背が高くて遠くから見た時は体が細く見えたが、近くで見ると思ったより動きに力があった。


「本官は直属の上官から、命令を受けて投入されましたが……」


ハウアー少尉はしばらくためらったが、結局口を開いた。


「捕まって来たのがあなただとは知りませんでした。 マインデイ嬢。」


「あら、私のことがご存知ですか?」


「その日、将校会館に私もいたからです。 マインデイ嬢があの時侮辱していたパズ大将閣下は…… 私の憧れであり、ロールモデルでもあります。」


ハウアー少尉は真剣で断固とした口調できっぱりと言い切った。





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