第17話 恩知らず
「ちくしょう、どうして私たちの正体がわかったんだ!」
「恐ろしい女。さすが帝国海軍に恥をかかせた女狐だな!」
「(フリードリヒはこんな馬鹿どもを連れて戦争をしているのだろう。そちも苦労してるね…)」
憎ましい感情とは別として哀れを感じながらクラウゼミは首を振って周囲を見渡した。 彼女が捕らえられている場所はかなり大きくて広い倉庫だった。 相当な量の貨物も十分積むことができそうだった。
首都のローレライは大都市だ。 馬車で短時間で来られる距離にこれほど広い敷地を確保できる場所は限られている。 郊外の農家、東地区の工場地帯、そして西の港湾。 大きく息を吸い込んだクラウスミレの鼻腔を満たすのは湿って、生臭い匂いだった。
「「西側の波止場なんですね。)」
「皆さん、どうしてこんなことを?」
「はあ、今更そんなことを聞くのか。」
「貴様があの日、将校会館でやったことを知らないとは言わないだろうな!」
やっぱり。
正直なところ、クラウスミレはその日のことについて詳しく覚えているわけではなかった。フリードリヒから別れを告げられ、それを耐えられなくてお酒をあおって、その勢いでちょうど口喧嘩をしていた士官たちの背中をほんの少し押してあげただけ?断片的でかすかな記憶しかない。細かいのはハイネから聞いたことくらい?
とにかくフリードリヒのすべてだとも言える海軍に一発食らわせたかったのは本気だったから、ある意味で海軍士官たちがあんなに怒っるのも当たり前かもしれない。彼らに実際勝ったのは陸軍側の士官たちだったがとにかく八つ当たりする相手は必要なものだから。だとしてもこの一連の暴挙を理解してあげる義理はないけど。
「(お酒の場の殴り合いで普通ここまで恨みを持たないでしょう?男らしくないですね。)」
「それで、これはフリードリヒの指示ですか?」
「パズ大将閣下のお名前を軽々しく呼ぶんじゃない! てめえごときにあのお方が気になさるとでも思うのか!」
確かにフリードリヒなら、こんな下手な手は絶対使わなかっただろう。自信が満ち溢れる人だから自ら動くか、あるいは、想像もつかないほどの陰険な手を使うか。 こんなバカたちに仕事を任せるはずがない、とクラウスミレは確信した。
「では、皆様はこれから私をどうするつもりですか? ]
「あ……それはてめえの知ったことじゃない!」
「(この人たち、本当に何も考えてないんだ。)」
腹立ちまぎれにとりあえずやらかしてしまって、その後にどうするかを決める、そんな種類の連中だった。
怪漢たちがこれからどうするかを自分たちだけで騒ぐ間に、クラウスミレの頭の中では彼女が今取れる数え切れない選択肢が絶えずに作られて、消されて、そして整理されていった。
「(さっきの襲撃でハイネが大けがをしたら? それならその時点で救出は期待できないです。 元帥が留守なのに私みたいな女の子はアウトオブ眼中になるでしょう。 ですからここはハイネが無事だと仮定して考えてみましょう。
ハイネが動けるならきっと私を助けに来ようとするでしょうが、今すぐ彼が使える手は限られているんです。 いくら元帥だとしても、勝手に首都内で多数の兵力を動かせたら目につかないはずがありません。 彼が自由に動かせるほどの兵力なら、元帥府内直属部隊……程度かな…それがいったい何人? もう、情報が少なすぎる。戦略の基本は情報なのに…
とにかく、人を思いっきり使って人海戦術でここを探すのは無理だとしたら、できるだけ早く彼が私を見つけられるように手掛かりを与えなければならない。
でも、どうやって?」
思考の流れにクラウスミレが身を任せたまま脱出方法を模索している間、彼女の目の前では怪漢たちが、一見真面目そうに見えるが実は限りなく無意味な議論を続けていた。
「だから、大将閣下にこの女を捧げ、処分をお任せしよう! 閣下も帝国海軍の名誉を高めた我々を称えてくださるはずだ!」
「些細な手柄を目立たせようとするな! 我々は忠実な閣下の部下らしく、汚い仕事は密かに処理して閣下の心配事を陰から消去すればいい!」
怪漢たちの数は全部まとめて6人だった。
そのうちの主謀者に見えるのが今言い争っている二人。若さの勢いでこのようなことをしたと言い訳するには少々無理がありそうな年齢に見えた。 階級は……大体少佐か中佐くらい? クラウスミレの心の奥からは『フリードリヒやハイネを見てよ、年齢で階級を予想してはいけないよ』とする声が聞こえたような気がしたが、それは無視。 それはあの二人の方が規格外の怪物なのだ。普通の人間に比べられないほどの。
「中佐殿、もうすぐ点呼時間です。基地に戻らなければなりません。」
「階級で呼ぶな、このしれもの!」
中佐だったんだ。
その二人のすぐ後ろには護衛をしているように休めの姿勢で立った男が三人。先ほど階級で中佐を呼んで怒られた男を含めたあの三人は主謀者たちの直属の部下のようだった。
最後に、見張っているように少し離れたところに立っている男性が一人。、かなり幼く見えるあの男は、怯えているような表情できょろきょろとしていた。 あの人は何も知らずに連れてこられたのかな。
人員と状況を把握したクラウスミレは、深いの上で綱渡りをする気持ちで口を開いた。
「あのね、そこの誘拐犯さんたち。」
「は?誘拐犯だと?」
「この女は自分が今どういう状況なのか知らないようだな。」
「どういう状況なのか分からないのはそちらでしょう。 さっき殴り倒したのが陸軍元帥のハイネ・フォン・シューマンだということは知ってるんですか?」
「当たり前だ! あの偉そうな陸軍の野郎はいつも一発ぶん殴りたかったぜ。そして、そんな野郎にしっぽを振り舞うてめえもな! パズ閣下が下さった寵愛も綺麗さっぱりに忘れたこの恩知らずが!」
『恩知らず』という言葉を聞いたクラウスミレは、腹が立った。 最初は少し挑発しようとするつもりだったが、今になっては逆に挑発されたようなものだった。とにかくクラウスミレは…
キレた。
「『恩知らず』だと! 誰が誰の恩を忘れたというの! 何も知らないくせに!」
「黙れ! 節操もなく、シューマンの小僧なんかにくっついちゃって!」
「ああ、そうですか! 私もむしろそうであってほしいですね! そこで、じっとしていなさいよ。 本当にそうなら今すぐハイネが竜騎兵を引き連れてきて、あんたたちの頭を全部ぶっ飛ばしてやるから!」
あ、しまった。




