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第14話 届かない指先






「今日思う存分俺のことを撃破しながら遊んだし、今頃なら気がすんだんだろうな? クラウスミレ嬢の話をしてみようじゃない。気分のせいか、今日は先日よりもクラウスミレ嬢の肩に力が抜けているような気がするが…」


「そうですか。この前の時には状況が状況だったのでいろいろ大変失礼いたしました。どうかお許しを。」


「それを失礼だと思っていたら、縁談など送ることも、今日こうして会うこともなかったでしょう。 それより戦略についての理解度の格が違ってたんだが、どこかで学んだことがあるのか? レイディが教養として勉強するようなことではないと思うがね?」


「私の祖父はロウソクの職人でした。 そして、ご存じの通り、ロウソクは…」


「主要軍事戦略物資、だよな。」


ロウソクは単に光を照らすことだけで使われるわけではなかった。 鎧、装備、武器からあらゆる細かい道具に至るまで、軍で革は数え切れないほど使われていた。そして、そのような革の製品を管理するためにロウソクは必ず必要な戦略物資だと言っても過言ではなかった。


「祖父は昔から軍の動きががあるたびにロウソクを納品し、時には軍属商人(ぐんぞくしょうにん)に選ばれて直接戦場にまでロウソクと油を渡しました。


そうやって何度も軍と仕事をしている間にか家にも様々な軍の物が溜まって、その中には戦略書や兵法書をはじめとするあらゆる実用書がありました。


祖父がロウソク職人の仕事から引退した後、本来ならその後を継がなければならない私の父は、油に手を浸す代わりに、それまで顔見知りになった軍の人達と手を組んで本格的に事業を始めました。


その理由で、幼い頃にはほとんど父の顔を見たことが数えるほどしかありません。 学校に通う年になったお姉さんたちはローレライの寄宿学園に入りましたが、まだ就学前だった私は祖父の家で過ごしながら、自然に本と仲良くなりました。」


「なるほど。どうやら口調とか礼法とか、他の貴族家のお嬢さんたちとは微妙に違うと思っていたけど、そういうことだったのね。マインデイ家が新興家門であることは知っていたが、ここまで短期間に急成長した企業家門だったとはな。 お父様の手腕がすごいね。感心したよ。」


「好意的におっしゃってくださってありがとうございます。 ですが、社交界ではまだ…」


「ああ、言いたいことが分かったよ。」


どうせ金しかない成金、大目に見てもせいぜい商人の家柄だと敬遠していたはずだろう。 あの古臭いの貴族たちの目線ではね。 ソードを持って決闘ごっこなどしていた暗黒時代の夢に中に溺れているまま、夜明けが明けてくることすら知らず、まだぐっすり眠っている怠け者ども。


「(そのまま永遠に寝込んでしまうかも、な。)」


表で見えるふてぶてしい表情とは裏腹に、ハイネが心の中でこんな薄暗い考えをしているとは夢にも思わないまま、クラウスミレは小さく苦笑いした。


「それで今日は、送ってくださった縁談について、きちんとした返事させていただくために来たんです。 私のような卑しい家柄の娘を恋人や嫁にすれば、名門として名高いシューマン家に大きなご迷惑をおかけすることになるでしょう。」


「そうか。」


その後、二人は静かに食事を終えた。

レストランから出たら、いつの間にか太陽が地平線の向こうに沈もうとしているところだった。 通りを歩く二人の後ろに影が長く伸びた。


「今日はありがとうございました。」


古言に『夕日には魔法が宿っている』とか言ってたっけ。

夕焼けの光を浴びてオレンジ色に染まったクラウスミレの顔は、一段とさわやかに見え、同時に寂しげに見えた。


「何が?」


「わざと私の機嫌を直してあげるために、私を笑わせるようなことをしたんじゃないですか。 本当にその活動写真が観たくなかったら最後まで拒否したりそのまま帰ることもできたのに。 ぐっと我慢して一緒に観てくださったんですよね? 私を楽しませようと。」


「......」


「おかげで思いっきり笑いました、今日。 最初に家からは本当に出かけたくなかったんですけど… 今は出てきてよかったと思います。 ああ、スッキリしました。」


「俺も楽しかった。 レイディと戦術の話をしたのは今までなかった不思議な経験だったよ。 これまで女性たちと話をすると、興味もない家柄の話とかどうでもいいゴシップのこととか知ってるふりして相槌を打つのが、耐えきれなかったよ。なのに、今日は初めて俺の専門でレイディに偉そうにできた記念すべき日だった。ハハ。」


「私は軍の話をするのも、聞くのも、結構好きなんですから。」


「そう?じゃあ、兵営でサッカーをした話を…」「あ、それは結構です。」


「チッ」


舌打ちしながら口を尖らせるハイネを見て、クラウスミレはくすくす笑った。


「婚約は残念ですが、もしよろしければ、いつでも馬仲間になりますよ。」


「縁談のことは残念でしたけど、もしよろしければ、いつでもお話相手になって差し上げます。」


「お話相手か… ひょっとしてポロには興味ある?」


「ポロの試合のこと…なんですか?」


クラウスミレは首をかしげた。


「ポロの試合を観戦するのも立派な社交活動になるだろう。俺がシーズン券を持ってるから、今度ポロの試合に連れて行ってあげるよ。 確かローレライ・タイガースとバレンブルク・ジャイアンツの試合はいつだったっけ…」


「だったら、いっそポロじゃなくてホースレイシングなら…」


その時、

クラウスミレの目にはまるでハイネの後ろに伸びている影が起き上がるように見えた。それは…


ゴッ!


「アッ!」


「きゃぁぁ!」


夕焼けが作った影の中から湧き出るよう現れた、黒い服で全身を包んだ男たちが、不意にハイネを襲ってきた。何かに後頭部を殴られたハイネは前のめりに倒れた。


「ハ、ハイネさん!」


地面に、クラウスミレがプレゼントした帽子が転がっていた。 帽子のブリムについた赤い血を見て、クラウスミレは泣き叫んだ。


「ハイネさん! 目を覚まして! 誰か! 誰か助けて! ハ…ハイ…」


「こっち来い! このあまっちょ!」


「アァッー!」


倒れたハイネに向かって伸びたクラウスミレの指先は、結局彼に届かなかった。





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