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第13話 お見合い (3)




しばらく笑った後、ハイネの冷たい視線を感じてからこそ、やっと落ち着くことができたクラウスミレはレイディとしての品位をもってそろそろこの哀れな戦争英雄を助けることにした。


「これが、役に立つだろうか?」


ハイネから渡してもらった劇場の利用券を【ゴルジレイの戦い〜(以下略)】の入場券に変えてくる途中、雑貨屋で購入した帽子。クラウスミレはそれをハイネの頭にかぶせて、ブリムをそっと整えてあげた。


「これなら、少なくとも人に気づかれる心配はないでしょうね。 これが最近、大学生たちがよく使っている帽子だそうですよ。 バケットハットって言うんですって。」


「確かに、こんな形ならかなり顔が隠れそうだな。」


不思議そうにバケットハットの前のブリムをいじるハイネを見て、クラウスミレは、さっきチケットブースで入場券を交換していた時のことを思い出した。


『ね、ね。あそこ、あそこの男子の方、見て。 かなりハンサムじゃない? 背も高くて肩も広いし。』


『ええ、本当に。 モデルみたい! しかもあの爽やかな顔と優しげな目つきを見てみて。』


『一人で来たのかな? キャー、どうしよう、こっち見てる!』


チケットブースでチケットを交換している間、隣のブースでは女子大生の一団がギャーギャーと大きな音を立てて騒いでいた。


『(どの学部所職なんでしょうか。 こんなに落ち着きのない学生たちは。)』


そして、彼女たちが大騒ぎしながら眺めるその最後には、腕を組んで壁に背を頼りに立ったまま何か考え込んでいるハイネがいた。


確かにこうして見ると、単なる普通のイケメンにしか見えない。 もし彼が軍人の道を歩まなかったら… いや、武家で名高いシューマン家の後継ぎで生まれてなかったら、果たしてどんな人生を生きていたのだろうか。 学者? 小説家? ポロ選手?それとも俳優?


『(何でも良さそう。)』


何をさせても彼ならよく似合いそうな気がした。


『(こんなこと、フリードリヒと付き合ってる間には一度も考えたことなかったのに…)』


しかし、あんなにキラキラと輝きながらで目を引いていると、その中で気が利く人は、彼がシューマン元帥であることを気づいてしまうかもしれない。 それも知らずにあそこで一人孤高にモデルのオーラを思いっきり発散しているあの青年元帥を見て、クラウスミレは突然気に入らなかった。


『(何だか面白くないですね。)』


『この帽子一つください。』


それでクラウスミレは、すぐ隣の店にかかっていた帽子を一つ手に取ったのであった。


できるだけ、一番ダサく見えるのを選んで。


.

.

.


長々1時間にわたる壮大な活動写真の物語は、激しかった大戦争の最後の戦いを見事に勝利に導いたシューマン元帥(を演じた俳優さん)が悲壮で雄々しくフォルクスラントの国歌を歌い始めると、将兵たちが熱い涙を流しながら合唱し、それに続いて帝国軍歌をアレンジした主題歌を最後にしてその大団円の幕を閉じた。


そして上映中、ずっと銀幕から目を離せなかったクラウスミレは…


「ウォウォウォ~ 無敵の~ 帝国軍~ 」


「それ、もういい加減やめてくれないかな?」


「いやぁ… でもこれ、どうしても耳元で鳴り止まないんですよ。 この主題歌が結構中毒性が強いんです。 やっぱり無敵最強の帝国軍、広報部すらも普通じゃないですね。 一度聞いたら絶対忘れませんよ?最強の~ 帝国軍~」


怪しからんと、帝国陸軍元帥の偉大な功績を称えるために制作された映画の主題歌を、本人を持って遊ぶために使っていた。


エルトマン大佐が事前に予約しておいた近くのレストランで、二人は向かい合わせに座って先ほど観覧した活動写真について激しい議論を交わしていた。


「いったいあの映画のどこが『現場を再構成』で、なにが『ドキュメンタリー』なんだ。 何から何まですべてがデタラメな誇張と大げさな誇大宣伝にいっぱいだったのに。」


「そうなんですか?」


「ああ、ツッコミを入れたくなるところが一つや二つではなかったよ。そもそもタイトルからして…」


「私が当ててみましょうか?戦力差が10:1で劣勢なのに、包囲殲滅戦なんて可能なはずがないということですよね?」


「よく知っているね! しかもあの戦闘は殲滅戦などとは全く違っていたんだ。きっと国防広報処の誰かが見た目だけ適当に立派な言葉を言いこしらえたに違いない。 後で国防大臣に会ったら必ず話さないとな。」


ハイネは「チッ」と舌打ちし、クラウスミレは目を輝かせながらさらに盛り上がった。


「映画の中盤にマルラニ公国が繰り広げた戦術は、縦深戦術理論じゃないですか? 再現がめちゃくちゃで分かりにくかったけど……」


「どうしてそう思った?」


「それは、公国側の兵の数が圧倒的に多く、戦場が広かったからです。 少なくとも、私だったらそうしたと思います。」


「戦術的に見ればその答えで十分だろう。 しかし、もう少し戦略的に見てみよう。 マルラニ公国が選んだ戦術は、「縦深戦術理論」による「波状攻撃」だったよ。 一斉に複数の地点で同時に交戦を形成し、その後を第2派、第3派が続いて攻め込んで来ること。その目標は休む暇もなくプレッシャーをかけ続けて最終的には帝国軍を殲滅することだった。 包囲殲滅戦はむしろ我々ではなく、公国側が試みたってわけ。 その理由は、我が軍団を殲滅してこそ、その後の戦争の勢力図が……」


一緒に盛り上がってはしゃいでいたハイネはいきなり口を閉じた。


「どうしたんですか?」


「いいや。こう見えても、一応デートのディナーなのにこういう話題でいいのかと… ちょっと悲しくなって… 私、参謀会議に出ているわけじゃないのに…」


「もう!いまさら。」


2人の熱い会話を観察しながらタイミングを見計らっていたウェイターが老練に割り込んできた。


「お食事をご用意いたします」







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