第12話 お見合い (2)
「ふーん、わざわざ『服装は自由に』という条件をつけたものの、まさかそんなカジュアルな格好で来られるとは思いませんでした。 正服の姿でいらっしゃると予測したのに。」
「正服の軍人と高校の制服を着たお嬢さんがこんなに見る目が多い場所で会うんですと? 俺を社会的に抹殺するつもりだったんですか?」
「実はそうすれば早く家に帰れるのかな、と思っていたんです。 いくらシューマン元帥だとしても、女子高生に❛ちょっかいを出す❜光景はちょっと危ないでしょうね? さすが不世出の戦略家ともあろうお方。 私の作戦くらいはお見通しというわけなのですね、元帥閣下には。」
どこから直してあげればいいのか到底見当もつかないほど、とんでもない勘違いの連続だったが、面倒くさいから放っておこう、とハイネは思った。
「ハイネと呼んでください。私がここにいるのは、一応対外的には知らされてない事項ですから。マインデイ嬢。」
「では、私もただクラウスミレでいいです。年上の方に敬語で話されるのもちょっとあれなんですから、わざわざ敬語でなくていいです。」
「じゃ、スミレちゃん。」「あ、それは行き過ぎです。」
即答かよ。
ハイネたちはとりあえず場所を変えてカフェに座って話をすることにした。 二人そろってコーヒーを一杯ずつ前にしておいて会話をしている姿は、傍から見ると本当に平凡にデート中の学生カップルにしか見えなかった。
「そういえば、今その制服を着た生徒たちが結構見えてるけどが、この辺りの学校の制服なのか?」
「あら、ご存じなかったようですね。 ローレライ大学…いや、ローレライ学園は、小学校から大学まで一つの敷地内に集まっているんです。 私も中等部からここに通い始めたんです。 これは私が高校生の時に着ていた服ですし。」
「なるほど、そうだったのか。」
改めて自分が軍隊の指揮などには専門家であっても、社会がどのように動いているのかよく分からないということを感じたハイネだった。 シューマン家の家風に従って幼い頃から軍事学校に通っていたせいもあるが、それにしても帝国最高の大学がどんなシステムなのかも知らなかったとは。
「それにしても、その制服のセーラーカラー、妙に海軍の連中を連想させてちょっとあれなんだけどな。」
「実はそいうわけで、フリードリヒも制服デートが嫌ってったんです。仕事場で見飽きたセーラーカラーを、デートでまで見たくはないんだとか。あの時は今と違って現役の女子高生でしたのにね。」
クラウスミレは制服のカラーを撫でながら寂しく微笑んだ。
「今は、その… 感情の整理ができた、のかな?プリ…いや、その名前を口にできるってことは。」
「それが知りたくて、わざわざ海軍の話を持ち出したんじゃないですか?」
「は、すべてお見通しだね。俺が今話してるのが女子大生と話しているのか、それとも国務会議の年老いたタヌキたちと話しているのか,分かんないくらいだよ。」
降参します、と言ってるみたいに呆れた表情で両手を上げたハイネを見て、クラウスミレはクスクス笑った。
「それで、今日はどんなデートプランを立ててきたんですか?」
「ああ、そうだ。 これ、エルトマン大佐が渡してくれたんだけど…」
ハイネはコートの内ポケットから2枚の紙チケットを取り出した。
「もしかして、活動写真は嫌いじゃないよね?」
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明らかにエルトマン大佐はハイネの有能な副官であり、将来有望な参謀である。 今も彼が作った時間表とプランの通りに着々とスケジュールが進んでいるのではないか。
それなのに、なんだか、ものすごく、クラウスミレのペースに巻き込まれているような気がしているハイネであった。
例えば今···
「つまり、今マインデ… クラウスミレ嬢が見たいという活動写真がこの『愛の迷路』ではないということ?」
現在女子大生の間で絶大な人気を誇るイケメン俳優が出演し、切ない愛のセレナーデを歌うという内容の『愛の迷路』。
妙齢のお嬢さんたちなら誰でも歓声があがるような、奥ゆかしい眼差しで相手女優と目を合わせているイケメン俳優の絵の下に書かれた文字には、そんなタイトルがついていた。確かにエルトマンが推薦した活動写真もきっとこれだったはずなのに。
「はい!元… ハイネさん。 私はこちらの方がもっとお気に入りなんですけど。」
しかし、クラウスミレがキラキラとした目でみつめながら指差しているのは、『愛の迷路』ではなくそのすぐ隣のポスターであった。そのタイトルは…
【運命のゴルジレイの戦い~大陸最強の英雄は10:1の戦力差でも何の問題もないようであります! ハイネ・フォン・シューマンの歴史上前代未聞の奇跡の包囲殲滅戦!その神話の現場を再構成した感動の実話ヒューマン・ドキュメンタリー・ドラマ。全大陸が泣いた!~】
それは他でもないハイネ本人が指揮をとって勝利した戦いの中で、最も劇的で痛快だったことで有名な、それで彼を今の地位に立たせてくれたゴルジレイの戦いを再現したプロパガンダ活動写真だった。
だから、このポスターにも真ん中にハイネ・フォン・シューマン本人の顔がとてつもなく大きく描かれていた。 そちらには、画家の忠誠心と承認欲求が最大限に発揮された結果、ほぼ『愛の迷路』の主人公レベルにまで美化されたシューマン元帥が軍刀を手にしていた。悲壮感が漂った顔で傷ついた獅子のように咆哮しながら戦線の戦士たちを叱咤している彼はすぐにでもポスターから出てきそうだった。
だが、周辺を通り過ぎている数多くの人々は「ハイネがシューマン元帥の顔をぼっと眺めている」この貴重な光景に気づいていなかった。 それは、ポスターの中のシューマン元帥が兜をかぶっていたせいもあったが、それよりは、あの悲感に満ちた英雄の肖像と間抜けな顔でそれを眺める青年が同じ人物だとは到底想像もできなかったからだった。
「こ… これが… 羞恥プレイとかいう… そういうことか…?」
ハイネの表情を見て、クラウスミレは笑いをこらえるために腹を抱えたままプルプル震えていた。その後ろ姿をまるで魂が抜けられたような目で見つめながら、ハイネは自分がこの女性に惚れてしまったのは、もしかしてゴルジレイの戦いの怨霊が下した呪いではないかと考え始めた。




