7、向き合う
ラウローリエ・ジェーミオス視点
ラウローリエは、考え込んだイグナルスを見て、気づかれないようにしながら軽く息を吐いた。
イグナルス・アクワーリオ。ラウローリエが知る漫画の中では死ぬ人物。
優しくて、自分に自信がない。その原因を、ラウローリエは知らない。漫画を全巻見る前に自分は死んだから。
しかし、ヒロインを庇って死んだイグナルスの性格面の理由を、マンガの続きを読むことで説明されていたとは考えにくい。ヒロインやヒーローに関わる秘密がない限り、物語の本筋には入らないだろう。
だから、情報はゼロ。ラウローリエは目の前のイグナルス・アクワーリオに向き合うしかない。
ラウローリエの知る漫画のように、イグナルスを死なせるわけにはいかない。しかしラウローリエに何ができるのだろう。
「イグナルス」
「なに? ラウローリエ」
ラウローリエが名前を呼ぶと、彼は真っ赤な瞳を自分に向ける。綺麗な目だな、と思いながらラウローリエは口を開いた。
「私は、あなたのことを知りたいの。だから、いっぱい対話をしたいの」
「……喧嘩を?」
先程、喧嘩は対話の場合もある、と言ったラウローリエの言葉を覚えていたのだろう。ラウローリエは緩やかに首を振る。
「私は穏やかな会話がいいわ」
「今みたいな?」
「そうね」
ラウローリエがそう言うと、イグナルスは曖昧に頷いた。よく分からないけれど、ラウローリエを不快にさせないために頷いたように見える。それに少し悲しくなりながらも、口を開いた。
「イグナルス。次、いつ空いてる?」
「……」
イグナルスは黙り込んだ。彼の赤い瞳が揺れるのを見ながら、じっと待つ。急かしてはいけない。イグナルスの声を聞かなくては。
「来月の、同じ曜日なら」
「分かったわ。また、連絡するわね」
「うん」
頷いたイグナルスが、じっとラウローリエの方を見てくる。ラウローリエは首を傾げた。
「どうしたの?」
「君は、白みたいな人だね」
「白?」
ラウローリエの髪はピンクブラウンであり、瞳は紫だ。白、という印象を与えるものではないはず。
「私に白の要素なんてないでしょう?」
「うーん。見た目の話じゃないんだ。ただ、雰囲気が」
「雰囲気?」
「うーん、やっぱり何でもない。忘れて」
イグナルスは、何か言葉をのみ込んだ。あ、失敗した。ラウローリエは少しの焦りを感じる。
「イグナルス。教えてほしいわ」
ラウローリエはそう伝えたが、イグナルスは困ったように微笑んで、それ以上は何も言わなかった。
「それじゃあ、あなたは白は好き?」
イグナルスが何もいいたくなさそうだったため、ラウローリエは質問を変える。それに対して、イグナルスは俯きながら考え込んだ。
「分からない。でも、綺麗だと思う」
「……それじゃあ、私を綺麗だと言っているみたいじゃない」
一瞬、イグナルスが何を言ったか分からず、反応に遅れる。なんとか言葉を理解したラウローリエが冗談まじりにそう言うと、イグナルスはきょとんとした顔をした。
「そう言っているんだよ? ラウローリエは綺麗だから」
無垢に見える真っ直ぐな赤の瞳。
ラウローリエはうめき声をあげそうになり、必死で堪えた。
心臓に悪い。なぜ、こんな嘘が混じっていないような目でそんなことが言えるのか。
ラウローリエは思わず視線を落とした。
「ラウローリエ? 僕、変なこと言った?」
「いえ、あの。そうじゃなくて……」
イグナルスの心配そうな声に、慌てて否定をする。
ラウローリエは自分の顔に手を当てた。赤くなっていないだろうか。ここまで直球に褒められたのは初めてだ。
ゆっくり顔を上げると、心配そうな顔をしているイグナルスと目があった。
「イグナルス、ありがとう」
「何が?」
きょとんとしているイグナルスを見ながら考える。なぜ、こんなに良い子なのに。彼は自分に自信がないのだろう。人と接するのが苦しそうなのだろう。
人間が嫌いなのだろうか? それなら、ラウローリエにこんな丁寧な対応をしないのではないか。
うーん、とラウローリエは考え込んでいると、心配そうな顔でイグナルスが見つめてきた。
「どうしたの、ラウローリエ」
「何でもないわ」
とにかく、目の前の彼に気を許してもらわなければ。
ラウローリエイグナルスに微笑みかけた。
「ほら、もっと食べて。気に入ったものを教えて」
「分かった」
こくりと頷いた彼は、目の前の食べ物を興味深そうに見つめる。遠慮気味でも少しずつ食べている様子を見て、ラウローリエは頬を緩めた。
「どれが好きだった?」
「……いちご」
「そうなの? 甘酸っぱいの、好きかしら?」
ラウローリエが最初にあげたものが、たまたまイグナルスの好きなものだったのか。ラウローリエはそう思ったが。
「君が最初にくれたから」
イグナルスの言葉で思わず咳き込んだ。それをイグナルスが心配そうに見ている。
「大丈夫? ラウローリエ」
「大丈夫」
ラウローリエがあげたから、気に入った。その言葉に、なんとも言えない気持ちになる。
このまま、イグナルス自身の「気持ち」を奪ってしまったら、どうしよう。イグナルス・アクワーリオを歪めてしまったらどうしよう。
そんな不安がよぎるが、ラウローリエは息を吐いた。
違う。人と関わるというのは、きっとそういうことだ。相手の気持ちに左右されることもある。それが、目の前のイグナルスと向き合うということ。
「イグナルス」
「なあに?」
「あなたが気に入るものを見つけられて良かった」
ラウローリエの言葉で、イグナルスは穏やかに笑う。
ラウローリエは決めたのだ。この目の前の彼を生かすと。関わることに、怯えていてはいけない。




