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4、イグナルス・アクワーリオ

 しばらく4人で話していたが、気がつけば終了時間になっていた。ちなみに、その間マグダレーネはアデルバートに「かわいい」と10回以上言っていたのが印象的だった。つい心の声が出てしまうらしい。


 先にアデルバートとマグダレーネの両親が迎えにきて、ラウローリエと2人で残された。


「イグナルス。どうだった?」

「なにが?」

「友達が増えた感想は?」


 ラウローリエがイグナルスの顔を覗き込む。イグナルスは先ほどまでの時間を思い出した。


「新鮮だったよ」

「そうでしょう!」

「会話って難しいね」


 特にラウローリエとマグダレーネの会話はすごい速さで進んで、口を挟むことができなかった。会話の内容がよく分からないことも何度かあった。難しい。しかし、ラウローリエはよく分からなさそうに首を傾げる。


「慣れればきっと大丈夫よ」

「……うん」


 慣れる方法は果たしてあるのだろうか。ラウローリエと次はいつ会うのかも分からないし、アデルバートやマグダレーネも会う機会があるのだろうか。


「イグナルス、今度家に遊びに来てね」

「え……」

「いや?」

 

 ラウローリエの提案に動きを止めたイグナルスを見て、ラウローリエが不思議そうな顔をする。イグナルスは口ごもった。


「いやではないけど……」

「それなら、約束よ」


 ラウローリエの笑みは心底嬉しそうだ。イグナルスは首を縦に振ることしかできなかった。


 ◆


 ラウローリエの迎えが来た後、イグナルスにも迎えが来た。イグナルスは迎えの馬車に乗ると、憂鬱な気持ちでいっぱいになった。


 イグナルス・アクワーリオ。アクワーリオ侯爵家の次男、ということに()()()()()


 イグナルスはアクワーリオ侯爵と侯爵夫人の間の子どもではない。別の母親に育てられていたような記憶があるのだ。そして、侯爵家に昔から住んでいたわけではなかった記憶もある。


 イグナルスに何か侯爵と侯爵夫人が言うことはなかった。しかし、自分は侯爵の不義の子であるのだろう。侯爵も、侯爵夫人も、イグナルスへの接し方はぎこちなかった。さらに、侯爵と侯爵夫人が言い争っている声をきいたことがあるが、そこに自分の名が出てきていたのだ。

 自分は本当の母には捨てられて、侯爵が仕方なく引き取ったのだろう。

 

 侯爵も、侯爵夫人も良い人であるのだ。イグナルスを邪険に扱うことはなく、他の子と同じように、まるで本当の子どもであるかのように扱う。


 しかし、それがむしろイグナルスを苦しめた。自分は本当の母親に捨てられるような人間だ。それなのに、他の子達と同等に扱ってもらうなんて烏滸がましい。


 イグナルスの兄ということになっている少年は急にできた弟だと気がついているはずなのに、まるで本物の弟のように扱ってくれる。イグナルスの妹ということになっている少女は、まるで本物の兄のように扱ってくれる。


 その全てが心苦しかった。自分さえいなければ、この家は欠陥のない、後ろ指を指されることのない、素晴らしい家だというのに。


 自分は周りを不幸にする。自分はここにいてはいけない。

 

 イグナルスは知っているのだ。噂になっていることを。アクワーリオ侯爵家にいなかったはずの次男がいるというのに気づく人がいるのは当然だろう。今日もコソコソと話す声や見定めるような視線から逃れるように会場の隅にいたのだ。


 ラウローリエも、マグダレーネも、アデルバートも知らなさそうであったが、果たして知ったらどんな顔をするのだろうか。


 どこの馬の骨かも分からないイグナルスと、友人でいてくれるだろうか。

 しかし、友人でいてくれなくても構わない。友人となったとしてもイグナルスが与えられるものは何もない。むしろ、友人となったことで不幸を呼び込んでしまうかもしれない。それなら、早めにイグナルスから離れてほしい。不幸が身に降りかかる前に。アクワーリオ侯爵家の人々のように害を被らないうちに。


 アクワーリオ侯爵家に迷惑しかかけていないと分かっている。

 家を出ようと思ったことはあった。しかし今のイグナルスが1人で生きることができないのは知っている。調べたから。生きるのには金が必要であり、その手段があるほどイグナルスは素晴らしい人間ではない。無知で無力なただの子どもだ。行動力もなく、自分にできることを考えるほどの能力もない。

 迷惑であり、邪魔だということが分かっていながらも何もしない、愚かな人間だということは自覚している。

 何にも気づかないほどの愚かさまであれば、いっそ幸せだったのかもしれない。それでも、気がついてしまっことをなかったことにはできない。ぱんと弾けて透明になりたい。


 誰かを庇って死ぬ。もしそうだとしたら、自分に初めて生きていた意味があるのかもしれない。意味を感じることができるのかもしれない。


 馬車が家に到着した。イグナルスは息を吸いこんだ。強張る顔を手で叩く。

 いつも通りに振る舞おう。会話は最小限。何にも興味がなさそうな顔をして過ごすのだ。


 アクワーリオ侯爵家の人々に祈りのような感情がわき上がる。

 どうか、自分のことを気にしないで。異物ではある自分のことなど放っておいてほしい。イグナルスが1人で生きることができるようになったその日には、きっと家から出て行くから。

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