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3、友達作り

「イグナルス様」

「……イグナルスでいいよ」


 先ほどからラウローリエは「イグナルス・アクワーリオ」と呼び捨てて連呼していた。彼女としてはマンガのイグナルスの名を呼んでいるつもりであったのだろうが、今更「イグナルス様」と呼ばれても違和感がある。


「分かった。イグナルス。私のこともラウローリエでいいから」

「……うん」


 初めての経験だ。友達も、呼び捨てで呼ぶのも。真新しい感覚に戸惑いながらイグナルスは口を開いた。


「ラウ、ローリエ」


 少しつまりながら彼女の名を口にすると、ラウローリエは幼い子どもでも見るような目でイグナルスに微笑みかけた。

 

「なあに?」

「さっき、何か言いかけていなかった?」

「あ、そうだった」


 ラウローリエは目を輝かせてイグナルスの方を見てきた。イグナルスが少し身体を後ろに引くが、ラウローリエは気にせずにイグナルスの方に身を乗り出した。


「さっき、私以外に友達がいないって言っていたわよね?」

「うん」

「じゃあ、作りましょう。今、この場で」


 唐突な言葉にイグナルスは瞬きを繰り返した。ラウローリエは名案、と言うように笑っている。


「なんで急に友達?」

「理由がないと駄目なの?」


 首をかしげるラウローリエは本気で不思議そうだ。友達はラウローリエにとって理由がなくてもいいものなのだろう。

 黙り込んだイグナルスを見て、ラウローリエが口を開いた。

 

「私だって、考えなしに言っているわけじゃないわ」

「そうなの?」

「大事な人って、この世への未練になるから。良くも悪くも」


 そう言ったラウローリエは目を伏せた。イグナルスは2つのことに気がついた。

 まずラウローリエは、「ぜんせ」に未練がある、ということ。その未練の一端を担っているのが大事な人なのだろう。

 そして、もう1つ。ラウローリエはイグナルスにこの世界への未練を作ろうとしている。先ほど宣言したイグナルスに生きたいと言わせるための準備だ。


「分かった。いいよ」

「本当に?」


 イグナルスが承諾すると、ラウローリエが顔を上げる。彼女の紫色の目がまん丸になっており、思わず笑ってしまいそうになる。


「本当に良いよ。でも、どうするの?」


 イグナルスは会場を見渡した。イグナルスとラウローリエが座っていた席には2人以外いない。交流を目的とした会であるため、他の人同士はある程度仲が深まっていそうだ。


 ラウローリエが、ある席に目線を向けた。


「あの子たちも男女2人よ。ちょうどいいんじゃないかしら?」

「え……」


 ラウローリエの目線を辿るが、イグナルスは首をかしげた。男の子と女の子が仲よさげに話している。男の子の方は服装でしか男女の判断が難しいほど中性的な美しさをしている。その彼の銀色の瞳は、共にいる女の子しか目に入っていないと思うほど、少女に夢中そうだ。

 一方、女の子の方も綺麗な顔立ちをしていた。紺の髪に蒼の瞳。まだ少ししか彼女を見ていないが、表情がくるくると変わっている。


「いや、でも近寄りがたくない?」


 容姿の整った2人なのにも関わらず、2人に話しかけに行く人はいない。それもそのはず、明らかに2人の世界ができあがっていて、割り込んではいけないと思わせる空気があるように感じるからだ。


「きっと大丈夫よ。行きましょう!」


 ラウローリエに言われ、彼女が言うならとイグナルスは考えるのをやめた。ラウローリエと共に彼らの元へと向かう。


「こんにちは」


 ラウローリエの声で、2人が一斉にこちらを向いた。自分にも向けられる視線でイグナルスは萎縮しそうになるが、ラウローリエは驚くほど堂々としている。


「一緒にお話しませんか?」

「もちろんです!」


 ラウローリエに返事をしたのは女の子の方だった。その女の子は満面の笑みを浮かべ、イグナルスとラウローリエを歓迎した。イグナルスは男の子の方を見る。彼は少し緊張しているように見えた。それに少し親近感をおぼえる。


「ラウローリエ・ジェーミオスと申します。気軽にラウローリエと呼んでください」

「僕はイグナルス・アクワーリオです。好きに呼んでください」


 真っ先にラウローリエが名乗ったため、イグナルスもタイミングを失わないようにラウローリエに続いて名乗る。女の子はにこにこしながらきいており、男の子は顔が伏せ気味であるが時折目が合うため、ちゃんときいてくれていたのだろう。


「私はマグダレーネ・リベルタスです。家族や友達からはレーネって呼ばれています」

「……僕はアデルバート・ユスティティアです」

「私はアデルって呼んでます!」


 レーネ、アデルと呼び合っている2人は今日知り合ったのではなく、元から仲が良さそうだ。ラウローリエも同じことを思ったようだ。


「お二人は幼馴染なんですか?」


 ラウローリエがマグダレーネの方を見ながら尋ねると、彼女は笑顔で頷いた。


「そうなんです。アデルを見てください! すっごくかわいいでしょう?」


 マグダレーネはアデルバートを見ながら誇らしそうに笑った。男にかわいい、というのは首をかしげそうだが、アデルバートは中性的であり確かにかわいい。

 イグナルスは頷いた。隣を見ると、ラウローリエも頷いている。


「やっぱりそうよね! ほら、アデル。かわいいって」

「……ありがとうございます」


 照れたようにアデルバートが俯くのを見ていると、ラウローリエが口元をおさえた。


「え? この幼馴染かわいい。推せる」

「ラウローリエ、なんか言った?」

「何でもないわ」


 絶対に何かを言っていたような気がするが、本人が否定しているのだ。気にしない方がいいだろう。

 視線を正面に戻すと、ぱちりとマグダレーネと目があった。あまりにじっと見つめてくるから、イグナルスは首を傾げる。


「どうかしましたか?」

「お二人は元からお友達なんですか?」


 イグナルスとラウローリエは顔を見合わせる。同時に首を横に振った。


「今日知り合いました」

「はい」


 ラウローリエが答え、イグナルスも同意する。それをきいたマグダレーネは顔を輝かせた。


「それなら、私たちとも仲良くしてください!」

「ええ、もちろん」

 

 マグダレーネからのお願いに、ラウローリエが笑みを浮かべながら答える。友人となり楽しそうにしている女の子2人を見ながら、イグナルスはアデルバートへ視線を移した。彼の銀の瞳がイグナルスを見つめているのに気がつく。


「アデルバート様、どうしましたか?」

「……アデルでいいです」


 ちょっと恥ずかしそうにしながら言う彼は確かにかわいい。そんなアデルバートをみて、かわいいとマグダレーネが呟きながら、思い出したように言う。


「友達を作ろうと思っていたんだけど、全然話す機会がなかったのよね。だから2人が来てくれて嬉しい!」


 友達と作る気があったのか、と正直イグナルスは驚いた。マグダレーネとアデルバートが並んで座っている姿に割って入るのは難しすぎるだろう。しかし、それを伝えることはなく曖昧に笑みを浮かべた。


「レーネ、かわいいねー」

「えー、ありがとう!」


 ラウローリエがマグダレーネを見つめながら思わず、といった様子でマグダレーネを褒める。マグダレーネは嬉しそうに返事をする。その返答の仕方が、自分とは全然違うとイグナルスは感心した。きっと、褒められなれている人だ。そして先ほどのアデルバートとの様子を見ている限り、褒めることもしてきた人でもあるのだろう。

 すごいなあ、と思いながらマグダレーネの方を見つめていると、アデルバートから視線が刺さっているのが分かった。そちらを見ると、アデルバートがイグナルスだけに届くくらいの声で呟いた。


「レーネは、譲らないから」

「譲るって、何に?」


 アデルバートの言いたいことが分からなかったイグナルスは、アデルバートにあわせて小声できき返した。なぜかアデルバートは頬を赤らめて顔を逸らした。


「ごめん、僕の勘違いだったみたい」

「え、本当に何が?」


 よく分からない。ふとラウローリエとマグダレーネの方を見る。


「アデル、良かったねえ。友達できて」


 マグダレーネが嬉しそうにアデルバートを見ていて、アデルバートもマグダレーネに向かって笑みを返した。


「なるほど、天然美少女に恋をする美少年、最高」

「ラウローリエ?」

「何でもない。大丈夫」


 きっとラウローリエは自分とは見えているものが違う、とイグナルスは悟った。ぜんせの記憶の影響か、あるいは元からか知らないが、彼女は楽しそうだ。

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