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28、4年後

 ――4年の時が流れた。


「母上」


 イグナルスは、お墓に向かって話しかける。


 そこは、イグナルスの実母――ウィスタリアが眠っている場所だ。


 イグナルスは実母のことをほとんど覚えていない。それでも、彼女が自分を生かすために慣れない田舎で生活をしてくれたと思うと、胸が苦しくなる。


 だから、定期的にお墓まで来ていた。もちろん、イグナルスが一方的に話しかけるだけだ。しかもその内容は、些細なことばかり。それを伝えたところで母が楽しいかは分からない。それでもなんとなく続けていた。


「もう少しで、学校に入学するんです」


 貴族の子どもが通う学校。魔法の習得や専門的な学習を目的とされている。アクワーリオ家の次男としてイグナルスも通うことは避けられない。


 ラウローリエ。アデルバート。マグダレーネ。イグナルスには大切な友達ができた。しかし、それ以上に交友関係を広げなくてはならないだろう。


 ラウローリエの婚約者として、周囲の評価を良いものにしないといけない。何よりも、優秀なだけではなく、優しくて気高いラウローリエに見合う人になりたい。


 そんな決意をこめて、イグナルスは母が眠る地に向かって呟いた。


「僕、頑張ります。だから、母上。応援していてください」


 もちろん誰からも返事はない。しかし、それで構わなかった。イグナルスはにこりと微笑んで礼をし、そのお墓を後にした。


 ◆


「イグナルス」


 アクワーリオ侯爵家の屋敷へと戻ったイグナルスが、自室に向かっていると、その廊下で呼び止められた。


 振り返ったイグナルスは、その声の主を見て笑みをこぼす。


「お兄様、どうしました?」


 グラキエス・アクワーリオ。アクワーリオ侯爵家の長男である彼がそこに立っていた。青の髪、薄紫色の瞳という涼やかな見た目であり、『氷のよう』とも外では言われているらしいが、少なくともイグナルスには優しい。


「学校で困ったことがあれば俺に言えよ」

「ありがとうございます」


 やっぱり優しい。それでも、できるだけ頼らないようにしようと心の中で決意する。イグナルスだって、問題が起こったときに自分で解決したい。



「まあ、イグナルスなら大丈夫だろうが。優しくて強い子だから」

「買いかぶりすぎですよ」


 成績も優秀で、運動もできる兄、グラキエス。まだ幼いながらも魔法の才を発揮している妹、プリムローズ。この2人に挟まれている次男として、イグナルスは何も持っていない。


 それは分かっているが、できる限り自分で頑張りたい。


 その気持ちをグラキエスは知っているのか、イグナルスの髪を撫でた。


「俺はいつだってお前の味方だからな」

「ありがとうございます」


 グラキエスに礼を言ったところで、どん、と腰のあたりに抱きつかれた。見なくてもわかる。プリムローズだ。


 彼女のお転婆と人懐っこさは変わらない。そんなプリムローズをイグナルスも可愛がっている。しかし、巷では妹が大きくなると「お兄ちゃん、嫌い」だとか、「お兄ちゃん、臭い」と嫌がられるようになるらしい。

 このかわいい妹からいつ拒絶されるか、イグナルスは内心おびえている。


「イグナルスお兄様、もうすぐ入学しちゃうの?」

「はい」

「えー、ずっとお家にいたらいいのに」


 不満であることをこちらに伝えるように、わざとらしくプリムローズは頬を膨らませた。イグナルスは苦笑しながら答えた。


「勉強したいこともあるので」

「えー」


 プリムローズはまだ不満そうにしているが、グラキエスがイグナルスからプリムローズを引き離した。


「プリムローズ。わがまま言うな。俺が学校に入学したときはそんなこと言わなかっただろう」

「グラキエスお兄様は別に」

「お前な……」


 プリムローズはグラキエスに素っ気ない対応をしているが、それは信用の裏返しであることをイグナルスは知っている。


 将来的に、自分もプリムローズにこんな対応をされるのだろう。それはそれで少し寂しい。


「イグナルスお兄様。ラウローリエお姉さんはいつ来るの?」

「ラウローリエも学校の準備で忙しいみたいたがら、あまり来られないかもしれません」

「えー」


 イグナルスと婚約したラウローリエ。彼女はよく家にも来ていて、イグナルスの家族とも親しくなっている。プリムローズも懐いていて、彼女が来るのを心待ちにしているのだ。


「……ラウローリエお姉さん、からかい甲斐があるのに」

「プリムローズ? ごめんなさい、聞き取れませんでした」

「なんでもなーい」


 ニコニコと天使のような笑みを浮かべるプリムローズが、何か言っていた気がしたが、聞き取れなかった。言い直さないのならそんなに重要ではないのだろう。


「イグナルスお兄様。これから忙しくなっちゃうんでしょう? お茶でもしない?」

「あ、はい。喜んで」


 イグナルスが頷くと、グラキエスが不満げにプリムローズを見つめた。


「おい、俺は?」

「あ、グラキエスお兄様。まだいたの?」

「お前なあ……」


 グラキエスがプリムローズの髪の毛をぐしゃぐしゃと撫でる。その手から逃れたプリムローズは、自身の髪を整えながら、グラキエスに言い放つ。


「特別に、グラキエスお兄様も招待してあげる」

「はいはい。それは光栄ですね」


 3人で庭へと向かいながら、イグナルスはしみじみと思う。この人たちと家族になれて本当に良かった。

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