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26、謝罪と感謝

 しばらくして泣き止んだイグナルスは、猛烈に恥ずかしくなってきた。顔が熱い。イグナルスは絞り出すように声を出した。


「……ごめんなさい」

「いや、驚いただろう」

「……はい」


 アクワーリオ侯爵の心配げな声に頷いた。それはもちろん、驚いた。しかし、それだけではない。


「驚きましたが、知ることができて、良かったです。教えてくださり、ありがとうございます」


 礼を言ったあとのイグナルスの心を覆うのは申し訳なさだ。俯きがちに視線を落としながら呟いた。


「それに、ごめんなさい」

「何が?」


 ちらりと目線を上げてアクワーリオ侯爵を窺うが、彼は不思議そうにしている。イグナルスについて、なんとも思っていなかったのか。

 それでも、イグナルスは謝罪をしなくてはならない。


「ずっと、自分はこの家の厄介者だと思っていて。だから、えっと……。ずっと、素っ気なくて、態度が悪くて。それに逃げてばかりで、ごめんなさい。それなのに、家において下さりありがとうございます」


 何も知らなかった。知ろうともしなかった。それは果たして言い訳になるのだろうか。イグナルスが酷い態度を取っていたという過去は何も変わらないのに。


「そんなこと、思っていたのか……?」


 目を伏せたイグナルスに、アクワーリオ侯爵の震えた声が届く。顔を上げると、目を見開いたアクワーリオ侯爵の姿が目に入った。


 不意に思う。


 なぜ、今まで気がつかなかったのだろう。


 アクワーリオ侯爵の赤の瞳は、イグナルスの色にそっくりだ。


「イグナルス、すまなかった」

「なにが、ですか?」


 イグナルスが謝られることはないのに。


 何年も育ててくれて。不自由なく生活させてくれて。

 親を亡くしたイグナルスを文句も言わずに家においてくれていたのだ。謝られることなど、ない。


 きょとんとしたイグナルスにアクワーリオ侯爵が向ける表情は辛そうだ。


「君が何も覚えていないと思っていたから。それが、君を苦しめていたんだな」

「苦しんで……?」


 自分は苦しかったのだろうか。自分が異物だという感覚は、確かに嫌だったかもしれない。


「それでも、僕は。アクワーリオ侯爵家に来れて、良かったです」


 こんなに優しい人々と会うことができたのだ。それを幸福と言わずになんと言えるのか。


 また上からグラキエスに頭を撫でられた。先程までとは違い、少し雑な撫で方だ。


「グラキエス様」


 そう呼びかけると、撫で方はもっと雑になった。


 少し考えてから、グラキエスの先程の言葉を思い出す。


『お前は、俺の弟なんだ。血のつながりだとかはどうでも良い。なかったとしても、変わらない事実だ』


 グラキエスの方を見上げたイグナルスは、彼の目を見る。アメジストの瞳は、不安げに揺れていた。


「おにい、さま」


 そう呼んだだけだ。それなのに、グラキエスは宝石を手にしたときよりも嬉しそうに笑った。


 ◆


 一通りの話が終わったあと、外も暗くなってきたため、ラウローリエは帰ることになった。


 イグナルスは、家の門の前に止まる馬車までラウローリエを見送りに来ていた。


 馬車に乗る前。イグナルスを見つめたラウローリエが穏やかな笑みを浮かべた。


「それじゃあ、イグナルス。また、来るわね」

「ラウローリエ。ありがとう」


 たくさんの感謝をこめて、イグナルスが礼を言うと、彼女はきょとんとしていた。


「なんで、私に?」

「だって、ラウローリエがいなければ。僕はきっと、何も知ることができなかったから」


 そもそも、イグナルス1人では知ろうとも思えなかった。知る必要はないと思っていたから。


「ラウローリエ、ありがとう。僕に、知る勇気をくれて」


 ラウローリエと婚約をしたいと思わなければ、この状況にはなっていない。


「それでも、決めたのはあなたでしょう?」

「きっかけをくれたのは、君だから」


 ラウローリエの前に片膝をついたイグナルスは、驚いているラウローリエの手を取り、優しく口づけた。


「また、会いたい」


 ラウローリエは何度か瞬きをしていた。彼女の頬がじわじわと赤みを帯びる。


「ちょっと、イグナルス。そんなの、誰に教わったの?」

「……? お兄様が、婚約者どうしなら普通にやるって言ってたよ」

「あの人……」


 ラウローリエの反応にイグナルスは首を傾げる。そんなイグナルスを見たラウローリエが、いつもの柔らかな笑みを浮かべた。


「なんでもないわ。私も、また会うのを楽しみにしているわ」

「うん、ありがとう」


 ラウローリエの乗っていった馬車を、イグナルスは見えなくなるまで見つめ続けた。

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