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21、探り合い

「なるほど」


 イグナルスはうなずく男を見ながら、緊張で身体を強ばらせた。


 ジェーミオス公爵。ラウローリエの父親。ラウローリエの濃紫の瞳は、父親譲りであるのがよくわかるほど似た色をしている。


 無表情にイグナルスを見下ろすその目にあるのは。


 ただ、値踏みするような目。


 イグナルス・アクワーリオが娘の婚約者として相応しいかどうか。それを探られているのが分かったが、イグナルスは目を逸らさなかった。震えそうだが、必死に堪えてジェーミオス公爵を見つめた。


「なる、ほど。確かに……」


 何かに納得したようなジェーミオス公爵を見て、イグナルスは首を傾げた。ジェーミオス公爵はイグナルスのその反応を見て、首を振った。


「いや。何でもない。アクワーリオ侯爵家。家柄に不満はない」

「……」


 家柄に、という言い方にイグナルスは黙り込んだ。

 イグナルス自身については、どう思っているのかが透けている気がして。


「イグナルスくん。質問をしてもいいか?」

「はい」


 イグナルスはこくりと頷いた。次にジェーミオス公爵が口を開くまでの時間がとてつもなく長く感じた。


「君は、何者だ?」


 聞かれた言葉に、頭が真っ白になった。


 イグナルス・アクワーリオが何者か。それは、イグナルス自身がずっとずっと気になっていたことであり、アクワーリオ侯爵家にいることの後ろめたさの根本だ。


 イグナルスが知りたい。ぐっと胸が苦しくなる。


 その激情を静めるために、浅く呼吸をした。乾いた空気が口から零れる。


 気持ちを隠せ。動揺を見せるな。イグナルスは、グラキエスのことを思い出す。ラウローリエの近くに立つのは、あのような人の方が良いのだろう。そんなのは分かっている。


 だから、イグナルスも。あの格好いい人みたいに。堂々と、恐れずに。


 イグナルスは意識的に笑みを浮かべた。


「何者、とは。ジェーミオス公爵閣下。何が知りたいのですか?」


 自分の口から出た声は、まるで自分のものではないようだった。驚くほど落ち着いていて、それでも冷たさはない。


 イグナルスが笑みを浮かべたまま、ジェーミオス公爵を見つめる。彼は目を見開いていたが、しばらく考え込むように視線を外した。


「……不可解なんだ。アクワーリオ侯爵家から、次男の誕生パーティー等がなかったことが。アクワーリオ侯爵は、次男が病気がちだったからと説明をしているが」

「……」


 その探るような目に、イグナルスは何も言わなかった。世間ではそのようになっているということを初めて知ったが、驚きを表情に出さないようにした。


「教える気はないのか?」

「僕の口から、不明瞭な情報をお伝えするわけには、いきませんから」


 イグナルスが知っているとも知らないとも考えられる言葉を選び、また笑みを浮かべた。


 実際のところは、イグナルスが生まれたときに病気がちだったかは知らない。アクワーリオ侯爵家にはいなかったと思うから。


 イグナルスの記憶にあるのは、自然に囲まれた小さな家と、母親と思われる女性。その女性がどうなったかは分からない。他に覚えているのは、しばらくして連れていかれたアクワーリオ侯爵家。


 自分が「何者」なのか。


 知るはずもない。不義の子、だと思うが。それにしてはアクワーリオ侯爵家の人々は優しい。それにアクワーリオ侯爵夫妻は仲の良いと評判だ。他の女性との間に子を作るというのは考えにくい。それでも、2人がイグナルスのことで何か喧嘩しているのを見たのも、事実。


 イグナルスに判断はできないし、ジェーミオス公爵にそれを伝える必要もない。


 何も情報を口にしなかったイグナルスを見て、ジェーミオス公爵は探る目を崩さない。


 イグナルスの心臓はバクバクとうるさい。その音が聞こえていないと良い。


「君の気持ちは、分かった」

「……はい」


 その全てを見透かしそうなジェーミオス公爵の目に背筋が凍りそうだった。

 所詮、イグナルスのこの振る舞いはその場しのぎに過ぎない。普段から堂々と振る舞う訓練をしたわけではなく、即席のものだ。


 高い地位であり、多くの人間と交流をしているジェーミオス公爵にとって、イグナルスの誤魔化しなど、通用していないだろう。


「それでも、今すぐに答えることはできない」

「……はい。それでも、ラウローリエ嬢の婚約は、そんなに時間をかけていられないのですよね」


 ジェーミオス公爵が、ラウローリエに視線を向けた。ラウローリエが声を出さずに首を振る。


 その2人の無言のやりとりを見て気がつく。ラウローリエと王太子が婚約をするかもしれない、という噂。それは、ジェーミオス公爵家から流れているものではない。


 王家、もしくはその近辺から囁かれているということだろう。それなら、本格的に時間はないはずだ。


 それなら、イグナルスを婚約者に立てることで、王家からの思惑を排除することも可能。アクワーリオ侯爵夫妻から許可を得ていないため、まだそれを提案することはできないが。


 イグナルスの目を見たジェーミオス公爵がぼそりと呟いた。


「君は、聡いな」


 そう言われて、イグナルスは顔に手を当てた。表情に出てしまっていただろうか。まだジェーミオス公爵の前だというのに。気を引き締めないと。


「何がでしょう?」

「いや……。こちらの聞いておきたいことは聞けたが。君の方から何かあるか?」

「いえ。ございません」


 急に来て、長居をしすぎた。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。イグナルスは立ち上がって礼をした。


「お忙しい中、失礼しました。貴重なお時間をありがとうございました」

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