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17、選ぶ側

 ラウローリエが王太子と婚約するかもという噂を聞いた。それが嫌だと思った。ラウローリエとの過ごしていた時間があまりにも楽しくて。それを続けたいと思った。その方法を何か思いつくか。

 

 イグナルスがグラキエスに教えを乞うと、彼は頷いた。


「なるほどな」


 端正な彼の顔から感情は見えない。イグナルスはグラキエスに向かって頭を下げた。


「申し訳ありません。グラキエス様」

「なにへの謝罪だ?」

「……グラキエス様は、いつも僕に優しいのに。僕はグラキエス様に優しくないからです」


 イグナルスがそう言うと、彼は紫の瞳を大きく見開いた。そして声を出して笑い出した。


「あはは。俺が優しい? お前が俺に優しくない? そう思っていたのか?」

「はい」


 しばらく可笑しそうにしていたグラキエスだったが、笑いがおさまった後で、口を開いた。


「それなら、イグナルス。お前の悩みを解決するのに協力するから。その代わり、俺の質問に答えてくれ」

「……分かりました」


 目の前で足を組んで座る格好いい男を見ながら、イグナルスは頷いた。2歳しか変わらないはずなのに、堂々としたその姿はいつ見ても惚れ惚れする。


「どうしたら嬢ちゃんとの日々を続けられるか、か」


 考え込んだグラキエスの邪魔をしないように、イグナルスは黙ったまま彼を見つめた。グラキエスはそんなに長い時間をかけることなく口を開いた。


「現時点で俺から出せる提案は2つ」

「はい」


 緊張しながらイグナルスは頷く。グラキエスは淡々とした声で続ける。


「1つ目、嬢ちゃんが王太子の婚約者になるのを見越して、お前が王太子の側近を目指す。そうしたら、嬢ちゃんとも一緒に過ごすタイミングはあるだろう。王太子も一緒になるが」


 イグナルスは黙ったまま頷いた。グラキエスはイグナルスの瞳を見つめながら言った。


「2つ目。お前が先に嬢ちゃんをかっさらえ」

「……え?」


 グラキエスの言葉にイグナルスが呆然としていると、彼は口の端を笑うようにして、荒々しく笑った。


「婚約しちまえばいいんだ。アクワーリオ侯爵家とジェーミオス公爵家の婚約、王太子だろうとぶち壊せねえ」

「……」


 イグナルスの口から空気だけがこぼれ落ちた。驚きすぎて言葉が出ない。呆然としているイグナルスに、グラキエスがぼそりと呟いた。


「もう1個あるにはあるが。実現可能性は分からない」


 この短時間でいくつもの考えを出すグラキエスに驚きもあるが、やはり先ほどの衝撃的な提案が抜けきらないイグナルスは、何も言えなかった。


「イグナルス。どちらがいい? 時間があんなら別のも考えるが」


 真っ直ぐにイグナルスのことを見つめてくるその紫色の目は、イグナルスを気遣っていることがはっきりと伝わってくるもので。イグナルスは再び頭を下げた。


「ありがとうございます」

「お前はどう思った?」

「確認しても、いいですか?」


 どちらの提案にも引っかかったことがあったため、顔を上げたイグナルスは、グラキエスの表情を窺いながら尋ねる。彼は悠然とした顔で笑った。


「なんだ?」

「まず、1つ目の方ですが。アクワーリオ侯爵家は王太子殿下と、いえ、王太子殿下だけではなく王家と距離を取っていると認識していますが、違いますか?」


 イグナルスが言うと、グラキエスは満足そうに笑った。


「ちゃんと把握しているじゃねえか」

「やっぱり、そうですよね?」


 8歳の子どもたちとの交流会で最初の方、ラウローリエが話しかけてくる前まで、イグナルスは1人で座っていたわけだが。別にぼんやりとしていただけではない。静かに、周囲の話を聞き、様子を判断していた。


 今までアクワーリオ侯爵と侯爵夫人、グラキエスが家の中で出していた名前や話ともすりあわせ、大体の状況は掴んでいた。


 そうはいっても、完璧とはほど遠いだろう。イグナルスに把握しているのはそれくらい。


「別にそんなのはどうとでもなる。もし距離を取る必要があるのなら、俺やプリムローズの動きでどうにでもなる」

「それ、は」


 イグナルスのためにグラキエスやプリムローズの行動が制限される。それはひどく罪深く感じて。イグナルスは俯いた。


「イグナルス。そもそもだが、そんなに気にしなくていいんだ。別にアクワーリオ侯爵家はわざと王家から距離を取っているわけではないのだから」

「そうなのですか?」

「俺らの父親――アクワーリオ侯爵は、先王の妻の弟だ。つまり、俺らの叔母は先王の妻。叔母上の夫であった先王が亡くなり、今の王が即位したことにより、叔母上は王宮を追われた。そして姿をくらませた」


 アクワーリオ侯爵の姉は、夫が亡くなったことで王宮に居続けにくくなった。そのことで姉を追い出したように見える王家に、アクワーリオ侯爵が不信感を持つのは当然だろう。


「だから、距離があるのですね」

「ああ。だから、距離を取ろうとしていたわけではない。元々、叔母上と先王が結婚するほどは王家との関係は良い」


 それなら仮に関係修復をアクワーリオ侯爵が望んでいるのなら、イグナルスが王太子に仕えることもあり得るだろう。しかし、そうではないのなら。あまり良い案ではない。


「2つ目はどうだ?」


 グラキエスの顔を覗き込まれ、イグナルスは何度も瞬きをする。混乱が鎮まらないまま、口を開いた。

 

「結婚って、侯爵様や次期当主であるグラキエス様の意向がくまれるのではないですか? そんなにすぐに決まるものですか?」

「なあ、イグナルス」


 そう言ったグラキエスが不敵に笑った。その目に浮かぶのは、疑いようのない自信。


「アクワーリオ侯爵家が、周りの顔色を窺って婚約をする必要がある家だと思っているのか?」


 その余裕な笑みに圧倒的されていると、グラキエスはきっぱりと言う。


「この家は、アクワーリオ侯爵家。侯爵家だからといって、王家や公爵家の顔色を見る必要なんざねえ。アクワーリオ侯爵家がどんな家か。知っているか?」

「分かりません」


 記憶を探しても見つからないと判断したイグナルスは、すぐに首を振る。頷いたグラキエスが答えた。


「この国の、頭脳だ。過去の戦争でも、参謀はこの家だ」

「そうだったのですね」


 最後の戦争はずっと昔だからイグナルスはまだ学びきれていなかったが。そんなにすごい家だなんて。


 そんなアクワーリオ侯爵家に、非難の隙を作ったのは自分ではないか、と後ろめたく思いながらイグナルスは下を向いた。


 グラキエスのはっきりとした声が響く。


「イグナルス。忘れるな。この家は選ばれる側じゃねえ。選ぶ側だ」


 顔を上げたイグナルスを見て、グラキエスは、やはり余裕めいた笑みを浮かべていた。

 

「お前が選んでいいんだ。イグナルス・アクワーリオ」

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