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15、油断できない男

 数日後。ジェーミオス公爵家に見目は麗しい男が訪問していた。


 しかし、涼やかな空気を持つその人が美しいのは容姿だけ。ラウローリエは、目の前で足を組む男に眉をひそめたくなった。


 グラキエス・アクワーリオ。イグナルスの兄が目の前にいる。しかし、あまりにも態度が悪い。イグナルスの謙虚な態度と足して2で割ってほしいくらいだ。


「お前がラウローリエ・ジェーミオス嬢だろう?」


 その口調にラウローリエは顔をしかめたくなった。口が悪い男は嫌いだ。前世から嫌い。初対面から荒い口調で話してほしくない。


 いわゆる「俺様系」に見えるこの男の好感度は下がるばかりだ。


 しかし、無視をし続けるわけにもいかず。仕方なくラウローリエは口を開いた。


「ええ。そうですが。イグナルスに内密とはどういったご用件で?」


 ラウローリエの問いかけに、グラキエスは黙り込んだ。その沈黙が気まずい。


「……お前はイグナルスの何だ?」

「友人ですが」


 質問の意図が分からず、淡々と返事をする。端正な顔を歪めるグラキエスを見るが、彼がどんなことを考えているか分からない。


「もうまどろっこしいことは嫌なので、言いたいことをはっきりと仰ってくださいませんか?」


 ラウローリエが言うと、グラキエスは青の瞳をぱちりと瞬かせたな。


「驚いたな。ジェーミオス家の嬢ちゃんは人形のような大人しい女だと聞いていたが。はっきり言うじゃねえか」


 グラキエスの言っていることは間違ってはいないのだろう。それでも、ラウローリエは作った笑みを浮かべた。


「まあ、噂程度でご判断なさるのが次期当主のなさることなのですか?」

「……悪かった」


 その返答に、ラウローリエは何度か瞬きをした。意外と素直なところもあるようだ。


「それで、イグナルスに近づいた目的は?」

「目的、ですか?」


 まさか「前世の記憶を優しい『イグナルス・アクワーリオ』なら信じてくれそうだったから」なんて言えるはずもない。


 目の前のグラキエスを見る。彼の眼光は鋭い。嘘だとバレることを言えば、何をされるか分からないというくらいの凄みがある。


 それなら、あくまで真実を言えばいい。


「私とイグナルスが会ったのは、交流を目的としたお茶会ですよ? 友達になりたかった、それ以外の理由が必要なのですか?」


 順番は違うが、嘘は言っていない。

 あのとき、あまりにも生きる意欲のなさそうだと知ったあとに、彼と友達になりたいと思った。


 探るような目をラウローリエに向けていたグラキエスが軽く息を吐いた。


「お前の考えは、分かった」


 相変わらず偉そうな口調だ。そうラウローリエが思った瞬間。


 突如、真剣な表情になった彼は、感情の一切こもらない声を出した。


「それなのに、結局はイグナルスのことを見放すのか?」

「……どういう意味でしょう?」


 グラキエスの言う「見放す」が分からず訝しむラウローリエに、感情のない紫の瞳がラウローリエを見据えた。


「噂になってんぞ。お前と王太子との婚約」

「え?」


 思わず驚きの声を上げたラウローリエの瞳に映るのはゆっくりと口角をあげた男。


「噂で判断するなとさっき言ったよな? じゃあ、直接聞かせてもらう。その噂は事実か?」


 ラウローリエは息を呑んだ。この目の前のグラキエス・アクワーリオという人間像がぐらりと揺らいだ。


 どこまでが、この人の想定内だろうか。不遜な態度も、全部計算? 「噂で判断するな」というラウローリエの言葉を引き出すための芝居?


 あまりにも油断しすぎていた。目の前の人間は「アクワーリオ侯爵家次期当主」だ。


 原作通りなら「最強の悪役」であり。


 そして20歳という若さにして当主となった男。


 ラウローリエの中で警鐘がなる。危険だ。このグラキエス・アクワーリオを前に、余計なことを口走るのは悪手。


「……申し訳ありません。私の一存では何も口にできませんわ」

「否定はしないのか?」

「肯定もしておりませんわ」


 あくまで「話は何もない状態」だ。まだ王家から手紙が来たのみ。婚約者候補という言葉もない。


 肯定をしていない、ということを伝えた理由。それはグラキエスから広まれば厄介極まりないからだ。下手をすれば王家からの外堀につながる。


 目の前の男への緊張を隠しながら、ラウローリエは微笑んだ。

 そんなラウローリエを見て、グラキエスはふっと笑った。


「何がおかしいのです?」

「いや……。8歳は大人が思うよりも子どもじゃないと思っただけだ。気にするな」


 そう言った彼の目はラウローリエを見ていない。それでは、一体何を考えているのか。

 ラウローリエの場合は前世の記憶があるから、一般的な8歳とは違う。わざわざそれを言う必要もないため、ラウローリエはそれ以上その話に言及しなかった。


「アクワーリオ侯爵令息」

「グラキエスで構わない」

「……グラキエス様、こちらからも質問させていただきます。なぜ、イグナルスにそこまで?」


 本人には内緒だとわざわざ手紙に書いて。ラウローリエがイグナルスに悪意をもって近づいたのではないことを確かめに家までくる。


 あまりにも過保護だ。


 グラキエスは虚を突かれたように言葉を詰まらせた。しかしすぐに口角を上げて笑う。


「弟を守るのが兄だろう? それ以上の理由がいるか?」

「……いえ」


 グラキエスの言う通りなのだろう。ラウローリエ・ジェーミオスに兄弟はいないから分からないが。


 そこで唐突に気がついた。背筋が凍りそうになる。


 原作の漫画で、グラキエス・アクワーリオが「悪役侯爵」となった理由。それは。


 イグナルス・アクワーリオの死が原因なのでは。

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