239-潰えた未来、すれ違い
『お兄ちゃん、将来の夢ってなぁに?』
『.....流歌が立派になってくれることだな』
『もう! それって、私の事じゃん。お兄ちゃんは?』
『俺は.....分からないな、このままバイトを続けても、俺を正社員として雇ってくれるところはどこにも無いしな』
『どうして?』
『俺は都合のいい道具でしかないからな、正社員で雇うなんて話をちらつかせてるが、辞められないための理由でしかない』
『でも大丈夫だよ! お兄ちゃんなら、バイト全部やめてもいいところに行けるよ! だって、すごい高学歴でしょ?』
『....だといいがな。ところで、お前は日本の大学なんて行かないよな?』
『...え?』
『大丈夫だ、俺に任せろ。海外の大学を今から調べてる』
『で...でも、友達が日本に』
『京子ちゃんと、春香ちゃんか?』
『どうして知ってるの?』
『交友関係は俺が管理してるだろ』
『そっか、流石お兄ちゃん!』
『今時はRINEで繋がれるだろう、会いたければ休暇に会いに行けばいい。お前はもっと広い世界に羽ばたけるんだから、友人に縛られるな』
『....うん』
『とはいえ、友人が大切なのも分かる。今のうちに思い出をたくさん作っておけ』
『うん!』
『ねえ.....ちょっといいかな?』
『お兄ちゃんは、お父さんみたいに...急に居なくなったりしないよね?』
『..........ああ、しないよ』
『私、お兄ちゃんが居なくなったりしたら、死んじゃうかも』
『...そうか、だけど、お前は死なないだろ?』
『...本気だもん』
『お前は賢くて、誰よりも強い。俺なんかに囚われなくていいんだ、好きに生きろ』
『.....本気だもん』
「――――がっ!」
直後、俺は首筋に衝撃を感じて地面に倒れる。
手刀を落とされたらしいが.....意識は飛ばない。
「...何をするんだ」
「な、何で....確かに気絶させたはずなのに」
「簡単だ、点滴の効果で俺は気絶しない」
ズィーヴェンに投与されているものと同じだ。
眠くもならないし、仮に意識を失っても、別のドリップの効果で意識を回復させる。
目覚めるまでのプロセスが通常の何乗倍にも加速されている為に、俺は何度でもすぐに起き上がれる。
「俺はここでお前と対等に戦うために準備してきた。だから、俺は致死量のインプラントと体内点滴で武装している。仮にお前がここで俺を殺さなくても、お前が生きている限り俺は24時間後には確実に死ぬ――――さあ、殺せ」
俺は武器を放り捨てて言った。
視界がおかしい、多分右目に何か攻撃を喰らったな...
そんな俺を見て、流歌は不思議な質問をした。
「お兄ちゃんは......お兄ちゃんは、絶対死ななきゃいけない?」
「ああ。お前は未来を見たなら、俺の真意を知ってるんだろう」
俺は、流歌に対して全てを遺す準備をしていた。
オーロラの権限を流歌に半分移行し、俺が死ぬと同時に全権限が移行される。
俺が設定した遺言をオーロラが再生し、流歌は俺の持っていたすべてを手に入れる事が出来る。
そして同時に、俺が死んだという事は、流歌が殺意を以て俺を殺したという事である。
それは、俺を憎むか、嫌うという事だ。
そうなったら、俺に対する執着は流歌の中から無くなる。
流歌はもう、俺みたいな三流の、役立たずで要領の悪い無能に引きずられずに、自由にどこにでも行けるし、何にでもなれる。
俺のことなどすぐに忘れてしまうはずだ。
それでよかったはずなのに......
「お兄ちゃん。私、お兄ちゃんに初めて怒ったよ」
「...そうか」
「お兄ちゃんが私を大事に思ってるように、私も...お兄ちゃんが好き、だから」
「俺を殺せばいい、それで全てが...」
「だから、私はお兄ちゃんに反省してもらう必要があると思ったんだ」
「....?」
「生きてね、お兄ちゃん」
「待て、何をする気だ――――」
次の瞬間。
流歌は取り落としたはずの光の剣を握っていた。
俺は全力を以てして止めようとしたが、間に合わなかった。
流歌が起動した光の剣が、彼女の胸を刺し貫いた。
見なくてもわかる、致命傷を自分で負ったんだ。
「流歌! なんで!」
「...お兄ちゃん、幸せになって」
「死ぬな! どうして!」
俺は流歌に這い寄る。
流歌は笑っていた。
違う、そうじゃない。
幸せになるべきなのは俺じゃなくてお前なんだ!
「お兄ちゃん」
「....なんだよ」
笑いながら、泣いていた。
思えば、流歌は泣かない子だった。
幼い時を除いて、俺の前ではいつも笑っていた。
だからか、悲しい顔も、怒った顔も、俺はほとんど見た覚えがなかった。
それに気づいたとき、俺はあることに気づく。
....俺たちは、すれ違っていたのか?
「私が死んだら....悲しい?」
「当たり前だ!」
「じゃあ.....大丈夫そう、だね....お兄ちゃんは...人間、なんだよ...?」
「流歌っ、逝くな!」
流歌は目を閉じた。
気付けば、もう息をしていなかった。
俺は信じられなかった。
この世界の全てが、嘘のように感じた。
身を苛む激痛も、混濁する意識も、どうでもよかった。
俺の妹が........俺の、宝物が。
死んだ。
「う、わ.....」
俺は蹲った。
どうしてこんな事に気づけなかったのか。
流歌は俺さえいればよかった。
俺は流歌を愛していたが、同時に才能を発揮させることに執念を向けていた。
流歌が何も言わないのをいいことに、それを流歌のためだと目的をすり替えて。
反対に、流歌は単純だった。
俺がいればそれでいい。
いつも、その姿勢で俺に接していた。
全てに気付いた俺だったが、この血塗れの手の上には何も残ってはいなかった。
過去も、未来も。
どちらも俺が、この手で排除した。
排除して、しまったんだ。
『司令官.....』
「.....どうした」
『泣いているのですか?』
「.....」
頬を拭った俺は、自分の目から涙が出ていることに気づいた。
俺は慌てて流歌から離れた。
俺のような愚かな人間が、流歌の体を汚していることに耐えられなかった。
「俺は......価値のない人間だ。だから、流歌の人生の背景になりたかった。だが....」
「いいえ、貴方は主人にとって、何にも代え難いものでした」
虚空に向かって言い訳を並べ立てる俺に、背後から声が掛かる。
振り向くと、狼頭の男が立っていた。
胸からは内臓が見えており、そこから夥しい血を流している。どちらにせよ長くはなさそうだ。
ファイスとか言ったか...?
「お前は...?」
「貴方の部下を倒させてもらいました。私も致命傷を受けました、長くはもちませんが....主人のもとに馳せ参じるため、ここへ....」
「俺を殺すのか?」
「既に結果はここにあります。これ以上あなたが何かを失うことを、主人がお望みになられるとでも?」
「こんな価値のない男が.....」
「それでも」
ファイスの声が、俺の言葉に割り込んだ。
「主人にとっては、貴方...様の価値は、何にも代え難い....いいえ、何とも代えられないものだったのです」
「うそだ....」
「嘘ではありません。貴方が主人を愛していたように、主人は、流歌様は....うっ、あなたを、いつも......一番に...信じて.....常に......我々が割り込む、隙間も....」
ファイスは血を吐き、地面に倒れ込む。
血の中に身を浸しながら、ファイスは俺にそう言った。
俺は滂沱のように溢れる涙を誤魔化すように、ファイスに言ってやった。
「.....当然だ、お前のような...男に流歌がやれるか...!」
「は.....では、冥府で貴方の妹に相応しい人間に....なれるように....精進、いたし......」
ファイスはそう言う途中で、動かなくなった。
流歌と同じ場所に逝ったのだ。
「流歌...お前には、お前のために命を賭ける友人がいた.....」
俺は流歌の元に戻って、何をするでもなく呆然とした。
流歌がいなくなって、俺はもう何をすればいいかを見失った。
どうすればいい?
誰か俺を導いてくれ、何をすればいいんだ?
『司令官、治療を...』
「いい、どうせ俺は死ぬ」
『それならば...せめて、妹様を埋葬されては?』
「...そう、だな」
俺は命が尽きるまでに、流歌を埋葬する。
その隣に眠る為に。
「オーロラ、シャトルの準備を...」
『不要です、もう来ていますから』
その時、何もない空間からホドの巨躯が姿を現す。
迎えに来てくれたらしい。
「シン様....中へっ」
「ああ、ありがとう」
俺は流歌の身体を両腕で持ち上げ、ホドのコックピット中へと入った。
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