220-せめて今だけは
「司令官、何を考えているんですか?」
廊下ですれ違ったアインス。
ただすれ違うだけだったはずなのに、彼女は俺にそう尋ねてきた。
見透かされたような気分だった。
「何を? さあ、何かな」
「.....あまり言いたくありませんが、兵站担当は私が一部兼任しています。最近の配置転換や、他国家に対する防衛戦力の割り振り。いくらアドアステラが脅威だからと言って、何故そんな事をする理由があるんですか?」
「お前に話すことではない」
「.......分かりました」
それで話は終わった。
だが、それ以来つけられているような気配を度々感じるようになった。
「司令官」
食堂で、俺が食事をしていると、横をツヴァイが通った。
彼女は一瞬俺を見ると、ぼそりと呟く。
「夜に」
「ああ」
俺は頷かずに呟き返す。
味がしないな....
「オーロラ、味がしないな」
『塩分控えめですから』
「だからか」
その時、俺は背後から視線を感じる。
そちらを見れば、ルルが寄って来ていた。
いや、その背後にアインスがいる。
アインスだけじゃないな、俺を視界に入れるだけじゃない視線を向ける者が、この食堂に居る。
俺を疑う人間が。
「再教育を検討するか....」
「シン司令官! そろそろ結婚しませんか!?」
「ぶっ!?」
突然ぶっこまれた爆弾発言に、俺はスープを噴き出す。
すっ飛んできた清掃用ドローンが、俺の噴き出したスープを片付ける。
俺は卓上からペーパータオルを取り、口を拭う。
「どうして、また?」
「.....アドアステラがこの場所に来るのでしょう? もしかしたら、私かネムのどちらかが死ぬかもしれません」
ルルは急に声色を落として、俺に言った。
俺は察する。
彼女は勢いに任せて言っただけで、本当は自信がなかったのだろう。
「....もとはといえば、そういう話だったな......いいよ、準備しよう」
「はい! ネムもですよね?」
「俺の故郷では重婚は禁止だが....まあ、法律で裁けそうにないな。この世界では。」
結婚ってどうやればいいんだ?
手続きが必要なようなものなのか?
いや、国の首長は実質俺だしな.....
「オーロラ! 獣人式の結婚の儀式について情報を収集しろ。寝る前に読む。準備も滞りなく行え」
『はい』
「ネムも呼んできてくれ、話をしよう」
結婚することが彼女たちの心残りなら、俺は彼女たちに出来る限りの事をしてやらなければならない。
俺はビスケットを口に運ぶ。
ここの所、シンプルな食事しか口にしていない。
今日は久々に、彼女たちと優雅な晩餐でもするか。
「俺はフルコースをと言ったのだが」
『獣人式のフルコースですよ、全ての料理が出来る限り山盛りにされ、それを家族と分け合うのです』
「野ば......いや、首長制なら悪くない晩餐か?」
晩餐会を準備しろと言ったのは俺だ。
招聘した二人を前にして、俺はなるべく想定通りといった様子で振舞う。
「さあ、食べてくれ。これらの料理はティファナから取り寄せたものだ」
「イルエジータは滅茶苦茶になったはずでは....?」
「獣人の子供を少年兵として提供する事を条件に、イルエジータをNoa-Tun側で復興させた」
「少年兵.....?」
ネムが尋ねてくる。
史実の少年兵について知っているからこその反応だろう。
「心配するなって。少年兵というのは言い訳に過ぎない。Noa-Tunの居住区で雑用をさせつつ、教育を行っている。指揮官級にするようなものじゃなく、時間をかけて学ばせる方法でな。」
「よかった.....」
「戦いは嫌か?」
「ううん.....シン様のためだから」
「そうか」
俺に依存しすぎているな。
それではだめだ。
だが、今日だけはそれでもいいだろう。
「確か、分け合うんだったな? ほら、切り分けてやろう」
イルエジータの草食動物は総じてでかい。
俺は単分子包丁で肉を切る。
「ギコギコはしません、っと....ほら、食っていいぞ」
「.....私、シン様に食べさせてもいいですか?」
「いいが...何でだ?」
「フィーア様から教えてもらいました! 帝国のカップルはみんなそうすると」
「あいつ、まともな知識があったのか.....?」
ルルはナイフとフォークで肉を切り分けると、俺に差し出した。
俺はフォークを受け取ろうとしたが、ルルはすっと引く。
「......マジでやるのか?」
「マジです!」
俺はルルから口に肉を突っ込まれる。肉だけ歯で掴んで引き戻す。
臭みが強いな、この肉。
獣人は味覚が鈍いからあまり気にしないんだろう。
あ、だから香草付きか。
「お姉ちゃん、ずるぅい! 私も」
「ちょっと待てまだ飲み込ぐぇ――――」
ネムに押し付けられたが、これも司令官の務め。
俺は二つとも飲み込むのであった。
「やはり怪しい。指揮官全員ではないですが、何か企んでいますね.....」
「ここにいたか」
数時間後。
Noa-Tunのデータセンターにいたアインスに俺は声をかけた。
「シン様......」
「お前は再教育送りだ」
「......何を隠してるんですか、あなたは」
「言わない。言えばお前は反対するだろう。だからな――――」
俺は指を鳴らす。
暗闇から、ゲブラーとケセドが姿を現す。
その傍には、警護ドローンが控えている。
「疑いも忘れ、一層の忠誠を誓ってもらうぞ」
「待ってください、シン様!」
「連れていけ」
警護ドローンが、彼女を拘束し護送していく。
情報は既に俺の権限でロックしている。
「済まない」
彼女を歪めたのは俺だな。
あの時死んでいれば、苦しむ事もなかったんだが。
「オーロラ、協力者以外の全員を再教育しろ」
『はい』
「それから、計画に変更はない。引き続き再編成を行え」
『はい』
「それから、結婚式の情報は俺の部屋の端末に送っておけ」
『はい』
俺は眠気に耐えながら、Noa-Tunの通路を歩くのであった。
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