Stigma
◆
エリカがエンヴィーを下す頃には、ユリィ達の戦いも大きな局面を迎えていた。
「リーナ!右!」
「はい!てやぁっ!!」
ユリィが敵の動きを見定めながら弾丸を放ち、そこに指示を受けたリーナが応酬する。
連携した動きは高い精度に洗練されており、グリードは完全に押し負けていた。
「クッ!しつっけーヤツラだなァ!!オラァ!!」
グリードの右腕がそれぞれ、四ヵ所の地点へと伸びる。
四点同時に地面を破壊して、地割れを引き起こす算段だ。
けれどその狙いは始めから見抜かれており、腕はすべて地表に着く前に切り落とされた。
「ガアァ!!クソがッ……!!」
腕を切り落としたのはすべて、ユリィの能力によって出現した武器であった。
物を武器へと変化させるのがユリィの能力である。
しかしこれは序の口に過ぎない。
超越し、更には“組み合わせる”ことによって初めて真価を発揮するのだから。
「覚悟っ!!」
空かさずリーナが大剣を振るう。
それをグリードが素早く避けるも、隙を伺っていたユリィの方が速かった。
「ほーら、ちゃんと見てないとだよっ」
両手に握った銃を乱射する。
その牽制をまともに食らったグリードは、次の手への対処に遅れてしまう。
「グアッ!!……ゴフッ……!!」
あらゆる角度から飛来した複数の剣や槍が、全て同時にグリードの身体を貫いた。
派手に血飛沫を舞わせ多量の血を口から吐き出す敵を見て、ユリィは狂気じみた笑みで金色の瞳を妖しく煌めかせる。
複数の物質を同時に変化させる力。
つまり木の枝でも枯れ葉でも、何かしらの物質があれば幾らでも武器を作り出せる『複数同時変換』。
それがユリィの超越後の能力であった。
これはわざわざ物を手に取り上下に振る、という今までの工程を必要としない。
一瞬でも触れる事が出来たならば変換できてしまうという代物である。
現に地面には剣や槍などあらゆる武器が散乱していた。
けれどどうしたところでこれだけの武器を一度に扱うなど到底不可能。
そこでリーナの能力が働いたのだ。
リーナの超越によって複数箇所の磁場を作り出せる『磁場の拡散』。
それを用いることにより、地面に転がっている武器を反発力で任意の場所へ飛ばすことが可能となる。
それがユリィとリーナの、能力の合わせ技であった。
最初からこの二人はタッグを組む予定だった。
だからこれらの高度な連携プレーは、初めからこの時の為にずっと磨いていたのだ。
故にエンヴィーは見定めを誤ったことになる。
最も組ませてはならない二人を、何の懸念もなしに組ませてしまったのだから。
しかし、まるで不死身だとでも言うのか。
ここまでしても敵に絶命する気配が全く見えない。
それは悪魔達の全員に言える事なのだが、彼らは力を失わない限り死ぬことはない。
なので先ほどのエリカが使った能力のように戦闘不能まで追いやるか、それこそ肉体の全てを消し去る以外に倒す方法がないのだ。
「アーッ、クソがァ!散々突き刺しやがってよォ!」
自身に刺さった大量の刃物を抜きながら、グリードが大きな声で喚く。
そこへリーナが冷やかな口調で告げる。
「貴様にはもう抗う術はない。大人しく地べたに這いつくばれ。そうすれば一撃で楽にしてやる」
「えー?それはないってー。こいつが殺した人達の分まで痛め付けないとだよ?」
反論を口にするユリィだが、リーナに恭しく宥められる。
「ですがユリィ様、このままでは埒があきませんので。それに姉様は貴女に敵討ちを望んだのではありません。ただ貴女が、人々が安心して暮らせる国家をずっと願っていたのです。ですから……」
「……リーナ」
彼女の表情は血の繋がりなのか、シーラに近い凛々しさを湛えていた。
しかしまだ幼さを残す彼女へと、ユリィはどこか苦笑混じりに返す。
「……なんか、私の方が子供みたいだね。ありがとう、リーナ——っ!!」
隙をついたかのように、再び腕を伸ばしてくるグリード。
だが四つ腕は既に攻略済みであり、当然の如く対処する。
なので全く気を抜いてなどいなかったのだ。
だが、気付くのが遅れた。
四つ腕の後方から迫って来た“更なる四つ腕”に。
そしてそれを捉えたユリィが、反射的にリーナを庇うようにして自分の身を盾にした。
「ユリィ様っ!!」
脇腹を大きく抉られたユリィが、地面へと倒れ伏す。
「ギャハハ!!ザマァねーなァ!?血塗れじゃねーか!!」
高笑いをするグリードが、今更ながらに余裕の笑みを浮かべていた。
「……ごふっ!……はぁ……はぁ。……間に合って、良かった」
「ユリィ様っ!しっかりしてください!今、手当てを——」
「そんな暇……ないから……」
「ですがっ!!」
二人の会話を他所に、グリードは全ての“左の腕”を手元へと戻す。
「待ってたゼェ?テメーらの鬱陶しい能力が止むのをなァ!!」
グリードの覚醒。
それは片腕から四つずつ、計八本の伸縮性に長けた腕を飛ばす力だ。
更には固有能力の『破壊』を重ねて掛けした、一国をも崩壊させられる脅威の破壊力を有したものだった。
その左腕をひた隠しにしていたグリードは、敵の攻撃の打ち止めを待ち続けていた。
展開される形ではなく、一方向から仕掛けることによって全ての右腕を目眩ましに使う為だ。
「勝負あったみてーだなァ!!もうクソ多い武器も使えねーだろ!?」
「——そうでもないんじゃない?」
「ッ!!またッ……テメーはァァ!!」
悪魔の一角を倒したエリカが駆け付けるも、時すでに遅し。
エリカはユリィを視認して状況を見極め、直ぐに敵へと目をやり強い怒りを込めて睨みつける。
しかし。
「やってくれたわね……。リーナ、貴女はユリィを——っ」
「エリカ様!?」
ここでとうとう超越の反動がエリカに及ぶ。
その場で立っていられなくなり、地面に膝をついてしまう。
「ギャハハ!!おいおい、何の為に出てきたんだよ!?なァ、金髪ーー!!」
言いながらグリードがエリカへと迫る。
「させるかっ!!」
咄嗟の判断でリーナが割り込むも状況は一変しており、一人での対処は最早困難だ。
「邪魔すんなァ!!テメーなんざ用済みなんだよ!!」
リーナへと八本の腕が遅い掛かる。
しかし周囲の武器はユリィが倒れたことにより、全て消えてしまっていた。
「ぐっ!!」
その為に大剣一本しか持ち得ないリーナでは、圧倒的に手数が足りなかった。
そのまま数で押し負けたリーナは、勢い良く背後の大木へと身体を強く打ち付けられた。
「ヘヘッ!ようやく邪魔が居なくなったなァ!あのクソガキも最期には役に立ってくれたみてーだ!」
「……ずいぶんと嬉しそうね。でも残念。わたくしを口説きたいのだろうけど、さすがに下手物はお断りよ」
満身創痍のエリカはフラフラとした足取りで立ち上がるも、何とか強がりを言うのが精一杯だった。
そんな彼女の頭を鷲掴みにして持ち上げ、グリードは満面の笑みを浮かべる。
「わりィなァ、気がきかなくて!だがテメーを口説きに来たんじゃねー!テメーを服従させに来たんだよ!わかったかァ!?」
「……おんなじことじゃない」
「ケケッ!先ずはテメーのウザッてぇ脳ミソ掻き回して、改心させてやるからよォォ!!」
「エリカ様!逃げてください!」
何とか意識を繋ぎ止めたリーナが急ぎ駆け寄るも、だがその前にグリードが掴んだ手に力を込める。
「オラァァァ!!」
「エリカ様ーーっ!!」
そんな絶体絶命の時だった。
この男が姿を現したのは。
「ッ!!テメーは、何だッ……!?……死神!?」
ひきつったグリードの顔は余りにも恐ろしい者を見たかのような、そんな絶望的な表情であった。
そこへ九死に一生を得て座り込むエリカが振り向き、男へと視線を向ける。
「……そう、貴方なのね。カレンをたぶらかしている愚弟とやらは」
そう呟くように言ったエリカの言葉に対して、この男はさも面白いといわんばかりの態度で返す。
「——くくっ、なるほど。愚か、と言えば確かにそうなのかもしれない。僕もまた例に漏れず、という訳だ」
皆にとってはこの戦いの首謀者とも取れる男。
そんなヨハンがとうとう前戦に姿を現したのだ。
嘲るように笑いながら、その場にいる面々に視線を巡らせるその左の瞳には。
神々しいまでの金色に加えて、“十字の刻印”が刻まれていた——。




