Reo's memory
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神の側である能力保持者が、金色の瞳による『超越』を行うなら。
悪魔は緋色の瞳による『覚醒』をする。
それらは相対する力であり、互いに優劣をつける為の。
神と悪魔によって授けられた、至高の力である——。
◆
夜の帳。
過ごしやすい春の陽気は心地好い風が吹き、快適な睡眠を促すかの様に夜の気温までも適度なものにしてくれる。
当然の事ながら戦闘による消耗はそれ相応の疲労感を催す。
けれど今は眠ってもいられない。
今作戦のメインである悪魔狩りは、この夜の時間を通して行われるからだ。
「なぁ、レオ。そう言えばお前は、なんで悪魔と戦ってるんだよ?敵対した理由があるんだろ?」
「……まー、なんや。単なる気まぐれや」
シンとレオは現在、他のメンバーと別れてルベール城が建つ旧王都へと進んでいた。
そして今居るのは、廃れきった廃墟の町中だ。
シン達にはもうすっかり見慣れてしまった、荒地に崩れかけた建物の数々。
鬱蒼とした空気は重く、ある種の心霊スポットを思い浮かべてもらえればイメージできるだろうか。
そんな中で二人きりになったのが切っ掛けなのか、不思議とシンは今まで聞けなかった疑問を口にしていた。
いや、何となく聞いてはならないような気がしていたのだ。
「お前さ、半年前のこと覚えてるか?俺がへこたれてた時、お前にボッコボコに殴られたことがあっただろ?」
「……あー。あったような……なかったような」
「いや、あったんだけど……。お前あの時、何か思い出してたよな?あんまり良くは見えなかったけどそんな目をしてたし、雰囲気も殴り付けてくる割にはどんよりしてたしな。何か関係があったんだろ?」
「……。」
数秒の沈黙。
この時レオは少しだけ迷っていた。
話すこと自体に抵抗があるのではなく、話した後のシンへの影響を考えて。
だがやがて覚悟を決めたようにレオは口を開く。
「……弱かったんや」
「何が……って、レオ……?」
友の虚ろな目をシンはこの時初めて見た。
いつもの気だるげなものではなく、まるで光を通さない闇が巣食っているかの様な真っ黒な瞳だ。
「……オレがや。せやから守れんかった。……トモダチやったんや」
「……。」
無理に話すことはない。
そう思うもレオの追憶に重みを感じたシンには、今さら止める事の方が躊躇われた。
「アイツ、“レオ”はふつーの人間やった。トモダチなったんはホンマに些細なことからや。たまたま見っけたアイツをオレが喰おうとしてな」
(そうか、レオって友達の名前から取ってたんだな。……てか些細なことなのか、それ)
若干の感覚違いを感じながらも、悪魔なのだから当然なのだろうとシンは言葉を呑み込んだ。
「オレはいつもん通り、恐怖を与えよーとした。しったらアイツは震えながら……笑いおった。気持ちわるいヤツや思ーてさっさと殺そうとしたんやけど、何でか出来ひんかった」
そこで一度、空を見上げるレオ。
悪魔らしからない、まるで星空に祈りを捧げているかの様にもシンには見えた。
「単純に興味をもったんやと思う。恐怖に歪む顔とちゃう、笑顔を向けてくる奇妙なヤツがおるってな。まー後になって聞いたんやけど、アイツ、怖すぎて顔が変にひきつったってゆーてたわ。おもろいやろ?そんなビビりが悪魔を止めてもーたんやからな」
笑いながら此方に視線を向けてくるも、それが哀しげな表情だと理解するのに難しくはなかった。
けれどシンは黙って続きに耳を傾ける。
「それからは目一杯アイツと遊び呆けたわ。なんやかんやで気が合ったんやろーな。人間を喰う以外にやることがなかったオレに、アイツは色んなことを教えてくれた。うまいメシや、スポーツに遊具。慣れへん酒を飲んだりもした。アレはホンマに最悪やったわ……」
何だかんだでこんなに話すレオを久しぶりに見た。
レオと過ごしていた半年間でも笑い合ったり喧嘩もしたけれど、悠長な事ばかりもしてはいられなかった。
だから悲しい話の中であっても少なからず笑って話すレオを見て、シンは単純に嬉しかった。
けれどやはり、それも束の間の事。
ここから話は変わっていく。
「……けどな、大罪の悪魔にもボスみたいなんがおって、そんなオレが気にくわなかったんやろーな。……アイツは殺されたんや、憤怒っちゅー悪魔に。オレが勝てへんかったから、弱かったからアイツは死んだ……。それからやな、オレが人間を喰うのをやめたんわ」
「……そっか。けど、人間との共存を選んだって事なんだよな?」
「まー、そーやな。せやけど悪魔は、人間を喰って力を得てるんや。けっこーな貯蓄はできる。けどそれは能力使う毎に減ってまう」
「え?……それって……」
今までどうして聞けなかったのか、どうしてレオは話さなかったのか。
何となくシンは察してしまっていたのかもしれない。
だが真に理解したのはこの時だった。
レオとプライドの、他の悪魔達との決定的な差を。
「オレらが人間どもを喰うんは、力がのーなると死んでまうからや。ほんでな、オレの力はもうあんま残ってへん。……それとな、おまえを連れ出したんは、何となくほっとけんかったからや。きっとおまえがまんま、オレ自身に見えたんやろーな」
「……おい、ちょっと待てよ。お前は死ぬって分かってたのに、何で……。お前、何考えて──」
そしてここで会話が途切れる。
「——あはァ!ご馳走、見ぃつけたァ!」
突然現れた声の主を視界に納めて早々、さも興味がないと言わんばかりの口調でレオが切り捨てる。
「なんや、おまえか暴食。雑魚は下がっとれ」
現れたのは『暴食のグラトニー』だった。
大罪の中で最も格下の悪魔。
言葉使いだけを取ればこの悪魔は、多少のあどけない印象を与えるのかもしれない。
だがこれは「気持ち悪い」が正解だ。
その巨漢は軽く二メートルを越えており、体格も格闘家が青褪める程の筋骨隆々な外見をしている。
それはもう気味悪いまでのギャップだ。
「そんなこと言ってもいいのかなァ、いいのかなァ?ボクに食べられちゃっても知らないよ~?グフッ……グフフッ!」
調子に乗っている。
レオにとってグラトニーは圧倒的に格下なのだ。
それは当時の本気のレオ、『怠惰のスロウス』が『憤怒のラース』に手も足も出なかったように、力の差は歴然だった。
本来ならば。
「アホか。オレが弱ってるからって、おまえなんかに負けるわけないやろ。あんまちょーし乗んな——」
「——それはこちらのセリフですね。一体いつまで無駄な張り合いをするつもりですか?低俗な生物に成り下がったあなた如きが」
追随して現れた『傲慢のプライド』が、挑発するかのようにレオに言い放った。
役者は揃った。
『SEEKER's』に『大罪の悪魔』。
何かを企む『ヨハンとカレン』に、未だ未知数の『ヒイロ』。
そしてヨハンが呟いた『あの男』の正体。
それぞれが求める世界を実現する為に、全ての因果が終着点へと加速する。
舞台は整った。
澄みきった夜空の煌々とした星々に、この大陸一面が淡く照らされる中で。
人間対悪魔の総力戦が、静かに幕を上げた——。




