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LOST HEAVEN  作者: 宵空希
33/47

Flowing

ぐちゃっ、ぐちゃっと。

吐き気がする程の悪臭を漂わせる密室の廃屋にて。

何か肉の様な物が、気味悪く解体される音を室内に響かせていた。

「──ごめんなさい……ごめんなさい……」

一人で大粒の涙を流す彼女は、ぼやくように謝り続けながら作業に明け暮れていた。

「……うぅっ……おぇっ……げほっ!げほっ!……ご……めんなさい……」

始めて何時間が経過したのか。

嗚咽と嘔吐を繰り返しながら。

彼女はひたすらに、何度も何度も。

血塗れの手で、黒い手袋に肉片を馴染ませていく。

「……ごめん……なさい……アー……シェ──」

最後には気を失い、床に倒れ伏せた。

そうしてこの世界で最後の成功品となる、能力の付与された武器が完成された。

けれどカレンは最後の最後まで気付けなかった。

幾つもの惨事を引き起こしてきた禁忌の手法。

その呪いの正体が本来、何を意味しているのかを──。




ロレイヌ王とルベール王。

かつて成り立ちは違えど、国を治めていた者同士。

しかしこれは両者の思惑通りなのか、それとも反しているのか。

中々形を成してはくれない意志疎通は、もう戦って勝つしか成せない状態であった。

そんな中でエリカが先手を打つ。

高木の隙間を縫うようにして、素早く駆け出した。

「ふふっ。悪魔狩りの前哨戦にしては、ずいぶんと豪華な前菜じゃない」

言いながら振るう細剣は音速の如く。

一歩踏み込んでは右に左にと、風を切る音が唸り響くように大きく振られる。

カレンがそれらを躱わしていくも、かなりギリギリのタイミングだ。

アーシェと同じくらいに切ったショートの髪。

その切っ先を少し落とされる瀬戸際の剣閃は、目にも止まらぬ速さで次々と迫って来る。

けれどどちらも怯む事なく、振っては躱わされ、躱わしては振られるという連続的なやり取りを繰り返していた。

やがて痺れを切らしたかの様に、エリカがカレンを挑発する。

「さっきから避けてばかりじゃない。得意の電撃は使わないの?つまらないわね」

「……。」

エリカは始めからカレンが挑発に乗ってくるなど考えてはいない。

これは言うなれば、杭を打つ意味合いでの言葉だ。

エリカの狙いは、カレンが電撃を発動させる一瞬の隙である。

実際カレンは電撃を放つのに僅かなタメを作らなければならず、エリカはその間を利用して自身に脳信号を送り瞬間の加速を狙っていた。

故に今放たれた誘発的な言葉一つで、カレンはその札を封じられた事になる。

そして何よりも、エリカはその先を見据えていた。

「ふふっ。糸も使えない、電気も流せない。……さあ、そろそろ本気を出しなさい?その“瞳の色”は飾りではないのでしょう?」

「……そうね。そうさせてもらうわ」

カレンの動きが急激に加速し、右の手袋が黒から金色に染まる。

そして高温に熱せられたそれがエリカへと迫った。

しかしそれに合わせるようにエリカもまたスピードを上げ、ガキィン!!と真正面から剣で受け止める。

その細剣もまた、金色の光を放っていた。

「足りないわね。温め直したら?」

エリカの茶化した様な物言いに、カレンが苛立ちを込めて応じる。

「ではお待ち頂けるかしら?紅茶でも飲んで、ごゆっくりなさっていては?」

「貴女が同席するなら構わなくてよ?」

ギギギ……!と武器どうしがぶつかり合う中で、痺れを切らしたカレンは最もな疑問を口にする。

「……誤魔化さないで。私がアレと戦うのをどうして阻むの?アレを見ればもう、ヒイロではないと分かっている筈なのに」

ガキィィン!!と金属音を大きく立てて武器を弾き返すエリカ。

そしてそのまま静かに自身の思いを告げる。

「さぁね?わたくしにもよく分からないわ。……ただ、例えヒイロが悪魔に成り果てていたとしても。貴女にだけはもう、彼を殺して欲しくはないのよ」

何処か哀しげなエリカの声が、カレンの耳に小さく届いた。

そんなエリカの心情を何となく察したのか、カレンが威圧的な雰囲気を和らげて言う。

「……そう。私は、あなたが嫌いだわ。今までさんざん酷い事をしておいて、今度は他人への配慮を優先する。……本当に、身勝手ね」

視線を真っ直ぐに向けながら、ほんの少しだけ綻んだような顔を浮かべるカレン。

「自覚してるわよ。結局わたくしは、短絡的な事しか出来ないのでしょうね……」

自嘲気味に、珍しく弱音を吐くエリカ。

だがようやく話が出来るのだろう。

そう思った矢先の異変。

恐らくシンのいる方向からだろうか。

それはとてつもなく強大な魔の気配──。




彼女達から少し離れた場所、こちらは先ほどから余り移動していない元々居た草原にて。

シンは悪魔と成ったヒイロと対峙していた。

「おわっ!」

両手で振るう短剣は簡単に回避され、そのまま飛び抜けた速度で迫って来る刀を辛うじて避けるシン。

(くそっ!見えてるのに全然追い付けない……!これがこの悪魔との差なのか!?)

シンからすれば戦況は明らかに不利。

だがそれは、単純に自力の差であった。


ロレイヌ国随一の剣術の鬼才であったアラゴンの、言ってしまえば兄弟子と弟弟子である二人。

だが両者には決定的なまでの才能の違いがあった。

シンが一つの技術を習得するのに一カ月かかるとしたら、ヒイロは三日で会得してしまうだろう。

これは決して悪魔の力の類いとは無関係な、産まれ以てしての才能なのだ。


刀の一振りを二本の短剣で何とか受け止める。

縦斬りには十字に構えて。

横斬りには平行に並べていなしていくのは、一刀だけで競り合っては力負けしてしまうからだ。

本来なら単純に二刀なら手数は倍になると言うのに、彼はそれを許してはくれなかった。

故にシンはひたすら防御に専念するしかなく、むしろ剣を交えていられる事の方が不思議なくらいだ。

(どうする!?もう持たない……!ここで使うか!?)

けれどシンは諦めない。

命を懸けてでも、自分には成さねばならない事があるから。

もう二度とあんな想いはしたくない。

もう二度とあんな醜態は晒さない。

誰かを守れないで終わる結末を、もう二度と起こす訳にはいかないと誰よりも強く思うからこそ。

ここで、決断をする。

(迷うな!!俺は、こんなとこで──)

シンの瞳に金色の光が灯る。

「……こんなとこでくたばる訳には──いかないんだよーーっ!!」

そして急激な加速に加え、二本の短剣もまた金色の光を纏った。


金色の瞳は即ち、『超越』を許された証である。

それはあらゆる能力の向上。

人間では到底不可能な身体能力を体現出来るようになり、そして自身の能力の潜在的部分までも引き出せるようになるのだ。

加えて己の所持している武器に聖なる力を宿し、光の障壁を作り出す。

それに覆われている限り、どんな効力も受け付けない驚異的な加護を得ることが可能となる。

但し長時間の使用は出来ない。

身体の細胞組織が崩壊しかねない上に、精神にまで多大な負荷が掛かるからだ。


両手の剣が速度を上げ、敵の刀の動きについて行く。

「はあああぁぁっ!!」

両者はその場で足を止め、反対に剣撃は見る見るうちに加速されていく。

そんな交わされる火花の散らし合いは、目にも止まらぬ速さだ。

ここからは如何に速さで勝るかのスピード勝負に入る。

そんな凄まじい猛攻を繰り出し始めてようやく、シンの視界は『流れ』を見出だし始める。


流れとはシンの能力の延長線上。

目に写ったあらゆる物がこれまでどう動いていたのか。

そしてこれからどう動いて行くのかをスローモーションとして捕捉する、微々たる予知能力だ。

現実的に言えばとても稀なケース。

極度な切迫感によって発揮される火事場の馬鹿力の類いだが、シンの場合はそれを確実に発動させられる。

見えるだけの予測では辿り着けない境地、それが超越されたシンの能力だった。


そして漆黒の刀が頭上から迫るその一瞬、片方の剣がそれを大きく弾いた。

(……っ!今だっ!!)

その隙を逃さず、もう片方の剣を敵へと振り下ろす。

スパァン!!と切り裂いたのはヒイロの顔面だ。

しかしほんの一瞬タイミングが合わず、直接には届かなかった。

けれどコツンッ!と落ちたのは、ギリギリのラインで二つに割った彼の仮面であり。

「……え?あんたは──」

その瞬間、敵である筈のヒイロによってシンは突き飛ばされる。

刹那、彼の周囲からは強大なオーラが溢れだした。

まるで触れた物全てを枯れさせてしまう様な、余りにも邪悪なオーラだ。

そんな中で、それに逸早く察知した悪魔達が集い始める。

「──グリード!何をしているのです!『グルウム』の暴走を見過ごす気ですか……!?」

いつもの能面を捨てた焦りを見せるプライドが、未だ動きを封じられていたグリードへと一喝する。

「──アララ……。これはもう、抑えられるのかナー?」

セリフとは裏腹に、頬に冷や汗を流すエンヴィー。

そこへようやくエリカの能力から脱したグリードが加わる。

「──ウルッセーなァ!!……あの金髪、次は絶対にコロスッ!!」

悪魔であるヒイロが、三体の悪魔に囲まれる。

そして彼はこの場から逃げるように去った。

悪魔達もまた彼を追い掛け、この場を後にしたのだった。

あっという間に嵐が過ぎた。

何がどうなったのかも分からない。

けれどシンは一通りやり過ごせた事に安堵する。

と同時に。

(あれ、ヒイロさんだったのか……。でもアレは……いや、見間違いか)

自分の目には絶対の自信があるけれども、シンにはとても信じられなかった。

彼、悪魔と成り果てた筈のヒイロの両目。

緋色に染まった左目の反対側。

その右の瞳が“金色に輝いていた”、などとは──。

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